第85章 夜の海上逃走
船のエンジンが唸りを上げ、海面を切るように進む。
竜司と沙希は甲板の端に座り込み、息を整えることしかできなかった。
冷たい潮風が二人の体を撫で、港の炎の残り香が鼻を刺激する。
背後で、赤く燃え盛る港の一部が煙とともに消えていく。
「沙希……あのエリカさん、助からなかったな」
竜司の声は低く、震えていた。
沙希は泣きそうな声でうなずく。
「でも……私たちを守ってくれた……」
船は港を離れ、湾を抜けて外洋へ向かう。
波が船体を叩き、緊張感は緩まない。
無線機からは東条の声がまだ消えていない。
《竜司、逃げられると思うな……》
その声に、竜司は拳を握りしめる。
「くそ……絶対に俺たちの手で止めてやる」
沙希も小さくうなずき、竜司の背中を握った。
「一緒に……戦おう」
エリカが残した手掛かりは、船の貨物室に積まれた“カストリ”の原料だった。
これを奪い、東条の計画を潰さなければならない。
竜司は計画を練り始めた。
まず、港を離れるためにエリカが設置した爆破物のタイマーが完全に解除される前に船を遠ざけること。
次に、港内に残された監視ドローンの信号を解析し、東条の位置を割り出すこと。
「沙希、君は操作系統を確認してくれ」
竜司は急ぎ甲板下のコンパートメントに向かい、貨物室へ向かう指示を出す。
沙希は怯えながらも、パネルの前に立ち、複雑な配線を解析し始めた。
その時、空に赤い光が走った。
高速で接近するヘリコプター──東条の追撃部隊だ。
竜司は冷静に判断した。
「ヘリは武装している……だが、夜間視界だけじゃ正確な攻撃は無理だ。遮蔽物を利用する」
船体の配置、煙、そして海面の波を最大限に利用し、ヘリの照準をずらす作戦を立てた。
ヘリのスポットライトが船を捉える。
砂煙と火花の中で、竜司は操舵を切り、船を左右に揺らす。
砲撃が水しぶきを上げ、船体が震える。
だが竜司の冷静な判断で、二人は辛くも回避に成功する。
貨物室に到着した沙希は、カストリの入ったコンテナを開け、内容物を確認した。
白い粉末、液体、そして数枚の試験ラベル。
すべてが極秘扱いの国家レベルの実験資料だった。
「これ……全部持ち出せば……東条の計画は止められる」
竜司は頷き、沙希とともにコンテナを小型ボート用に分割して準備を始める。
だが、その時、船の無線が再び鳴った。
《竜司、逃亡は許さない──次は港外だ、捕らえろ》
声が冷たく響く。
竜司は沙希の手を取り、決意を固めた。
「沙希……ここから先は、俺たちだけの戦いだ」
沙希は怯えながらも強く頷いた。
「一緒に……生き延びよう」
船が夜の海を切り裂きながら進む中、遠くに浮かぶ小型島影が見えてきた。
ここが次の避難拠点だ。
だが、その道中で待ち受けるのは、東条のさらなる罠──そして、カストリを巡る恐るべき真実だった。
竜司は甲板に立ち、拳を握りしめる。
「東条……絶対に終わらせてやる……!」
夜の海に、二人の決意が静かに燃え上がった。




