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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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第二十四話 コンクリートに響く慟哭

ーーー時々、恭は監督と考えがシンクロしているのではないかと思う時がある。


 いや、今回に関しては恭のチームに対しての課題の考察がピッタリ大人達の考え方と当てはまっていたというだけなのだろうか。


 なんにせよ、この新人戦本番まで一週間を切ったこの月曜日の夜。首脳陣は五十嵐志姫のAチーム昇格を決めた。

 これまでも意識していなかっただけで一応見かけてはいたのでそこまで異物感はなかった。だが………やはり様子がおかしくなったのはミスしたらベースラン一周のペナルティー付きの内野ボール回しが始まった後である。



「す、すみません………」


「………もう一周!」


 キャプテンの掛け声と共に野手陣が塁上を駆けていく。もう既に4回目のペナルティーだがその全てが五十嵐志姫絡みのミスである。ボールを叩きつけ、こぼし、すっぽ抜け、こぼし。誰も文句は口に出さないが、志姫はなかなかに肩身が狭かろう。いつも数分で終わる練習が無限地獄に早替わりだ。


 その様子を彩音とそのボールを受ける恭はブルペンから眺めていた。


 (…………意外と身体つきはしっかりしてるな)


 未来から言われてどれほどひ弱な女の子なのかと想像していたが、やはりそこはこの身体作りに重点を置くチームの選手。平均以上のフィジカルはあるように見える。


 だがはっきり言ってセンスを感じない。運動ができない、というレベルの運動神経ではないがどう考えてもこの競技が向いているようにはとても思えない。教わった基本的な動作を一生懸命やろうとしているのは伝わるが全く形にもなっていない。


 それを見ながら呆れたように彩音がドリンクを片手に恭の近くに寄ってきた。


「酷いな。あれじゃボール回し一生終わらんで。本番前のこの大事な時に。」


「言ってやるな。あの子ピッチャーなんだろ?ボール回しくらいできなくても大丈夫だろ」


「そのピッチャーも大概やけどな。聞いた話じゃこの前B戦でヤバかったらしいで。フォアボール10個くらい出してそれ以上のワイルドピッチ。15点くらいひとりで取られて試合ぶっ壊したってボヤいとったわ」


 ーーーなかなか、彼女の置かれている状況は恭が想像していたよりずっと厳しいらしい。彼女も学年的に暖かい目で成長を見守られる立場ではもうない。主戦力として戦わなければいけない年齢なのだ。


「そもそも……なんでアイツがピッチャーやってるか、理由わかる?」


「いや、知らねえけど」


「さっきアンタが言ってた通りや。ピッチャーなら多少守備が下手なんも誤魔化せるからってこと。ついでに打撃もな」


「だいぶ不満げだな」


「そらそうやろ。こんな話聞いてご機嫌でおるやつはエースちゃう。マウンドは選ばれた人間が立つ神聖な場所やろ。それを下手くその行き着く場所みたいにされるのは、正直腹立つわ」


 平然とした顔で行われる采配批判に、背中にタラッと冷や汗が流れる恭。思わず近くに大人がいないか確認してしまった。


(確かに口は悪いが彩音の気持ちもわかっちまうな)


 自分に………もしそのポジションをキャッチャーに置き換えて考えて見たら、自分はこのくらいのボヤキで済むだろうか。そのポジションを守ってきたプライドがあれば自然とこういう言葉が出てきてしまうのも無理はないのだろう。


 確かに苦肉の策だ。そして五十嵐志姫にとってこれは最後通告。このチャンスをモノにできなければ、このチームに自分の居場所はないと告げられたようなもの。そのプレッシャーの重さは恭には想像すら難しい。だが恭には一つ疑問があった。あの監督がそのような安易な策でただ選手を追い詰め、エースに不評を買ってチームに不和を生み出すようなことをするだろうか。


(もしかしたら………本気で?)



