第三十五話 恩返し
皮肉にも赤桐英輔の非凡さを証明したのは、味方ではなくここまで必死に抑え込んでいた金川打線の方だった。
七回の表。先頭絢辻未来のヒットを皮切りに繋がっていく打線。英輔より2枚も3枚も格が落ちるリリーフ投手に、この打線を打ち取れというのは酷なことだった。
無情にも開き続ける点差。スリーアウトをなんとか取れた時には、もうすでにスコアボードには六点が刻まれていた。
そして郭内の攻撃も、新球カットボールを巧みに交えた金川バッテリーの攻めに対応できない。ランナーを出しても、捕手の絢辻恭により機動力を奪われ、思うようにランナーが進まない。打球が行くところに、何故か高確率で野手がいる。そうして攻めあぐねているうちに、ホームベースを踏むことのないままアウトカウントだけが重なっていく。
「行ける!まだ行ける!諦めんな!!!」
それでも、彼らの目は絶対に死ななかった。限界を超えたエースが、ずっと彼らを鼓舞して誰よりも吠えていたから。観客も、一方的な展開になっても誰1人として席を立つことはなかった。
「ゲームセット!!!!」
最終スコアは6-0。歴史に残る大投手2人の投手戦は、こうして幕を閉じた。両チームに贈られた万雷の拍手がその死闘の凄まじさを物語っていた。
決勝戦が3ブロックとも終了して、閉会式が終わる頃にはもうすでに5時を回っていた。陽の短い秋だったからもう既に空は暗い。
福島県北地区の代表は三チーム。金川、岩代、そしてCブロックはなんとノーシードで勝ち上がってきた庭崎というチームだった。伊達市の第一シードを二回戦で破ってそのままの勢いで優勝してしまったらしい。
その後は軽くミーティングをして現地解散。恭と未来は母親が来ていたのでそのままその車に乗って帰った。
「おにいちゃん!明日祝日で完全にお休みなのにこっちもオフなんだって!ねえ何する?何して遊ぶ?」
「んん………疲れて今はそれどころじゃない……」
「じゃあスポチャ行こ!ゲームセンターもあるから朝から晩までいっぱい遊ぼうよ。彩音ちゃんとか瑠衣ちゃんとか、そうだ!志姫ちゃんも誘っちゃおっかなぁ」
「ああ……うん。いいんじゃない?」
小学生の……というかこの妹の体力は本当に無限らしい。あの激闘を4番ショートという重責を担って戦い抜きながらこれだけケロッとしている。もう今すぐ眠りたい恭には真似できないテンションの高さである。
(結局、赤桐からは一点も取れなかった。最後もしてやられたな。完全に王手まで追い詰めたはずだったのに。)
試合には勝ったが、勝負に勝った気はしなかった。彼が肩を貸されてベンチに下がるところが、棘のように恭の心の奥に突き刺さって抜けない。
(アイツは最後までエースだった。)
これからも対戦や交流の機会があるかもしれない。今日は実現しなかったが、いつか英輔と話してみたい。恭もまた、対戦相手ながら彼に心を動かされた1人だったのだ。
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さて、問題は次の日だった。
「未来お前………男女のバランス考えて呼べよ……」
「良いじゃん。全員おにいちゃんと仲良いし。誰も女子会におにいちゃんが男1人で混ざってたって気にしないよ。」
「俺が気にするの!」
三連休の最終日の貴重なオフ。元気いっぱいの義妹を持つ恭に一日中寝て過ごすなど甘えた休日は許されない。まだ疲労で重い身体に鞭を打って未来が呼んだ友達と遊びに出かける予定だった。
呼ばれたのは彩音、瑠衣、志姫の三人。プラス未来と恭の五人パーティーだ。うむ、どう考えても異物が混ざっているではないか。
「わ、わたし……混ざって本当に良かったの?わたしだけ学校違くて……う、浮いてない?」
「浮いてへん浮いてへん。なんなら今日は志姫ちゃんとの親睦を深める会でもあるんやし。主役やろむしろ。」
「そうだよね。同じチームなのにあんまりボクたちと喋ったことなかったもんね。」
すごく目一杯おめかしした志姫がモジモジしながらも志姫は必死に馴染もうとしている。いつもはストレートに流している髪が今日はサイドテール。服もだいぶピンク色のラブリーな感じの服装で可愛らしさ全開だ。
瑠衣は紺色中心のボーイッシュな服装にキャップ。髪の毛はいつも通りショートカット。彩音は派手ではないが大人っぽい灰色を基調とした服装で、そのスタイルの良さも相まってモデルさんが歩いているようだ。
(そして……やはり我が妹は宇宙一可愛い!)
