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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第81章 地下深くの檻



 夜の港を離れ、車列は海沿いの細い道路を滑るように進んだ。

 窓の外には炎の残光が遠ざかり、代わりに暗く沈む波面が現れる。

 竜司と沙希は後部座席で両手を結束バンドで拘束され、言葉を交わすこともできなかった。

 車内の沈黙は、エンジン音と波のざわめきだけが埋めていた。


 先頭の車にはエリカの姿があった。

 運転席の隊員が「到着まで三分」と低く告げると、彼女はただ頷き、何も言わなかった。

 その横顔には、港で見せた冷酷さとは別の、何か深い迷いの影が差していた。


 やがて車列は海辺の倉庫群の一角で停止した。

 外見は古びた貨物倉庫だが、重厚なシャッターがゆっくりと開くと、中には別世界が広がっていた。

 白い無機質な壁、床に走る鉄製のレール、そして中央に降下する巨大なエレベーター。


 竜司と沙希は隊員に押され、エレベーターへ乗せられた。

 低くうなるモーター音と共に、床が沈む。

 ──地中へ。深く、深く。


 降下する間、竜司はエリカを睨み続けた。

 だが彼女は一度も視線を合わせず、ただ計器の光を見つめていた。


 五分以上も降下し続け、ようやくエレベーターは停止した。

 扉が開くと、そこには地下都市のような光景が広がっていた。

 無数の通路と監視カメラ、武装した警備員。

 壁際には鉄格子の檻が並び、その中には痩せ細った人々がうずくまっていた。


 「……ここは何だ」

 竜司の低い声が、コンクリートの空気に沈む。

 エリカは淡々と答えた。

 「国が存在を否定した人間たちの“保管庫”よ」


 檻の中の人々は、ただの罪人には見えなかった。

 義肢を持つ者、皮膚に奇妙な文様が浮かぶ者、そして目が虚ろな少女たち──。

 沙希はその光景に怯え、竜司の背に隠れた。


 通路の奥、分厚い鋼鉄扉の前で隊員が立ち止まる。

 扉が開くと、そこにはガラス張りの会議室があり、中には一人の初老の男が待っていた。

 黒いスーツに赤いネクタイ、鋭い鷹のような眼光。

 その存在感だけで、竜司はこいつが“本丸”だと直感した。


 「君が竜司君か」

 低く響く声。

 「私は東条雅臣。この施設と、君が追っていた“カストリ”の全てを管理している」


 竜司は眉をひそめた。

 「カストリは麻薬じゃない……もっと別の、国家規模の実験だろ」

 東条はゆっくりと笑みを浮かべた。

 「ほう……そこまで勘付いていたか。確かに、これは薬ではない。

  人間の神経構造そのものを書き換える“鍵”だ」


 エリカが口を挟む。

 「竜司、あなたの脳にも既にカストリの初期型が投与されている」

 竜司は愕然とした。

 「何を……言ってやがる」


 東条は指を鳴らすと、背後のモニターに脳波と神経マッピングの映像が映し出された。

 そこには竜司のデータと一致するパターンが並んでいた。

 「君は試作品の被験者だ。だから君の反応や記憶、行動には、すでに我々の“鍵”が組み込まれている」


 沙希が震える声で叫ぶ。

 「じゃあ……竜司はもう……!」

 東条は首を振った。

 「まだ完全ではない。だが次の投与で、君は我々の意のままになる」


 竜司は足元の鎖を引きちぎる勢いで身を乗り出した。

 「そんなもん、絶対に飲まねぇ」

 エリカが一瞬だけ視線を落とし、そして小さく呟いた。

 「……だから私は、あなたをここから出す」


 その言葉に、東条の目が鋭く細められた。

 「エリカ、お前……」

 次の瞬間、会議室の照明が落ち、警報が鳴り響く。


 赤い非常灯の中、エリカは竜司の拘束を切り、沙希の手を掴んだ。

 「走れ、今しかない!」


 だが扉の外から、武装兵の足音が迫っていた。

 地下深くの檻の中で、脱出劇が幕を開けようとしていた。

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