第54章 出口なき水路
地下通路を駆け抜ける靴音が、反響して不気味に響く。
赤色灯が点滅し、金属の壁に血のような光を刻む。
竜司はバッグを肩に掛け、後ろを走る沙希と影山、カナを振り返った。
「あと五十メートルで水路の扉だ!」
だが、通路の先で重い金属音が鳴り響いた。
防犯シャッターが降り始めていたのだ。
「クソッ、九条め……!」影山が舌打ちする。
残された時間はわずか。
竜司は躊躇なく駆け出し、まだ完全に閉じ切っていない隙間に体を滑り込ませた。
後ろから沙希がバッグを投げ渡し、影山とカナも辛うじて通過する。
シャッターが背後で完全に閉まった瞬間、向こう側から重い足音と無線の声が聞こえてきた。
――警備部隊が到着したのだ。
四人は息を潜めて水路沿いの廊下を進む。
しかし足元の水面に、細かい波紋が広がっていることに竜司は気づいた。
「……おかしい、水の流れが逆だ」
次の瞬間、耳をつんざくような警報と共に、水路の奥から強烈な水流が押し寄せてきた。
九条が排水ゲートを閉め、非常ポンプを逆流させたのだ。
「走れ! 溺れるぞ!」
背後から濁流が迫る中、四人は必死に走った。
だが水位は瞬く間に膝、腰、胸へと達し、荷物の重みで動きが鈍くなる。
カナが肩で息をしながら叫んだ。
「こっち、上に上がる梯子がある!」
竜司はカナを先に押し上げ、沙希と影山も続く。
最後に自分が登ろうとした瞬間、濁流が背中を叩き、鉄の梯子にしがみつく腕が一瞬滑った。
必死に体を引き上げると、そこは狭い保守通路だった。
だが安堵する暇はなかった。
通路の奥から九条の声が響く。
「そこまでだ、竜司」
九条は血の滲む脚を引きずりながらも、右手に拳銃を握って立っていた。
後ろには二人の私設兵がライフルを構えている。
「データを置いていけ。命は保証する」
九条の声は静かだが、瞳は凍るように冷たい。
竜司は息を荒げながらバッグを抱きしめた。
「……命をかけて手に入れたもんだ。渡すわけがない」
九条が薄く笑う。
「そうか。なら、ここで終わりだ」
その瞬間、頭上の通気口がガタンと揺れ、埃が舞い落ちた。
影山が素早くそれに気づき、拳銃を撃ち上げる。
金属の破片と共に通気口のカバーが外れ、上から眩しい光が差し込んだ。
「上に逃げろ!」竜司が叫び、沙希とカナを押し上げる。
影山が殿を務め、九条たちの射撃を遮った。
竜司が最後に通気口へ体を押し込んだ瞬間、弾丸が足元の金属を跳ねた。
耳鳴りの中、九条の声が遠ざかる。
「竜司……必ず奪い返す」
外に出ると、そこは港の倉庫街の裏手だった。
夜風が潮の匂いを運び、遠くで船の汽笛が鳴っている。
四人は息を切らしながらも歩き出した。
だが竜司の心は安堵ではなく、不穏な予感で満ちていた。
――九条はまだ生きている。そして、必ず追ってくる。




