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あの日の約束を、同じグラウンドで。〜最強キャッチャーと少女たちの青春ソフトボール〜  作者: ジャスパー


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19/30

第十八話 歯車が噛み合う時

この秋の県北大会のシード権を賭けたこの一戦。ひいてはこの大会自体が、新チームとなって初めての公式な大会になる。


 その前の練習試合で勝ち負けが出るにしても、それはあくまで練習。全国どのチームも力関係の差がないまっさらな状態からのスタートになる。


 だが、現に名門の名前のプレッシャーというものは存在する。まだ相手が強いか自分たちが弱いかなど誰にも分からない状況で、名門チームは幼い頃から植え付けられたその『勝者の文化』で、そしてその自覚で。名前で、そこに存在するだけで相手を飲み込む。


 だがこと絢辻恭に言わせれば、名門チームほどやりやすい相手はいないのだ。


『自分達が普通にやれば勝てると思い込んでる相手ほど、先手を取りやすいんだよ。動く必要がないと思ってるわけだからな。』


先手を取り、相手を後手に回らせて心理的に圧迫する。

 そのためにも………ここの先制パンチ。ここで効果的な一撃をお見舞いできるかというのはとても重要になる。



(だから頼むぞ………瑠衣)


「ストライクワン!」


 瑠衣特有の脚を大きく上げてトップを作り、そのまま走り出しながら打つスラップ打法。初球はアウトハイのストレートを見逃す形になった。

 その姿を見てデータ通りと言わんばかりに西優のサードショートがどちらも一歩、二歩と前に出る。いや、出ざるを得ないというのが正しいか。


(緩いショートゴロなら確定セーフ、サードゴロでもワンチャンセーフなチート韋駄天様だぜ。もっと前出てこいや)


 投球モーションの前に瑠衣はサードショートをじっくり観察するような目線を送る。それを見てショートがもう一歩前に出た。だが………。


(強打だ!)


走り打ちではなく、軸足に十分に体重を乗せてジャストミート。外角に追っつけて叩いた打球は猛スピードでヒットゾーンの広がった三遊間を抜けていく。


「先頭でたぁ!ノーアウト一塁!」


「おら続け続けぇ!」


 少年ソフトボールで卓越したスピードを持つこと。それは内野手が前に出てもヒット、下がってもヒットというこの理不尽すぎる二択を迫る権利を持つことと同義。任務遂行とばかりにこちらに敬礼ポーズを送ってくる一塁ランナーに、恭は掛け値なしの賞賛と共に気持ちばかりの拍手を送る。


 瑠衣に倣って審判と相手の投手に礼をして、そのまま送りバントの構えを取った。


 それを見た西優の捕手の上條は、内野手ににバント警戒のサインを送り、座りながら絢辻恭をじっくりと観察する。


(初回からバント………固い野球してくるな)


 無闇にバットを振り回しまくってまぐれなラッキーホームランで勝ちを拾ってくる、それが上條が思う金川というチームのイメージだ。そのイメージに反する戦略に少し疑心を持ちながら、初球はバントを試みるもファール。一塁線に惜しくもない強い打球が転がっていく。


(この人………キャッチャーだよな。見たことない。Bから上がりたてか?)


 ならばと上條はど真ん中に構え直す。このバントのお粗末さならやらせても全く問題なく、逆にミスしてくれるかもしれないと踏んだからだ。


 一方、恭の頭の中は一球目のバントの結果などもう既に消え去っている。ワンストライク以上の情報の価値を恭はもう既に得ていた。

 攻撃前の相手の内野のボール回しの時点で、恭は既に目をつけていた人物がいる。西優のセカンドだ。

 おそらく四年生なのだろう。緊張でガチガチになってファーストから送られるゴロの球も一度ファンブルを見せていた。強豪といえど今日は新チームの公式戦初日。まだまだどこもチームが出来上がっているとは言い難い。


(ファーストベースへのカバーの動き、散々言われてきたんだろうな。一歩分………いや、一歩半分早過ぎる。ダメだぜ、俺の前でこんなあからさまな隙を見せちゃ)


ーーー二球目。投手の手からボールが離れた瞬間、瑠衣がスタートを切った。


 バントだと決めつけていた上條は予想の斜め上の事態に逡巡し、焦る。


(単独スチール?バントエンドラン?いや……)


 絢辻恭はバットを引いてヒッティングの構えを見せた。


 (バスターエンドランだ!)