未来は動きやすさ重視のシャツにホットパンツ、靴にはスニーカーといういつものカジュアルスタイル。だがやはり目立つのは服よりもその大きな胸。白いシャツを盛り上げまくるバストはあまりにも小学生離れしたボリュームだ。一緒に隣を歩いていて、何人か男が振り向いたのをこの目で確認している。
そこまでは今までの未来と一緒。今日の未来の素晴らしいところ……それは左前髪に付いた花の形のリボンだ。
(ごふぇっ………ごほっ……ごほっ……可愛い……天使ぃ)
見ているこちらが可愛さで血を噴きむせかえるくらいあまりにもキュート。アクセサリーひとつでここまで戦闘力がアップするものだろうか。妹の元の凄まじい魅力が何倍も増幅されているように感じる。
(………こう見るとうちのチームの女子達は皆スタイルが良いな。適度に筋肉付いてて細いからか。練習で毎回あれだけ走ってればな。)
女の子は成長が早いというが、皆中学生と言われても違和感がない。たくさん食べて、たくさん寝て、たくさん動く。身体作り中心のチーム方針がわかりやすく結果として出ている気がした。
「こんな美少女達を連れてハーレムなんて、恭くんも隅におけないね。」
「あ、瑠衣が言っちゃいけないこと言った。そうやって揶揄われるのが嫌だったんだよ」
「どう?ボクたちみんな可愛い?」
「………言いたくない。恥ずい。」
「唯一の男の子なんだから、感想を言う義務があると思うけど?」
「……………」
瑠衣のペースにいつのまにか乗せられてしまった。みんな恭に恥ずかしいことを言わせようと興味津々で揶揄う準備万端だ。恥ずかしくて顔から火が出そうだが……瑠衣の言う通り、この場にただ1人の紳士として一言感想を言うのも役目ではあるか。
「志姫は………すごい大人っぽいな。いつも会う時と全然印象違う。びっくりした。」
「あ、ありがと……」
「瑠衣はいつも学校につけてきてる髪留めと違うやつだな。イケてる。」
「ふふん。そこに気づいちゃうか。」
瑠衣は得意げに胸を張って、志姫は一番最初に褒められたことにあたふたして顔が赤くなっている。
「未来は……天使すぎる。家帰ったらそのままの格好でモフらせてくれ頼む」
「えへへ……いいよぉ♡」
「うわぁ、シスコンきっしょいんやけど」
「彩音は………まあいいか。言わなくて」
「なんでやねん!ウチをオチ担当にすな!」
いつも気安い感じで軽口を叩き合う間柄の2人。まさに相棒という感じだが、ツッコミを入れながらもその自慢の銀色の髪の毛をくるくるして褒められ待ちしている彩音の姿には愛くるしさがあった。
「冗談だよ。なんつーか、彩音は見た目に品があるよな。モデルさんみたいで可愛い。」
「おお………おおふっ……」
パッと頭に浮かんだ感想を並べたが、相棒にそこまで褒められると思っていなかったのだろう。恭がすぐ前の発言を撤回したくなるくらいには変な顔でキョドり倒していた。
「きょ、恭君って意外に言うのね。びっくりしちゃった。」
「よく聞いてみると結構キモいこと言ってたりするんだけどね。顔の良さで全部許されてる。」
(意外と瑠衣さんは辛辣なこと言うわよね……)
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一行が向かったのは駅前の一大アミューズメント施設。ゲームセンターから始まり、卓球台やバッティングセンターなどのスポーツ施設、アーチェリーや射撃などあまり馴染みのないものも含めて多数が揃うものだ。
遊びたい放題のフリータイム料金は1人2千円。正直言って恭の感覚では目が飛び出るほど高いが、両親に言ったらお小遣いとしてポンと出してくれた。お年玉で1000円もらって飛び上がるほど喜んでいたあの頃と比べたら随分と生活水準が上がったものだ。
「どーする最初。出来るだけ空いてるとこがいい?」
「屋上やろ屋上。昼前になってくるとえらい混むし。」
屋上にはバッティングマシンがズラリと並んでいた。恭がおぉ……と感嘆の声をあげてしまうくらいには規模の大きいバッティングセンター。球速もかなりバリエーションがあり、実際のピッチャーの映像を映し出して球を出してくれるハイテク機械。恭はルンルンで向かったが、女性陣がまさかのスルーでズッコケそうになる。
「やっぱ最初はバスケやろ!ぐっぱでチーム組も!」
「待て待て待て!お前ら、バッティングするために屋上来たんじゃねえのかよ!」
「あはは………流石にボクもオフまで練習はちょっとね」
「ソフトのことは考えたくないよぉ」
ということで一行は3on3バスケのブースに入る。ミニバスくらいの高さのゴールがひとつ、ストリート感満載のちみっこいコートである。
「…………1人足りなくね?」
「2on2でええやろ」
「1人余らね?」
「そりゃ………恭くんは審判じゃない?」
ということで厳正なチーム分けの結果、彩音未来ペアチームと志姫瑠衣ペアチームの二つに別れることに。試合が始まってすぐは和やかな雰囲気だったが、両チーム四点ほど決めた頃には結構ピリピリした雰囲気が漂ってきた。
「未来っ!」
「はいさっ!!!」
彩音が瑠衣のマークを掻い潜ってゴール下の未来にワンバウンドでパス。そのままレイアップで決めようとするが、それを長い腕で弾いて阻止する志姫。本職の人間達ではないが、流石にとんでもないフィジカルエリート集団。お遊びのバスケットボールもサマになっている。
ドンッ!ドンッ!ドンッッッ!!!」
ドリブルするボールが地面に着く音がよりはっきりと鮮明に聞こえるようになってきた。
恭が見た中で一番動きがそれっぽいのは志姫だ。元々長身でこういう競技には向いてそうな女の子だが、普通に敏捷性も並みのものではない。
「っ……ここっ!!!」
「マジそれ!?」
左右に揺さぶりをかけながら未来の重心の偏りを見ていた志姫。右に流れすぎたのをみるや否や高速で左に切り返してぶち抜いていく。止めに来た彩音には後ろに飛びながらのジャンプシュート。美しいフォームでリングにすらかからず得点だ。
「や、ヤバない?志姫ちゃんミニバスやってたんか?」
「やってないよ。同じクラスにバスケやってる男の子がいるから、その人の真似してるだけよ?」
(すげえな、そりゃ親御さんも競技転向薦めるわ。なんでコイツ一番苦手なソフトボールやってんだ?)
