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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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20/30

第十九話 勝利のあとで

 ーーー絶対王者、敗色濃厚。


 近年この福島市の大会といえば絶対王者たる西優スポーツ少年団の独壇場。君臨し続けたその玉座に、ついに王手がかかる。十六沼公園第一グラウンドは異様な雰囲気に包まれていた。


 スコアは11対3。その3点は今しがたようやくヒット、ヒット、ホームランで得点したばかりのものだ。


「オイ彩音、へばったか?風太郎と替えるか?」


「アホ抜かすな。ようやっと肩あったまってきたところやん。なんや言うてたら軽うなってきたわ。」


「それはそれで遅過ぎですよ。もう四試合目の最終回ツーアウトなんですけど」


 最後のアウトの前に、一度内野陣がマウンドに集まる。流石に最終回ツーアウトから8点差を逆転されるとは監督の丹内も思っていないが、改めてマウンドでやいのやいのうるさくやっている子供たちを見てほっと一息。何点か取られたくらいで浮き足立つような不安もないだろう。


「とにかく、ランナーは居なくなった。バッター集中、内野ボールファーストね。どんな送球きてもガッチリ止めてあげるからな。」


「あと一個、きっちりいこうね。」


 大友哲がミットをパンと鳴らして頼もしい発言。絢辻未来はいつもの天真爛漫なぽやぽや感は封印した真面目な顔をしている。梅津一心はマスクを被り直す恭、再び汗を拭う彩音の顔を相次いで見た。


「ーーー俺たちは、もう弱くない。決勝の前は観客の誰もが、俺たちをたまたま勝ち進んできただけだと思っていただろう。だが、見てみろ。もうそんな目で俺たちを見る奴は誰もいない。」


 集まった4人はその梅津一心の言葉に、キャプテンの言葉にただ黙って頷く。観客の目は正直で、意外と選手はその視線に敏感だ。このチームがここまで成してきたことの称賛と、そしてこれから成し遂げることへの期待感。その両方がなんとなく雰囲気で伝わってくる。今日の一試合目が始まる頃とは自軍応援席も含めてえらい違いだ。


「ここをしっかり勝ち切ろう。今日で確信した。お前達となら県大会に行ける。それどころか……全国だって夢じゃない。」


「ったりめえだろキャプテン。俺がいんだから。夢は全国制覇、そうだろ?」


「…………敵わないな、恭には」



 ーーー直前のスリーランホームランで生まれた、反撃ムード。ボルテージが上がってきた相手ベンチ、相手応援席の歓声を。


「す、ストライーーーク!!!」


 まるでピストルでも発砲したかのようなミットへの着弾音。彩音の放ったたった一球のストレートで黙らせ、消沈させる。


「ストライクっ……ツー!」


 そして観客はそれを見届けんと食い入るように見つめる。長年に渡り築いてきた王者の牙城、その崩壊を。

 王座が明け渡される、その瞬間を。


「センター!!!バック!!!」


「オーライっ………」


 これから歴史を作っていくであろう、新たなスターチームの誕生を。


 ーーーこの日、金川ファイターズは創設史上初めてのタイトルをその手にした。




 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 井桁雪音は遠目から今日の大会の表彰式、可愛い弟、井桁遼太郎の首に人生初の金メダルが下げられるところを泣きそうになりながら見ていた。ついこの間までねーちゃんねーちゃんと自分の後ろを着いて歩いてきたような印象だが、随分と大きくなったものだと感慨深い。


「決勝ではホームランも打ったし……いやぁ、第一シードかぁ……凄いなぁ」


「お母さんよくわからないんだけど………シード権ってそんなに大事なの?一回戦やらなくて良いっていうだけでしょう?」


「それだけじゃないよ?他の地区の第一シードとかそれに準ずる強いチームと当たらないような組分けされるからね。それはもうほんとに露骨に有利なトーナメント組まれるんだから。凄いよ?」


