第78章 影の介入
シャッターが裂ける金属音が倉庫の中に響き渡った。
火花が散り、鉄板が押し曲げられる。
その隙間から、黒い戦闘服に身を包んだ武装兵が滑り込んできた。
無言。
その動きはまるで訓練用マネキンのように無駄がなく、整然としている。
「来るぞ!」
氷室が低く叫び、手元の拳銃を引き抜いた。
竜司は咄嗟に沙希を背中へ押し込み、机の陰へ。
天城は銀色の小瓶を取り出すと、手際よく蓋を外し、腰のベルトから小型の起爆装置を取り出した。
「三秒後、目ぇ閉じろ」
彼はためらいもなく床に瓶を転がし、足で蹴って敵の足元へ。
「今だ!」
甲高い破裂音と同時に、白い霧が一気に倉庫内に広がった。
兵士たちは反射的にマスクを装着しようとしたが、二人ほどが遅れ、よろめいて膝をつく。
だが、残りは素早かった。
催眠ガスの効果範囲を察知したのか、距離を詰め、狙いを定めて射撃してくる。
銃声が鉄骨に反響し、破片が竜司の頬をかすめた。
「逃げろ!」
氷室が指差したのは、倉庫奥の古い搬出口。
錆びた扉を肩で押し破り、外へ飛び出す。
夜の空気が肺を突き刺した。
だが、逃走は数秒しか持たなかった。
裏通りに出た瞬間、白いセダンが滑り込むように停まり、ドアが開いた。
そこから現れたのは──沙希が以前見た“赤い目の女”だった。
濃紺の軍服コート、ブーツ、夜風に揺れる漆黒の髪。
その瞳は、闇の中でもはっきりと赤く光っていた。
「乗って」
彼女の声は驚くほど静かで、そして命令口調だった。
氷室が即座に銃口を向ける。
「誰だ。俺たちの動きを嗅ぎ回ってたな」
女は動じず、短く答えた。
「選択肢は二つ──私と来るか、ここで死ぬか」
天城が鼻で笑う。
「脅しは効かねぇ。お前は何者だ」
「……第三勢力、そう呼ぶならそうでもいい」
竜司は沙希を庇いながら、氷室に視線を送った。
敵兵の足音が迫っている。
時間は、もうない。
氷室はわずかに舌打ちし、銃を下げた。
「……行くぞ」
四人は女のセダンに飛び込み、ドアが閉まると同時に車は急発進した。
バックミラーに、倉庫へ突入する武装兵たちの姿が小さく映る。
女は表情一つ変えず、低い声で言った。
「あなたたちが持っているデータ──それが私の欲しいもの」
竜司が反射的にポケットを押さえる。
「渡す理由は?」
「その代わり、あなたたちを“リスト”から消す。追跡も抹殺もなくなる」
天城が目を細めた。
「リスト……? 何のリストだ」
女は視線を前方から外さず、淡々と答える。
「国家と裏社会、双方が共有する“抹消対象者”の名簿。今、あなたたちは一番上にいる」
沈黙が車内を包んだ。
沙希だけが小さな声で尋ねた。
「……本当に助けてくれるの?」
女は一瞬だけ沙希を見た。
「助ける。だが、それは私の目的に沿う限りにおいて」
氷室が吐き捨てるように言う。
「つまり、利用するってことだな」
「そう解釈して構わない」
セダンはやがて大阪湾沿いの工業地帯に入り、人気のないコンテナヤードへ滑り込んだ。
冷たい海風と油の匂いが窓から流れ込む。
女は車を停め、ゆっくりと振り返った。
「ここで決めて。私にデータを渡すか、それとも自力で生き延びるか」
竜司はポケットの中の座標メモを握り締めたまま、氷室と天城に目をやった。
返事次第で、この夜はさらに血に染まるだろう──。




