第61章 再会の影と揺れる均衡
港から離れても、竜司と沙希の足は止まらなかった。
焦げ臭い匂いがまだ鼻腔に残り、耳の奥では爆発音の残響が消えない。
影山の最期が脳裏に焼き付いたまま、二人は市街地の裏路地へと入り込んだ。
ネオンの灯りがチカチカと瞬く歓楽街――夜の歌舞伎町。
酔客や風俗嬢、客引きの半グレが行き交う通りを、竜司はフードを深くかぶって歩いた。
周囲の視線が刺さる。ここは安全地帯などではないが、今は人混みに紛れるしかなかった。
「竜司……あれ」
沙希が低く呟き、顎で示した先。
路地の入口に、見覚えのある女が立っていた。
長い黒髪にタイトな黒のワンピース、そして氷のような眼差し――美咲だった。
竜司の背筋が瞬時に硬直する。
港で見た時よりも整った姿をしているが、その瞳の奥は明らかに警戒と計算で満ちていた。
「……よく、生きてたわね」
美咲は淡々とした口調でそう言い、二人を手招きした。
人混みを避け、古びたビルの裏階段を上る。
足音が吸い込まれるように静まり、薄暗い部屋の中へ通された。
そこには意外な人物が待っていた――九条だ。
包帯でぐるぐる巻きにされた姿だが、生きている。
「……竜司。お前とこうして顔を合わせる日が来るとはな」
九条の声はかすれ、しかし妙に落ち着いていた。
「何のつもりだ、美咲。こいつと手を組んでるのか?」
竜司の問いに、美咲は口角をわずかに上げた。
「敵の敵は味方……って言葉、嫌い?」
「冗談じゃねえ。お前は港で――」
「私だって予定外だったの。佐久間があそこまでやるとは思ってなかった」
九条がゆっくりと口を開いた。
「佐久間は暴走している。今や黒羽会すら制御できん。
俺と美咲は……奴を引きずり下ろすために、一時的に手を組んでいる」
竜司は黙り込む。
影山の犠牲を思い出すたび、九条も美咲も許す気はなかった。
だが、佐久間を潰すためには、確かに彼らの情報は必要だった。
沙希が竜司の横で囁く。
「……利用するだけ利用すればいい。
影山さんの仇を討つには、あんた一人じゃ無理だよ」
九条は机の上に地図を広げた。
そこには東京湾沿いの倉庫群と、黒羽会の拠点が赤くマークされている。
「ここが次の取引場所だ。佐久間は『カストリ』の大規模ロットを外に流すつもりだ」
美咲が続ける。
「そして、その場には政界の大物も来る。証拠を押さえれば一気に崩せる」
竜司は地図を睨みつけ、低く言った。
「……それで、お前らは何を求めてる?」
美咲は一瞬だけ笑い、答えた。
「生き残ること。それだけ」
その夜、竜司は眠れなかった。
安アパートの一室で、沙希が傷の手当をしながら言う。
「竜司……このまま突っ走って、本当に生きて帰れると思ってるの?」
「分からねえ。でも――影山の分まで、やる」
窓の外には、ビル街の向こうに光る東京湾の水面が見えた。
そこが、次の血の舞台になる。
そして翌日。
竜司たちは偽装した車で東京湾へ向かうことになる。
九条と美咲――本来なら殺すべき敵と同じ車に乗る、その皮肉を噛みしめながら。
だが竜司は知らなかった。
この「共闘」が、後にさらなる裏切りと惨劇を呼び込むことを――。