 監督に何かしらの根拠があるのだとしたら。恭はそれを確かめずにはいられない。それが……この秋とは言わずとも来年の春や夏にこのチームを救ってくれるかもしれないのだから。





 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 五十嵐志姫は、とても臆病な性格だ。


 親にさえ自分を悪く思われたくなくて、いつも取り繕った仮面をつけて日々を過ごしている自覚がある。気色の悪い無理やりな笑みを浮かべて、なんとなく日々をやり過ごす。志姫にとって人生は実に空虚なものだった。


 ーーーそう、あの時までは。


 志姫の父は会社員の傍ら、休日には小学生ソフトボールの審判員をしていた。それまでは一度も父の姿をグラウンドまで観に行くことはなかったが、たまたまその日は父が家にお弁当を忘れた。母と一緒に車を飛ばして現地まで届けに行った、そこでふと見て試合が志姫の人生を狂わせた。



『カッコいい………』


 そこでは自分と歳もあまり変わらなさそうな子供達がバチバチに火花を散らしながら戦っていた。キラキラと青春を燃やして、泥まみれになりながら走る。そこには常日頃から感じていた『空虚さ』はどこにもなかったのだ。


『ねぇ、お母さん。私もこれやってみたいの』


 それが親におねだりさえしたことがなかった、志姫の人生初めての本音の吐露だったと言えよう。






「…………あ、うとうとしちゃってた」


 志姫はランドセルを背負ったまま自分のベッドで意識を落としてしまっていた。時間にしたら20分ほどの短時間だが感覚としては一晩眠ったくらいの感じである。


 パチンと両手で自らの頬を叩き、気合を入れる。Aチームの練習は今日はないがそんな時だからこそみんなとの差を少しでも縮めるチャンスだ。


(頑張らなきゃ………もっと……もっと……)


  五十嵐志姫にとって昨日の夜は初めての一軍での練習。結果こそ志姫が不安に思っていた通り、全くついて行けず迷惑ばかりかけてしまう結末になってしまった。だが新たに越えるべき壁を明確に認識できたのは僥倖だったと言えるかもしれない。自分がどれだけ周回遅れなのか、知りたくもない現実ではあったが最大限ポジティブに解釈すればそうである。


「ママ、自主練行ってくる。いつものとこ。」


「…………ねえ、志姫。ママやっぱり」


「日が暮れるまでには帰るから」



 ーーー半ば逃げるようにグローブにボールとスパイクをカゴに入れて自転車に飛び乗る。頬で風を切るが、いつものようにそう生暖かくもない。残暑が終わり、本格的に秋の訪れが感じられる。


 母親とは、今朝喧嘩をしてしまった。


 いや、喧嘩ではない。一方的に酷いことを言ったのは志姫の方だ。それを自覚していながら謝ることもできず、見ないふりをして母親から逃げている。


『………志姫。お母さん志姫の夢を応援してあげたいんだけどね。もっと向いてることがいっぱいあると思うの。スポーツじゃなくても、ピアノとか。お絵描きもいいんじゃない?志姫は可愛いから、役者さんとか応募してみる?』


『なん……で……そんなこと言うの?』


『……………』


 理由なんて自分でもわかってる。毎日ただいまを言うたびに、辛そうな顔をして帰ってくるからだ。両親は好きなことをやれと言って応援してくれて、送り迎えも毎回欠かさずしてくれる。

  けれどいざ試合に出てもボールには当たらない。ボールに触ればエラーする。ピッチャーをやれば試合を自らの自滅でぶち壊す。応援席の両親はどれだけ肩身が狭いことだろう。


『お母さんは………何にもわかってないっ………わかってない癖にっ!知ったようなこと言わないでっ!!!!』


 強い言葉が出たのは、自分の心の奥底ではわかってしまっているからだ。自分はこのチームにいてはいけない人間だと。迷惑なだけなのだと。ーーーあの日憧れたキラキラに、自分は到達できない。選ばれなかった人間なのだと。



