第74章 引き金
金箔の壁を震わせるほどの衝撃音とともに、VIPルームの扉が内側へ弾け飛んだ。
木片と鉄屑が宙を舞い、その隙間から氷室と数人の武装隊員が雪崩れ込んでくる。
室内の空気が、一瞬で戦場の匂いに変わった。
「全員、動くな!」
氷室の声は鋭く、金属の冷たさを帯びていた。
だが天城は、まるで事態を歓迎するかのようにソファに腰を下ろし直し、ワイングラスを軽く揺らした。
「……氷室、お前はやはり血の匂いが好きだな」
「天城、余計な口は要らない。こいつらは──俺の獲物だ」
氷室の視線は竜司たち三人に固定されている。
竜司は一歩も引かず、氷室を睨み返す。
「獲物? 俺たちはもう、ただの追われる側じゃない」
その声に、誠が刃を構え、沙希が端末を握り直した。
天城は唇の端をわずかに吊り上げる。
「面白い。……ではこうしよう。お前たち三人が氷室を倒せば、この部屋から生きて出られる道を教えてやる」
その提案に、氷室の目がわずかに細まる。
「……天城。俺を使って遊ぶ気か?」
「お前も強者だろう? 退屈は嫌いなはずだ」
次の瞬間、氷室が踏み込んだ。
銃口が竜司の胸に向けられ、ほぼ同時に引き金が引かれる。
乾いた銃声が室内を裂き、竜司は反射的に右へ飛び込む。
弾丸は金箔の壁を抉り、背後に立っていた黒服の肩を撃ち抜いた。
悲鳴と同時に、室内が一斉に混乱に包まれる。
誠が低く構えたまま氷室の足元へ滑り込み、ナイフで太腿を狙う。
氷室はわずかに身を引き、逆に誠の腕を蹴り払った。
刃が床に転がり、火花が散る。
沙希はこの混乱を利用し、部屋奥の通信端末へ走った。
だが天城はその行動を見逃さない。
「……どこへ行く?」
低い声とともに、天城が立ち上がる。葉巻の火を床に落とし、重い靴音で沙希へ迫った。
竜司は氷室の攻撃をかわしながら、沙希に向けて叫ぶ。
「沙希、行け! 今しかない!」
その声に応えるように、沙希は端末のパネルを叩き、暗号化通信を解除した。
画面に複雑なコードが走り、施設全体のセキュリティが次々と無効化されていく。
同時に、廊下から新たな足音が迫ってくるのが聞こえた。
氷室が一瞬だけそちらへ視線を向ける。
竜司はその隙を逃さず、低い姿勢で氷室の懐へ潜り込み、拳で腹部を打ち抜いた。
鈍い息が氷室の口から漏れる。
しかし、氷室は倒れない。
逆に竜司の腕を掴み、そのまま壁際へ叩きつけた。
衝撃で視界が一瞬白く霞む。
誠が間に入り、氷室の銃腕を掴んで引き倒そうとするが、氷室は力で押し返す。
「甘い!」
短く吐き捨てると、氷室は誠の肩を撃ち抜いた。
銃声と血の匂いが同時に広がる。
沙希が振り返り、蒼ざめた表情で誠を見た。
「誠!」
しかしその瞬間、天城が沙希の背後に立ち、首筋に冷たい刃を押し当てた。
「動くな、竜司」
天城の声は、静かだが底冷えするほどの圧力を帯びていた。
竜司は拳を握りしめたまま、わずかに呼吸を荒らす。
氷室も天城を見据え、低く呟いた。
「……人質か」
「強者は手段を選ばん。お前もそうだろう、氷室」
部屋の外から、さらに重武装の部隊が突入してくる足音が近づく。
次の一手を誤れば、全員がここで終わる──その緊張が、空気を張り詰めさせていた。