 鋭く叩きつけた打球はバント処理のために早めにファーストベースカバーに向かっていたセカンドの逆をつき抜けていく。本来は悠々セカンドゴロ、勢いによってはダブルプレーといったコースだ。


「サード!バックサード!」


「は、速すぎ………」


スチールのタイミングでスタートを切っていた瑠衣は打球が内野を抜ける頃にはもう二塁ベースを蹴ってさらに加速。中継も間に合う気配もなく余裕で三塁を陥れる。

 

「ノーアウト一三塁!」


「すげえ!序盤から完全に金川ペースじゃんか!」


「フロックってほんとかよ!」


 俄に会場のペースが、グランドの雰囲気が、呑まれていく。西優の勝ち確だろうと高みの見物をしていた後方バックネット裏の観客達も徐々に身を乗り出して戦況を見つめるようになってきた。

 それをフィールドの中の選手達が敏感に感じないはずが無い。しかも守備の穴を突かれてピンチが拡大したばかり、浮き足立つのも視野が狭まるのも仕方がないと言えた。


 打席には三番サード、キャプテンの梅津一心。要注意とマークされている有力選手だが………捕手の上條は打席の梅津を見て、少しばかり違和感を感じた。サインの伝達はスムーズ、だがどこか不自然で、腑に落ちない。


(なんだろう………この気持ち悪さは)


 とにかく先手を取られ動かれた後の打席だ。ランナーの配置も一、三塁。スクイズ、エンドラン、強行。どんな作戦でも考えられるシチュエーション。三番の梅津一心に対しての一球目は外角に大きく外れるボール球。二球目の低めに外れるボール球で、ファーストランナーの絢辻恭はスタートを切る。


 結果的に盗塁はクロスプレーにもならずに成功。上條は俊足韋駄天の三塁ランナー、二階堂瑠衣の方を警戒して送球を三塁に転送したからである。


(単独スチール………絶対ダブルスチールだと思ったのに)


 先ほどのバスターエンドランで大きく仕掛けて来たことを意識しすぎた。そして状況はさらに悪くノーアウト二、三類でツーボールノーストライクだ。


 (次の化け物にノーアウト満塁で渡したくないな)


 ネクストで深呼吸をして待つ怪物、絢辻未来は報告によればもう既にこの日3本のホームランを打って上がって来ている。絶好調のスラッガーにランナーを貯めて打席を迎えさせることは絶対に許されない。


(このバッターで勝負だ!)


 バッティングカウントの三球目、上條はインコースギリギリに寄ってミットを広げる。シュート回転して来たボールは梅津の胸元を抉るようにやってくる。


 だが………梅津は仰け反ることもなく、右足を軸に綺麗に回転しながらインサイドアウトの美しいスイング軌道を描く。まるで………その球を狙い、読んでいたかのように。


『配球の癖、というほどではないですが。ボールが先行した時は内角のボールで解決する傾向がまあまああるのが上條さんです。ツーボールスリーボールになったら……』


『ーーー内角に張って思いっきり引っ張ってみましょう』


 試合前のミーティングで胡桃が言っていた通り、内角を抉り込むストレート。前で捌くように弾き返した打球は高速で三遊間を抜けていく。三塁ランナーはもちろん生還。そしてレフトが処理に一瞬もたついたその隙を狙って二塁ランナーの絢辻恭も一気にホームに突入した。


「すげえ!金川が2点先行しやがった!」


「ある、これあるぞ!」



 奇策で相手の心理を誘導しながらカウントを整えて強行。剛柔一体となった金川の攻めに感嘆の声が上がる。もちろん観客席でこのボルテージだ。金川ベンチ後方の応援席はお父さんお母さん達の喜びの声でそれはもう沸いていた。ただ1人、井桁雪音だけはこの一連の流れを信じられないといった表情で見守り続けていた。


「お姉ちゃん凄いわよ!もう2点も取っちゃったじゃない!」


「…………先頭ヒットから初級バント失敗。二球目バスターエンドラン。単独スチールからタイムリーヒット。」


「え?」


「出てないの。サインが。たった一度も。」



 実は………井桁雪音がこのチームに所属していた七年前からチームのサインは一つも変わっていない。それは家で一生懸命サイン表と睨めっこして覚えていた弟の遼太郎とその内容を確認しているから確か。最初にダミーサインを出して、キーサインは帽子のつば。帽子のつばに触れた後に触った箇所で作戦を決定する。小学生でもわかりやすいサイン伝達だ。


 だが今の緻密かつ複雑な攻撃には、監督の意思は全く関わっていない。一球一球見ていたが、監督のサインは全て『打て』。つまりフリーサインだ。


「………ってことは監督のサインは全てダミーで、今の攻撃はあの子達が全部自分で考えて実行してたってこと?」





 ▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 それはこの試合の一週間ほど前。岩代に負けた次の日の平日ナイター練習のことだ。


