第86章 追跡者の影
夜の海は静かに見えたが、その静寂は錯覚に過ぎなかった。
船体が波を切るたびに、遠くで光が揺れる。
ヘリコプターだ──東条の追撃部隊が追いすがっていた。
竜司は操舵室に立ち、沙希の肩を軽く叩く。
「ここからは慎重に行く。ヘリの攻撃をかわしながら、カストリを安全な場所へ運ぶ」
沙希はうなずき、手元の配電盤を操作し、船の位置をレーダーから隠す。
「竜司……怖い……」
「大丈夫だ、俺たちならやれる」
声には必死の力がこもる。
しかし、ヘリは高度を下げ、強行突破を試みてきた。
赤い探照灯が船を捕らえ、機銃掃射の影が甲板に迫る。
竜司は瞬時に判断し、コンテナの影に身を伏せる。
「遮蔽物を使え!」
沙希も指示に従い、貨物室の扉を閉め、金属製の箱を盾にした。
銃弾が弾け、火花が散る。船体が揺れ、波しぶきが二人を打つ。
そのたびに、竜司は冷静に甲板を見渡し、攻撃をかわすタイミングを計る。
ヘリが旋回して再び照準を合わせるその時、竜司は思い切った行動に出た。
小型ボートを海上に降ろし、コンテナの一部を積み込む。
「沙希、これを持って海上に逃げる! 俺は追撃を引き受ける!」
沙希の目が見開かれる。
「一緒に行くって言ったのに……!」
竜司は振り返り、強い声で答えた。
「ここで生き延びるためだ! 信じろ!」
沙希が小型ボートに飛び乗り、竜司は船の操縦席でヘリに向き合う。
ヘリの赤い光が迫る。弾幕が船体に炸裂する。
竜司は舵を切り、波間を縫うように船を動かす。
火花が飛び、甲板に炎が上がる。
その瞬間、竜司は港の監視ドローンの信号を利用し、偽の座標をヘリに送った。
赤い光は一瞬逸れた。
しかし、その油断は長くは続かない。
東条の声が無線を通じて響く。
《愚か者め……逃げられると思うな》
その声は、冷たく、そして確信に満ちていた。
「くそ……奴、まだ何か仕掛けてる」
竜司は舵を切りながら、コンテナに隠れた沙希を見た。
「沙希、大丈夫だ。あと少しで島影に隠れる」
暗闇の中で、竜司はふとエリカのことを思い出す。
あの人の犠牲がなければ、二人はここまで来られなかった。
胸が締めつけられる。怒り、悲しみ、そして決意──
「絶対に、エリカさんの無念は晴らす」
竜司の瞳は鋭く光った。
小型ボートが島影の入り江に到着し、沙希を降ろす。
波間に隠れた二人の船影は、赤い照明の下でわずかに揺れる。
竜司は最後の加速を試み、ヘリの攻撃をかわしながら島影の反対側へ進む。
その時、海上に異様な光が走った。
小型ドローン──東条の最新型無人機だ。
爆弾を搭載し、二人を追う。
「くそっ、まだ終わりじゃないのか……!」
竜司は操縦桿を握りしめ、船体を急旋回させ、無人機を波間に突き落とす。
爆発が海面を赤く染め、煙が夜空に昇る。
波が静まったとき、竜司は深く息をついた。
目の前には、暗く、静かな島影。
「沙希……やっと安全だ」
沙希は小さくうなずき、涙を流しながら竜司に抱きつく。
「でも、東条さんはまだ……」
「心配するな。今度は俺たちが仕掛ける番だ」
竜司の中に、決意が再び燃え上がる。
海上の闇に包まれながら、二人は次の戦いに備えるため、島の奥へ足を踏み入れた。




