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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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24/30

第二十三話 勝利の余韻に潜む影

 圧倒的な優勝を飾った秋の市の大会から早くも二週間。県北地区大会まで残り一週間となったこの週末。恭達は勝負の日曜日を迎えていた。 


 時刻はすでに16時半を回っている。少しずつ薄暮が見え隠れする中、決勝戦は2対1と一点のリードを保ったまま最終回ワンアウトを迎えている。


(くっそ………相変わらず無駄なフォアボールを。バテたなありゃ)


 ランナーは一塁に一人。そこまで焦るような状況でもないが、先々週の決勝はここから三点取られている。点差を考えても状況以上になかなかタフな場面である。


 ベンチをチラッと見ると監督は苦い顔をしながらマウンドに行けと目配せしてくる。


(………確かにちょっと時間置いたほうがいいかもな)


 エース彩音は体力も気力もガス欠寸前でおまけにめちゃくちゃイライラしている。当然だろう、なにせ。ーーーこの2日で彩音が投げた試合数は7試合。最初の1試合で風太郎が超絶不調を見せつけてくれたおかげでそのあとは全部完投である。投手の肩肘の消耗が少ないソフトボールだから許されているが、これが野球だったら子供を守れと確実に保護者会で激怒される案件である。


(まさか6年生も普通にいる大会で2日連続決勝来れると思ってなかったからな)


 多分首脳陣はどちらも一回戦二回戦で終わる、2日で4試合を想定していたのだろう。首脳陣は悪くない。ただ見通しよりずっとこのチームが強すぎた。


「おい彩音、ちょっと落ち着け。バントしてきても欲張らずに普通にファーストに投げればいいから。とりあえず深呼吸を………」


「うっさいねん!ああ……ウザイウザイ!」


「お前な………」

 

「フォアボール一つでマウンドくんなや!ウチはめちゃ落ち着いとるっ!」


「コイツマジで………」


 イライラしているにしてもあんまりな言い方に恭の方もスイッチが入る。言い返す言葉が喉まで来たところで、そういえばと昨日の夜の胡桃とのメッセージのやり取りを思い出す。


『彩音さんの「うっさいねん」は「なるほどわかりました」って意味ですから。それだけ頭に入れておくだけで彩音さんとの会話は全然イライラしなくなりますよ。』


(みたいなこと言ってたっけ)


 つまりアレは悪態を突いているのではなく普通に恭の言ったことに納得して頷いていたと、そういうことになる。そう考えれば、わがまま放題で尊大な態度も少しは可愛く見えてくるものだ。


「………………。」


「な、何をニヤニヤしてんねん。キモいっ、めちゃキモい」


「分かってんなら大丈夫だ。最後まで良いボール頼むわ」


 元々彩音は短気でイライラがモロに投球やマウンド捌きに影響が出やすい投手だ。だが今回は普段のそれよりずっと落ち着いて…………いや、訂正しよう。マシに見えた。

 監督もそう思ったからこそマウンドに直接来たり、内野のみんなを呼んだりしなかったのだ。丹内はもう一度恭とアイコンタクトを取ると満足そうに頷いた。


 


 次のバッターが既に打席に入りかけている。打者側のサインの交換が終わり、セットに入ると既にもうバントの構えをしていた。


(…………流石に盗塁は仕掛けてこないかな)


 この試合は二つの盗塁を阻止している恭。ここのランナーは展開的にも最後の希望。盗塁のリスクとリターンが見合っていない。送りバントで手堅く進めるのが妥当だろう。


(なら………バントにはインハイ。バントにはインハイ。バントにはインハイっ)


 呪文のようにして頭に無理やりこびり付かせたこの言葉。胡桃曰くゾーンに覆い被さるバントの姿勢の関係上、この胸元付近に接近する球が一番やり難いのだとか。しっかり実践までに思い出せていた恭は中腰になりながらそのコースへミットを構える。


 ーーー投げてきたボールは…………インハイどころかバッターの顔一直線に来た。


(ヤベっ………あのアホっ!!!)