 一、二、三番を固定して実戦に即した紅白戦を行う。とは言っても実態は形式だけ試合形式のフリーバッティングとさほど変わらない。ノーサインでどれだけ点を取れるかの勝負。純粋な打力の向上と、直前に岩代に負けたフラストレーションの発散も狙いだ。


 だが………瑠衣、恭、一心が並んだ赤チームの得点力が異常に高い。普通に盗塁もエンドランもスクイズもガンガン仕掛けて揺さぶる揺さぶる。熱中症からの病み上がりな彩音にどんどん負荷をかけて、もうそのイライラはマウンドで爆発寸前なところまで来ている。


 もちろんノーサインでこれだけの足を絡めた連携攻撃は不可能だ。


「え?何って。普通に自分達でサイン出し合ってやってるだけだけど。ヘルメット2回叩いたら二球目にスタート。耳触ったらキャンセルみたいな、簡単なやつ。」


 さも当然のことかのようにここまでの攻撃を簡単と言ってのける恭。監督の丹内としては立つ瀬がないのだが。


「梅津もそんなこと言ってたけどさ。なんかバッターボックス立ちながらいろんな動き見えるんだよな俺達。内野手の一歩目とか、走り方の癖とか。配球はまだイマイチわかんないんだけど。」


「それを把握した上でのエンドランやスクイズだったわけか」


「そうそう。強いてカラクリって言ったらそういうことじゃね?」

 



▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


 あくまで実験的に、この作戦をとったつもりだった。最初は一回戦のそれも初回だけ。そこで大量4点の口火を切ったことでそれが2回戦、準決勝へと延長し、そしてこの決勝戦に至る。ここまで来たらもう丹内も複雑な表情をしながら認めざるを得ない。


(今日の一二番の出塁率は6割。足で掻き回してポイントゲッターの一心と未来と遼太郎に打点を供給し続けてる。今までとは得点力があまりにも段違いだ)


 恭の言っていた通り仕組みは簡単。こちらはダミーでずっと打てのサインを送り続ける。ランナーはバッターの仕草を見てあらかじめ決めていたサインを忠実に遂行。絢辻恭と梅津一心の野球脳と判断力と洞察力に全てを丸投げした作戦だ。

 正直指導者失格のレッテルを貼られかねない、そうでなくてもプライドに多少傷がつくものではある。だがここまで強豪相手にポンポンと点を入れていくこの子達の姿を見てどうしてこれを変えられようか。


 ーーー思えば、昔から特別な子供たちだった。


 一つ上の学年の世代が1人もいなかったチーム事情で早くに戦力とせざるを得なかった子供たち。小さくても上級生と同じように過酷な練習を課してきたせいか、同年代と比べてもフィジカルも経験も一歩どころではないアドバンテージを持っていた。

 だが、今一つ勝ちきれない。


 チームスポーツというよりは個人技のコンテストのような。確かにヒットを打てば塁は埋まるし、ホームランが出れば点は入るが、どこかチグハグ感があった。黄金の才能達を生かしきれていないもどかしさと共に、強豪には今一歩届かない日々が続いていた。


 だがその離れ離れの大きな歯車達は、絢辻恭という最後の歯車の加入でまた動き始めた。攻撃でも守備でも、二番キャッチャーという花形とは違う目立たない位置ではあるがこのチームの柱として間違いなく恭の貢献がチームの潤滑油となっているのは間違いない。


 そう感じているのは監督の丹内だけではなく、選手も………今ネクストバッターズサークルから悠然とバッターボックスに向かう絢辻未来もだ。


(本当に………凄いよ。もう誰も強豪相手でも怖がってない。こんなに短期間でチームは変わっちゃうものなんだ)

 


 ずっと四番を打ってきた未来だからわかる。このスポーツは『流れ』のスポーツだ。人に言っても理解を得られたことはないが、いいムードの時は打てないボールが打てるようになるし、自然と甘い球が来る。今まではその流れを相手からぶんどるのは自分の役目だったが。


(もう……打席に立つ時には自然と押せ押せムードになってる。おにいちゃんたちが持ってきてくれてる。私は流れに身を任せて……ボールを叩くだけ)


 思考がシンプルになり、頭の中がクリアになる。来たボールをストライクゾーンと合わせて感覚で打つだけ。天才的な打撃感覚は余計なことを考えないことで、より研ぎ澄まされる。


「そんなに一生懸命サイン見てても、意味ないよ上條くん」


「………………」


「私、今までホームランのサインしか出たことないもん」

 


 午後4時少し過ぎ。ツーボールワンストライクから思い切り振り抜いた未来の打球が、レフト後方のフェンスの後ろに着弾する。


 戦いは既に、初回の時点で大勢を決していた。

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