 現役時代は露骨に有利なトーナメントを組まれた側である雪音は、喜びの中にちょっぴり怨嗟の声も入っていた。


「ああっ!雪音ちゃん。なんやえらい別嬪さんおると思ったら雪音ちゃんやないかい。見に来とったんか。遼太郎ママも、おおきに。」


「あはっ、ご無沙汰してます三橋コーチ。彩音ちゃん、良かったですね。」


 遠くからこちらを見つけて駆け寄ってきたのはこのチームでバッテリーコーチを務める三橋彩音の父だ。それほど付き合いが長いわけではないが、言葉の端々から上機嫌が伝わってくる。


「最後気ぃ抜いてホームラン打たれるあたりがうちの娘らしいけど………あれだけタフなピッチャーになれたんは雪音ピッチングコーチの教えの賜物や。ほんまにありがとう。」


「いえ………私はそんな……」


「なんせ高校生でオリンピックの日本代表候補までいった人やもん。そんな謙遜せんでもええよ。」


 雪音は謙遜のつもりは毛頭ない。雪音がチームの練習を見に行ったのは五月に2回、六月に2回のみ。大学の授業に部活にバイトにと忙しかったのだが………守備では完全にその場を支配し、攻撃の要にもなっていた捕手の子のことを一度も見たことがないこともあって、自分が教えたチームと言われてもあまりピンときていないのが事実だった。


「どうやろ。今月とか一回来れたりせぇへん?大学って今夏休みなんやろ?」


「今の集中講義が終わったら、いこうかなと思ってます」


「あらら、おっちゃん大学のこととかようわからんけど……夏休みも大変なんやね。」


「なはは……春は大学入ったばっかりでよくわからなくて……授業入れすぎちゃって」


 もう少しだけ世間話をしたところで、表彰式が終わりチームの集合がかかる。ぺこっとお辞儀をして小走りで駆けていく彩音パパは随分と愛嬌のあるおじさんだ。


「うふふ、お姉ちゃん。遼太郎達の見てたら自分もやりたくなっちゃったんじゃない?」


「そうだね。今のアイス屋さんのバイト、店長に言ってシフト減らしてもらおうかな。」


 帽子をとってその自慢の金髪をかき上げた雪音。その視線の先にはちょうど妹に大型犬ダイブされている恭の姿があった。


「なかなか教え甲斐のありそうな奴も、いるにはいるしね」


 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 デートの一件以来、未来と恭の距離はぐんと縮まった。


「おーよしよし。未来は髪の毛サラサラで良い匂いがするなぁ」


「えへへ………ふへへ。おにーちゃんっ♡」


 自宅に帰ってきてクタクタの状態で真っ先に風呂に入って、テレビを見ていたと思ったらこれである。今は恭の太ももの上に頭を乗せた未来が頭をなでなでされてモフられている。


 年頃の男女がこうも一つ屋根の下で密着していると親としては苦言を呈したくもなるところだが、どこからどう見ても男女の距離感というよりはペットと飼い主の距離感。父も母も仲良いのねぇ以上の感想が出てこない。


 ちなみに未来は人生初の金メダルを余程嬉しいのかいまだに首から下げて大事そうに抱えている。容姿だけでなくそういうまだまだ子供っぽいところも含めて、恭は顔がにやけてとろけるほど可愛くてだだ甘やかしたくなるのだ。


「今日は一個もエラーしなくて凄かったなぁ。ホームランもいっぱい打って………もしかしなくてもウチの未来が日本最強のショートか?」


「えへへっ、もっと褒めてっ褒めて!」


「未来可愛い!未来凄い!未来カッコいい!」


「きょうくぅぅぅぅんんんっ♡♡♡♡♡」


 未来は恭の首元に手を回すとほっぺとほっぺをくっつけてすりすりマーキングし始める。子供特有のもちもちほっぺの柔らかさの前には男の子としてのドキドキなど役にも立たない。甘んじて受け入れて疲れた体に義妹セラピーだ。



 しばらくほっぺすりすりを続けた後、満足したのか未来は再び恭の膝の上へと舞い戻る。撫でていた手を頭から離すとぷくーっと抗議の表情。仕方なく撫で直すと目を細めて気持ちよさそうな顔をする。