「んぐっ!!!」


 うまく避けたのかそれとも避けきれなかったのか。咄嗟にバットを出して当てに行ったバントはほとんど姿勢を取れていない。当然ながら小フライがキャッチャー前にあがる。


「触んな!俺!」


 恭の前へのダッシュは俊敏だった。半身の体勢で捕球してすぐさま鋭く低い送球が2塁へ。そのまま2塁で万全の体勢で待っていた胡桃のグローブへ到達。すぐさま一塁へと送球し、ダブルプレー完成だ。


「スリーアウト!整列っ!」



 横で審判の号令を聞いてほっと胸を下ろす。一塁へも歩けずに転んだまま何が起きたかわからない様子の打者に手を差し伸べる。


「すいませんウチのノーコンが。顔に当たらなくてほんとに良かった」


「え?え?終わり?」


「はい。ナイスゲームでした。手強かった。」



 やがてバッターボックスのラインに並ぶように、両チームの選手が集まってくる。恭は先頭のキャプテン梅津のすぐ横に並んで審判を見た。


「最終スコア2対1。金川ファイターズの勝利。ゲーム!」


 『ありがとうございました!!!!』




 

 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


「なんだこれ!すげえ綺麗な青色だったのに陽に翳したらすげえ紫色になったぞ!なんだこの石っ!」


「すっごーーーい!おにいちゃん貰ったやつ、宝石みたいじゃんっ!」


 閉会式が終わり、バックを置いていたブルーシートに帰ってきた一同。最優秀選手賞のやたら綺麗なトロフィーを貰ってウキウキな絢辻兄妹とは対照的に、やはり全員疲労の色が隠せない。彩音などは疲れのあまりもうその場で昼寝を始めるほどだ。そのコントラストに、梅津一心は苦笑いを浮かべる。


「…………お疲れ様、みんな」


「いえこちらこそ。キャプテンもだいぶキテますね。瞼が重そうです。」


「いや………やってる時は良かったんだけど。閉会式までいたら眠くなってしょうがなくてね。胡桃も実際そうなんじゃないか?」


「流石に。でもすごいです。2日で8試合も試合できたことこれまで一度もなかったですし。ましてや2日連続で優勝なんて。」


「これまでは早々に負けて昼過ぎまでには帰ってきてしまっていたからね」



 いつも球場を後にする時は悔しさ満点、唇を噛み締めて保護者の車に乗るのが常だったのがこのチーム。随分と様変わりしたものだ。横を通るチームの視線も前のものとは明らかに違うように見える。


(恭が加入してから公式戦は無敗。今日の最優秀選手もすんなり納得できるほどには彼の貢献度は大きい。だけど)


 彼は気がついていないのだろうか。相手チームの彼を見る目を。その背番号2に送られる、畏怖と称賛の入り混じった視線を。


(あまりに………目立ちすぎたな)


 盗塁阻止に牽制ピックオフプレー。この何試合かで幾度アウトカウントをその肩で増やしていったか。途中から数えるのもバカらしくなった。そしてそれを見せつけるたびに相手は盗塁を仕掛けてこなくなったし、目に見えてセカンドリードはどんどん小さくなっていった。


(できれば本戦まで情報を取っておくべきだと思ったが。これじゃ本番の時に誰も走ってくれないぞ)


 或いはその抑止力で機動力を止めることが首脳陣と恭の狙いなのか。不安はまだある。


(ここ数試合で付けた自信。もちろん本番前に自信は大事だけど………過剰じゃないだろうか。)


 良いとこ県内でも中堅くらいの立ち位置だったチームに訪れようとしている黄金期に選手はもちろん、見にきている父兄も浮かれに浮かれている。それは………一心の見る限り監督コーチ達も例外ではない。

 そんなチームの中で、キャプテンである梅津一心だけが俯瞰した視点で冷静にチームを見ることができていた。


(もう既に話されている対策は準決勝や決勝のことばかり。初戦は勝ったものだと思い込んでるんだ。)