「見返すんだ………結果を出して、私をダメだと思ってる人たち、全員っ……」



 いつもの練習場所。と言ってもグラウンドではなく新幹線の通る線路の真下。近くには公園があるが誰1人遊んでいない、そこには壁当てができるくらいのスペースがあった。


 そこで軽いアップをしてからスパイクに履き替え、壁当てを始める。何度も何度も使っているから、いつも当てている壁はボールの跡で多少黒くなってしまっている。


 足場を整えて、足で擬似的なプレートを描く。脚をセットして胸まで持ってきたグラブとボールを体を曲げながらギュッとお腹まで沈み込ませる。


『もうちょっと肩の力を抜けっ。ラクに投げろ。』


「もっと……楽に……」


『1人でやろうとするな。みんなでソフトをやるんだ。』


「ぐっ……」


 地面を蹴り、左足で着地して腰を捻って力を生む。そして勢いよく腕から離れたボールは……。


 ゴロっ………コンっっ!!!


 ツーバウンドして、壁に到達した。試合で投げたら一塁ランナーが三塁まで行くくらい大暴投だ。


「なんっでっ…………」


  次に投げた球は指に引っかかって、仮想する左バッターの頭のそのまた上くらいを通過していく。その次も、その次も、そのまた次も。狙ったところには投げられない。


 徐々にフラストレーションが溜まっていく。焦りと、不甲斐なさと、情けなさ。昨日見たエースの彩音は同い年であれだけの球を投げていると言うのに、自分は練習ですら満足にストライクを投げられない。


「なんでっ…………」


 涙を流しても、現実は非情だ。転々とボールが転がり、それを見て志姫は歯を食いしばる。


「なんでっ………何がいけないのよっ!!!!」


 楽に投げろ?力を抜いたってボールはストライクゾーンに行きやしない。1人でやるな?別に1人でやろうなんて微塵も思っていない。打たれたくないからストライクゾーンに投げないわけじゃない。投げられないから、投げないのだ。


『お母さん、もう志姫が可哀想で見てられないかも』


「ーーーーーーっ!!!!」


 新幹線が通過し、地面が低く震えた。

その音が消えると、世界は深く、深く静まり返る。


 投げたボールは壁どころか、それを超えて河原の方まで飛んでいってしまう。ストレスは限界を超え、志姫は被っていた帽子をその場に叩きつけた。


「みんな大っ嫌いっ!!!それ以上に私はっ……私が大っ嫌いっ!!!死んじゃえっ……死んじゃえっ!!私なんて……もう死んじゃえっ!!!!」



 慟哭が、コンクリートに反響して響き渡る。嗚咽が混じり、最後には泣き出してしまった。


「うぐっ………ふぇっぐ……うわぁぁぁぁんっ」


 膝をついて、女の子座りで惨めに泣く。マウンドで投手が見せてはいけない姿そのもの。もう……自分にマウンドに登る資格なんてない。


「私は……あのキラキラには、なれない。もう……無理だ」


 全てに絶望して無意識に額を地面につけ、ぐちゃぐちゃな顔をさらに砂で無様に飾った。その時。


 ーーー背後から砂利を踏む音がした。


「むかーし近所の自称甲子園投手から聞いた話だが。フィールディングを意識するピッチャーってのは捕球体制を早めに取ろうとするから、体重が右に流れちまうらしい。その結果リリースが定まらなくて、体重もボールに乗らないから上手く投げれないんだとか。まあ野球の話だから、ソフトにどれだけ応用できるかわっかんねえけど」


 先ほど放り出したボールを持ってその少年は現れた。オレンジのキャッチャーミットを携えて、一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。


「貴方……は。」


「俺の名前は絢辻恭。昨日ぶりだな、五十嵐志姫。面白そうだから俺も混ぜてくれよ。」


 その日、その場所で。もし彼が到着していなかったら、彼女の人生は180度違う方向に行ってしまっていたかもしれない。五十嵐志姫にとって、その時差し伸べられた手はまさに救いの手であった。


 

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