「そういえばさ。今日ってどこの地区でも秋大会やってたんだろ?どこがシード権取ったとか聞いたか?」


「ん?ああ……岩代は二本松の第一シード取ったって。決勝は1-0だったらしいよ。」


「…………マジ?そんな僅差だったの?」


「準優勝の郭内も強豪だからねぇ。流石に戦国二本松地区は勝ち上がるのも大変だよね。」


 恭は岩代のことを最大のライバルにして、最強のチームに自分の中で位置付けていた。少なくとも県大会まではあそこまでの完成度のチームはそうないだろうと思っていたが………もう地区大会の時点で肉薄しているチームがあるとは素直に驚きだった。


「ちなみに、どこ情報?それ。」


「花凛ちゃん。岩代のエースの四葉花凛ちゃんだよ。四年生の時ね。選抜で会った時に連絡先交換したの。」


 スマホを見ているからネットとかかと思ったが、まさかのご本人様からの連絡だった。


「遂に県北大会かぁ………知ってる?ウチのチーム、歴代で第一シード取れたこと一回もなかったらしいよ?逆に選手じゃなくて監督達がガチガチに緊張してたら笑っちゃうよね。」


「…………県大会に出れるのはブロック優勝チームのみ。72チームを三ブロックに分けるからたったの3チームしか椅子がないんだよな。」


「そうそう。今日勝った福島市のチームに、二本松市、伊達市の三つの市。プラス市じゃないけど細々とした町から集まったチームで戦うのが県北大会。ちなみにここも一度も突破したことありません。」


「つーかチーム数めちゃくちゃ多くないか?福島県の人口ってそんなべらぼうにいないだろ。」


 それは恭がこのソフトボールの世界に入ってからずっと思っていた疑問でもあった。

 


「監督が言ってたけど………こんなに一個の小学校につき一個くらいソフトのチームがあるのって結構珍しいんだって。」


 ただでさえこの少子化、野球離れの時代だ。地区大会だけで70チーム以上集められるのが異常そのもの。スーパーに掲載されている募集の張り紙を見てもどれもソフトボールであって野球チームではない。野球の盛んな関東から来た恭にとってはまるで異世界にでも迷い込んだのかという気分だった。


「郡山の志賀ノ宮っていうチームがあるんだけどね。そこの監督さんが元プロ野球の選手なの。毎年すんごい強いチームなんだよ?」


「へーー。やっぱ元プロだと違うのかな教え方とか」


「機材とか超凄いらしいよ?200万円のバッティングマシンあるんだって。」


「未来はなんでも知ってるなぁ」


 義妹の異常な顔の広さと知識。これだけ可愛くて実力もあって将来性も抜群となれば皆友達になりたがるに違いない。身内の贔屓目をなしに見ても声をかけたくなるし、声をかけても持ち前の明るさで笑顔を振りまいてくれるのだろうという安心感もある。

 

「ねえ、おにいちゃん」


 未来は気持ちよさそうに目を瞑り、心の底から安心した表情をして恭に話しかける。


「私………すっごく幸せ。遊びじゃなくて、本気の恭くんと一緒のグラウンドでプレーするのがずっと夢だったから。また一個、叶っちゃったな。」


「なんだよ大袈裟な」


「大袈裟なんかじゃ……ない……むにゃ……」


 流石に疲労が限界なのだろう。瞼は重そうで、だいぶ呂律も回らずふにゃふにゃしている。


「覚えておいて………私は勝ったって負けたって……恭くんが元気でグラウンドに立ってるだけで………幸せなの」


「…………」


「すぅ………すぅ………」


 もう完全に恭の膝の上で眠りに落ちてしまった。もしかしたら本人としては寝言くらいの感覚で口に出た言葉なのかもしれないが………恭にとってはそんな考えを持てることそのものが、あまりにも眩しい。ずっと勝つことに囚われ続けていたあの日の恭だったら軟弱だと一刀両断していたかもしれないが、今は………その心がわかる気がする。


(未来は………大人だな。考え方が大人だ)


 心地良さそうに眠る未来。誰も見ていないのを確認して………恭はその白くて透明感のある頬に、そっと口づけをする。


 ーーー世界がまるで眠ったかのように静まり返る。


「ゆっくり………お休み。」


 そのうち恭も睡魔に負けて意識が途切れる。身体に触れている女の子の柔らかい身体とその温もりは、恭の心に安心感と充足感を与え、とびきり心地よい眠りについた。


 

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