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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第73章 鉢合わせ


 重厚な木製の扉を背に、竜司は耳を澄ませた。

 廊下の奥から響く革靴の音は、規則正しく、それでいて妙に圧迫感がある。氷室の歩き方は二年前から変わらない。

 その音が一歩近づくごとに、竜司の鼓動もまた同じリズムで高鳴っていく。


 「竜司……来るぞ」

 誠が小声で告げた。

 沙希は端末を握りしめ、扉のロック解除作業を一時停止する。


 廊下の角を曲がって現れた氷室は、相変わらず軍服のように整えられたスーツを着こなし、冷ややかな瞳で三人を見据えた。

 「──やはり、お前らだったか」


 氷室の右手がわずかに腰のホルスターへ伸びる。

 竜司は間髪入れずに前へ踏み込み、氷室の腕をはたき落とした。銃声はまだ響かない。

 すぐさま誠がサイドから回り込み、ナイフの刃先を氷室の喉元へ突きつけた。


 しかし氷室は動じない。わずかに口元を歪めると、低い声で呟いた。

 「天城はお前らを待っている。だが……このまま通すわけにはいかん」


 その瞬間、廊下の奥から二人の黒服が走り込んできた。

 竜司は氷室を押し返し、沙希と誠に指示を飛ばす。

 「沙希、扉を開けろ! 誠、後方を頼む!」


 黒服たちはためらいなく拳銃を構えた。

 誠が身を低くして横へ転がり、足払いで一人を倒す。その隙に竜司がもう一人の腕を取り、壁へ叩きつける。

 銃が床に落ち、乾いた音が廊下に響いた。


 氷室はすでにホルスターから銃を抜き、照準を竜司の胸へと合わせていた。

 だが、引き金が引かれる寸前──

 「竜司、開いた!」

 沙希の声と同時に、扉が内側へと開かれた。


 三人は迷うことなく扉の中へ飛び込み、すぐにロックを再設定する。

 厚い扉が閉まる直前、氷室の冷たい視線が竜司の網膜に焼き付いた。

 あれは殺意ではなく、試すような眼だった。


 VIPルーム内部は、まるで異国の宮殿のようだった。

 金箔を施した壁、天井には巨大なクリスタルシャンデリア、奥には白い大理石のテーブルと深紅のソファ。

 その中央に、天城が座っていた。


 白髪をオールバックに撫でつけ、黒のスリーピーススーツを纏ったその姿は、老齢にもかかわらず威圧感に満ちている。

 天城は葉巻をくゆらせ、ゆっくりと立ち上がった。

 「竜司……随分と成長したな」


 竜司は天城を睨みつけ、一歩踏み出す。

 「お前のせいで、どれだけの人間が壊されたと思ってる」

 天城は口元に笑みを浮かべたまま、グラスの赤ワインを揺らした。

 「壊れる者は、もとより弱い者だ。……強者は利用する。それだけだ」


 その言葉に、竜司の奥歯がきしむ。

 背後では、誠と沙希が警戒を怠らず室内を見回していたが、部屋の隅には数人の黒服が控えている。


 「お前を止める」

 竜司が短く告げた瞬間、天城の手が軽く上がった。

 すると黒服たちが一斉に拳銃を抜き、銃口が竜司たちへと向けられる。

 逃げ場はない──だが、竜司の視線は天城から逸れない。


 その時、背後の扉が激しく叩かれた。氷室の声が響く。

 「天城、時間だ──奴らを渡せ」


 天城は一瞬だけ考え込むような表情を見せ、やがてゆっくりと笑った。

 「……面白い。氷室、少し待て」


 天城は竜司に近づき、低い声で囁く。

 「お前には選択肢をやろう。この場で俺に仕えるか──氷室の弾で死ぬか」


 竜司の胸の奥で、復讐と生存本能がせめぎ合った。

 沙希がわずかに首を振る。誠は刃物を握り直し、天城の動きに備えていた。


 そして──扉の外で安全装置が外れる音が、はっきりと響いた。


 この瞬間、VIPルームは静かな駆け引きから、血の匂い漂う決戦の場へと変貌しようとしていた。

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