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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第59章 引き金の向こう側


 銃声が響いた直後、夜の港は一瞬だけ静まり返った。

 照明の届かない防波堤の端で、誰かが崩れ落ちる音がはっきりと響く。

 白い煙の中、その影が誰なのか判別できない。


 竜司は息を殺し、視線を凝らした。

 煙がゆっくりと流れ、倒れている人物の輪郭が浮かび上がる――沙希だった。


 「沙希!」

 竜司が駆け寄ろうとするが、影山が咄嗟に腕を掴み止める。

 「待て! まだ撃たれるぞ」


 沙希は右肩を押さえながら苦痛に顔を歪めていた。

 致命傷ではない――だが、肩を撃つことで動きを封じる狙いがあったのは明らかだった。

 その射手は、ほかならぬ佐久間。


 「……なんで、佐久間……?」

 沙希が震える声で問う。

 佐久間は答えず、ゆっくりと美咲の方へ歩み寄った。

 九条はまだ立っているが、足元はふらつき、いつ倒れてもおかしくない状態だ。


 「……遅かったな、美咲」

 佐久間が口を開くと、美咲は薄く笑った。

 「あなたが生きているなんて思わなかったわ。でも――今は助かる」

 「勘違いするな。俺はお前らを助けに来たんじゃない」

 佐久間の声は冷たく、感情を抑え込んでいた。


 竜司は息を呑んだ。佐久間は九条の部下として姿を消したと思われていたが、ここで美咲と会話している。

 しかし口ぶりからすれば、両者の関係は同盟ではない――もっと別の、複雑な利害関係に基づくものだ。


 「……竜司」

 佐久間が不意に竜司を呼んだ。

 「お前に残された時間は少ない。この場から離れろ。お前がここにいる限り、全員死ぬ」


 「ふざけるな……! お前はどっちの味方なんだ」

 竜司が低く唸ると、佐久間は目を細めた。

 「味方なんていない。ただ、生き残る者と死ぬ者がいるだけだ」


 その瞬間、SUVのエンジン音が再び唸りを上げ、別方向からもう一台の車が滑り込むように到着した。

 車体に描かれた紋章を見て、竜司は血の気が引いた――それはかつて自分たちが潰したはずの組織「黒羽会」の印だった。


 黒羽会の構成員が十数人、武器を手に降り立つ。

 彼らは美咲にも九条にも銃口を向けず、むしろ佐久間の側へと合流していく。


 「……やっぱりそうか」

 影山が呟く。

 「佐久間は黒羽会の残党を率いてたんだ。九条と潰し合いをさせ、漁夫の利を得るつもりだった」


 竜司の胸に、怒りと同時に別の疑念が芽生える。

 ――では、美咲は? 九条は? 彼らは本当に敵同士なのか?


 美咲が一歩、佐久間に近づいた。

 「これで、あなたの思惑通りに事が運ぶと思ってるの?」

 佐久間は薄く笑った。

 「運ぶさ。お前も九条も、俺の計画の中じゃただの駒だ」


 九条が笑った。血を吐きながらも、その声には妙な余裕があった。

 「駒? ……お前、自分が盤面の外にいるとでも思ってるのか」

 佐久間の眉がわずかに動く。

 その直後、九条は懐から小型の起爆装置を取り出し、親指でスイッチを押した。


 港の奥で、低い爆音が連鎖的に響き渡る。

 停泊していたコンテナ船が炎に包まれ、積み荷の一部が吹き飛んだ。

 爆風が煙を巻き上げ、視界が再び奪われる。


 「……何をした!」

 佐久間が怒声を上げる。

 九条は膝をつきながらも、にやりと笑った。

 「積み荷の中身……あんた、知らないだろ?」


 その言葉に、美咲の表情が変わる。

 「まさか……カストリを――」


 九条の笑みが、炎の赤に照らされて不気味に揺れた。

 「そうだ。世界初の合成麻薬カストリ。お前らが必死に探してたブツは、もう海に沈んじまった」


 竜司はそこで初めて悟った。

 佐久間も、美咲も、自分も――全員が同じ獲物を追っていた。

 だが九条は最初から、それを誰にも渡す気がなかったのだ。


 煙の中で銃撃戦が再び始まり、叫び声と爆音が入り乱れる。

 竜司は沙希を抱え、影山と共にその場を離れようとした――しかし背後から、耳をつんざくような銃声が再び響いた。


 次の瞬間、竜司の足元に温かい飛沫が落ちた。

 振り返ると、影山が胸を押さえ、ゆっくりと倒れていく。

 その向こうで、銃を構えた佐久間が無表情で立っていた。


 「……お前だけは、生かして帰さない」

 佐久間の声は、炎と煙の中で氷のように冷たかった――。

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