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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第56章 海上の追撃


 港の外れ、漆黒の海がうねりを上げていた。

 竜司の全身は海水に濡れ、冷たさと緊張が皮膚の奥まで突き刺さる。

 九条の高速艇が波を裂き、ライトの光が海面を鋭く切り裂いていた。


 「竜司ィ――逃げ切れると思うな!」

 九条の声は海風に混じって響く。

 その声に、竜司は振り返りもせず海をかき分けた。

 だが、艇のエンジン音が徐々に近づき、距離が縮まっていくのが分かる。


 水面を切り裂く音とともに、数発の銃弾が海に突き刺さった。

 冷たい飛沫が頬を打ち、竜司は息を詰めて深く潜る。

 耳の奥で水圧が響き、視界は濁った闇に包まれた。


 ――絶対に、ここで捕まるわけにはいかない。


 脳裏には沙希たちの顔が浮かんだ。

 彼女たちが無事に排水管から脱出できるかは、自分がどれだけ九条を引きつけられるかにかかっている。


 浮上すると同時に、竜司は肩から小型の防水ケースを外し、中から黒い筒状の装置を取り出した。

 自作の信号妨害機――これを使えば、高速艇の通信や位置測定が一時的に混乱する。


 竜司は水面に顔を出しながら、装置のスイッチを入れる。

 直後、九条の部下たちが何か叫び、艇の動きが一瞬鈍った。


 「舐めるなよ……!」

 竜司はその隙に方向を変え、防波堤の影へと泳ぐ。


 しかし九条は鋭かった。

 「サーマルで追え! 位置は必ず割れる!」

 次の瞬間、海面に赤いレーザーの点が走り、竜司の胸元をなぞった。


 ――くそっ、熱源探知か!


 竜司は咄嗟に息を止め、海中に潜ったまま、防波堤の鉄骨にしがみつく。

 金属の冷たさが骨に響くが、動けばすぐ見つかる。


 海面上では九条の声が響き続けていた。

 「竜司、お前は俺と同じ道を歩むべきだった。裏切り者には、港の底が似合う」


 その声には、冷笑と、奇妙な執着が混じっていた。

 まるで竜司を殺すことが、彼自身の存在理由であるかのようだ。


 竜司は海中で目を細めた。

 ――奴は必ず近づいてくる。射程に入ったら、一発で仕留める。


 腰のホルスターから防水処理された拳銃を抜く。

 ゆっくりと息を吐き、肺の空気をわずかに残したまま、竜司は水面すれすれに浮上した。


 波間から見えたのは、九条の高速艇の舳先。

 艇は竜司の真正面に進み、銃口がわずかに揺れている。


 「今だ……!」


 竜司は海面から飛び出すように上半身を起こし、狙いを定めて引き金を引いた。

 閃光が夜の港を裂き、銃声が海に反響した。


 弾丸は九条の肩を掠め、鮮血が飛び散る。

 しかし九条は倒れず、逆に獣のような笑みを浮かべた。

 「……やはり、そうでなくてはな!」


 次の瞬間、九条も引き金を引き、弾丸が竜司の脇腹を抉った。

 海水の冷たさとは別の熱が広がり、竜司は一瞬視界が白むのを感じた。


 「竜司ィ!」

 どこからか沙希の叫び声が聞こえた。

 振り返ると、防波堤の上に彼女とカナ、影山が立っている。

 どうやら排水管から脱出した後、竜司を追ってきたらしい。


 九条の部下たちも沙希たちを狙い、銃を構える。

 竜司は血の味を噛みながら叫んだ。

 「走れ! 俺を置いていけ!」


 だが、沙希は首を振った。

 「嫌よ! 一人でなんて逃げない!」


 その一瞬のためらいを、九条は見逃さなかった。

 「全員、撃ち殺せ!」


 無数の銃声が夜空を裂き、火花のように弾丸が飛び交った。

 竜司は自分の体を盾にするように泳ぎ、沙希たちの前に立ち塞がった。

 背中に衝撃が走る――しかし、まだ沈むわけにはいかない。


 ――ここで終われば、全てが無駄になる。


 竜司は最後の力を振り絞り、腰のグレネードを抜いた。

 ピンを引き抜き、九条の高速艇に向かって投げる。

 閃光と爆音が海面を揺らし、艇が大きく傾いた。


 「行けぇぇぇぇ!」

 竜司の叫びが、港の闇に響いた。



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