 どれほど強いチームでも本番は負けたら終わりの一発勝負。一心は杞憂であってほしいと思いながらも、一抹の嫌な予感を感じずにはいられなかった。



 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 絢辻恭は深い思案の中にいた。


 ついに始まる秋の新人戦本番まで残り一週間。2日連続で大会を優勝するという最高の結果が出たこの週末だったが、相応の課題も明確に浮き彫りになったと言える。


 恭個人の課題はやはりブロッキング。先週から練習の時は三橋コーチに、練習がない日は夜に胡桃ちゃんに映像を見てもらいながら情報交換をすることでかなりステップアップを実現してきた。本番までにある程度は形になるだろう。


 問題は恭自身ではない。


  もはや避けて通れなくなったのはエースである三橋彩音の問題。いわゆる寸前病とでも言うべきか。それが体力が課題なのかなのか集中が切れてしまう精神力が課題なのか、それともその両方なのかは分からないが、最終回付近になると途端に制球を乱す。

 野球もソフトボールも、スポーツの性質上、絶対に最終回の守備をせずに勝つというのはあり得ない。どれだけいい試合をしていても最後に崩れれば全てが台無しになってしまうのがこのスポーツの怖いところである。


(まさかこのチーム1番の強みだったはずの彩音にこんなに頭を悩まされるとは思わなかったな)


 もちろん女房役として彼女のことは信頼してボールを捕っている訳だが、結果として如実に表れている以上は無視して通ることもできまい。


 ーーーリリーフが欲しい。


  最後の一イニング、しかもエースの彩音が投げた後を託されても動じることがなく、圧倒的なボールで相手を捩じ伏せるそんなリリーフ、いや……守護神が。



「なあ未来。このチームって彩音と風太郎以外に投手経験ある奴っているのか?」


 早速お風呂上がりに柔軟体操に励む未来にある程度の自分の考えを伝えた上で聞いてみた。


「うーん、いない………いやまあ、いるっちゃいるんだけど………うーん。」


 ーーー珍しくだいぶ歯切れの悪い様子である。



「本当か!ソイツは誰だ!?できれば今のレギュラー達のポジションは動かしたくないんだが……」


「う、うん。今のレギュラー達じゃないよ。というか……Aチームにもいない」


「Bチームか………そうなると下級生になるな」


「ううん。その子はウチらと同じ5年生だよ。5年生だけど……Bチームで投げてるの。おにいちゃんは一回も喋ったことないよね。あの子あんまり自分から話したがらないから」


「そんな奴が居ることすら知らなかった。流石にBチームのメンバーまでは覚えきれないからな。」


 Bチームはいわゆる二軍。ソフトボール始めたての下級生達が試合にある程度慣れるための育成機関のことだ。5年生………新人戦も始まった今の時期に上級生が居るところでは無いと思うが。



「名前は五十嵐志姫ちゃん。シキちゃんだよ。私たちとも一心達とも違う学校なの。水島小学校っていう全校生徒十人くらいのすごい小さい学校でね?すごくおとなしい子」


「んで、なんでそのシキちゃんはAチームに入ってないの。ベンチメンバーの枠なんて余りまくってるだろ」


「んと………えっと………その。ああもう何言っても酷いこと言っちゃうよ。おにいちゃん私が何言っても性格悪い子だと思わないでね?」


「…………思わねえよ」


流石に未来がここまで前置きと保険を入念にかけて話すことなどないので、思わず身構えてしまう。未来が一生懸命に考えて、オブラートに包んで口に出した言葉がこれだった。


「志姫ちゃんはね?信じられないくらい、ものすごーーーくへたっぴなの。だから多分、おにいちゃんの言う欲しいピッチャーには当てはまらないと思うよ。」



 ーーー後年、絢辻恭は彼女についてこう語った。


 初めて見た彼女のプレーしている姿は、紛れもないセンスのかけらも感じない、それこそ今までに見たことのないレベルの、落ちこぼれそのものだったと。


 後に代表のクローザーとして日本にオリンピック金メダルをもたらす五十嵐志姫の旅の船出は、決して順風満帆なものではなかったのだ。


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