このフィジカルの化け物揃いの中に混ざっても一際目を引くレベルの運動神経。やはり彼女の身体に秘められたポテンシャルは並のものではない。
一方、颯爽と点を決めた志姫は恭にしきりに目線を送っていた。みんな誰も気にしていないが、せっかく肩身が狭い中来てくれたのにやらせるのが審判とはなんとも気の毒ではないか。接触があるスポーツだから女の子の身体に触れるのを気にしているのだろうか。
「瑠衣さん、私恭君と代わってきてもいい?」
「え?なんで?疲れちゃった?」
「そうじゃないんだけど……彼だけハブっちゃうのもなんだか気が引けて……」
「あはっ、気にしなくて大丈夫だよ志姫ちゃん。恭くんがバスケ参加しないのはちゃんと理由があるんだ。ね、恭くん」
「んぁ?いきなりなんだ?」
瑠衣は突然持っていたボールを審判の恭にパスした。
「そこからゴールに向かってシュートしてみて。ちょっと近寄っていいから」
「やだ。やりたくない。」
「志姫ちゃんがね?恭くんも混ざればいいのにってさ。百聞は一見にしかずでしょ?見せてあげてよ。」
「…………仕方ねえな」
恭はその場で一度ドリブルすると、そのまま飛び上がってジャンプシュートする。見惚れるほど美しいリズムに美しいフォーム。スナップをかけたボールは綺麗な放物線を描き…………ゴールのリングどころか大きなゴール板にも当たらずに後ろのネットに受け止められる。
「……………え?」
「恭くんって本当にマジで野球とソフト以外全部下手くそなの。びっくりするでしょ?」
「いやいやいや!あれ、今途中まですごい良かったわよね?プロみたいなジャンプシュートだったじゃない!」
「自慢じゃないが、俺はマジでノーコンだ。」
女の子の身体に触れないためだとか、男女の運動能力のバランスをとって審判に封じ込められたとかそういうわけでは別になかった。入ったところで下手くそすぎて絶対に着いていけないから仕方なく審判をやっているだけである。
「恭君って別に運動神経悪いわけでは絶対にないわよね。足も速いし。な、なんで?」
「うん、運動神経は良いはずなんよ。この前の体育のサッカーなんてな?恭くんがゴール前でフリーでシュート決める感じの場面が来てん。前にディフェンダーもキーパーも誰も居らんくて。どうなったと思う?」
「話聞くの怖いのだけど」
「勢いそのまま思いっきりサッカーボールに乗り上げて……おにいちゃんなんか空中でサマーソルトキックみたいになったよね。」
「それでそのままバク転で帰ってきたんだよ。あの時のクラスの空気……本当にどうリアクションしていいかわかんなかったからなぁ。」
「オイお前ら、俺の黒歴史掘り返した上に他校の奴にまで広めんじゃねえよ」
野球の才能をプロで通用するレベルまで高まられた反動でその他の競技のセンスが悲しいくらい根こそぎ削り取られた。それこそが目の前の絢辻恭という人間だった。
(前に彩音ちゃんが言ってたのはこういう……普段のイメージとのギャップがすごいわね)
別に完璧人間であってほしいなどと思ってはいなかったが……絢辻恭に何かできないことがある、そのイメージ自体ができなかったのだ。
「つーわけだ。俺はやれそうな時だけ参加するから、志姫は気に病まなくていいからな」
「あ……うん。そうね。」
それは会ってから初めて見た彼の弱さで……そして能力はあるのにできない苦しさやもどかしさ。形は違えどこれは彼女が経験し、知っている痛みでもある。
(恭君はどんなに私がへたっぴでも……優しく教えてくれた。絶対バカにして笑わなかった。)
自信を完全に無くして、辞めようとさえ思っていたあの時の志姫が、それにどれだけ救われたか。
(それを知ってる私が………動かなきゃ。少しでも彼に恩返ししたいもん)
五十嵐志姫はこの時心に誓った。今日の夕方に帰るまで、絶対に絢辻恭を一つでも楽しめるくらい鍛え上げ、教え込むと。
(私が……今日を忘れられない楽しい時間にしてあげるんだ!)




