第52章 罠の匂い
翌夜、竜司たちは港の外れに停泊する古びた漁船に乗り込んだ。
火薬のカナが持ち込んだのは、小型のドローン、爆薬入りの防水ケース、そして暗視ゴーグル。
「金庫の位置はこのビルの地下三階。だが、直接入るのは自殺行為よ」
カナが広げた地図には、佐伯の本拠地である高層ビルと、その周囲を覆う監視ルートが描き込まれていた。
影山が苦笑する。
「まるで軍の施設だな」
「実際、元自衛隊の警備員を雇ってる」
カナの声は低く、冷静だった。
「だから正面突破じゃなく、“地下の水路”から侵入する」
水路の情報は沙希が提供したものだった。
「港の下には古い排水トンネルがあって、ビルの地下まで繋がってる。佐伯はほとんど気づいてないはず」
彼女の言葉に全員が頷く。
その日の深夜、竜司、影山、カナ、拓真の四人はゴムボートに乗り、真っ暗な水路へ滑り込んだ。
海の匂いと、鉄と錆の臭気が鼻をつく。
「静かに行けよ。音を立てたら反響で上にバレる」
カナが囁くように言う。
その横顔は、赤い髪が闇に溶け、ただ冷たい目だけが浮かんで見えた。
竜司は胸の奥で不安を押し殺しながら、懐中電灯を短く点滅させる。
暗闇の中で時折、水面に何かが浮かぶ――古い木片や油の膜。
やがてトンネルの先に、格子状の鉄柵が現れた。
影山が工具を取り出し、錆びついたボルトを静かに外していく。
「……よし、外れた」
四人は狭い通路を這うように進み、やがて地下三階相当の位置に到達した。
上方には古びたメンテナンス用の梯子。
「ここからが本番よ」
カナが爆薬入りケースを背負い、慎重に登っていく。
梯子を上がると、目の前には重厚な鋼鉄製の扉が現れた。
扉の向こうからは、かすかな電動機の音と低い話し声が聞こえる。
竜司が耳を当て、息を呑んだ。
「……中に誰かいる」
影山が小声で言う。
「警備か?」
「いや、声の感じが違う。佐伯の部下じゃない」
竜司の勘は、長年の路地裏の経験から鋭く研ぎ澄まされていた。
その時――
突然、通路の奥から微かな光が差し込んだ。
次の瞬間、背後で重い鉄格子が落ちる音。
「……閉じ込められた!」
拓真が叫ぶ。
扉の向こうから、冷たい男の声が響いた。
「ようこそ、港の鼠ども」
カナが小さく舌打ちした。
「罠だったのね……」
声の主は、佐伯の腹心・九条だった。
元警察官で、裏社会に落ちた後は佐伯の情報戦を一手に担ってきた男だ。
「お前らの動きは、最初から全部筒抜けだ」
九条の声が低く笑う。
「特にそこの女――火薬屋のカナ。お前が動いた時点で、佐伯はすぐに気づいた」
影山が銃を抜こうとした瞬間、天井の通気口から催涙ガスが噴き出した。
「クソッ……!」
視界が霞み、喉が焼けるように痛む。
竜司はカナの腕を掴み、後退しようとしたが、背後はすでに閉ざされている。
九条の声が響く。
「金庫を開けたきゃ、生きてここから出ろ」
催涙ガスの中、カナが必死にケースを開け、即席の爆薬を組み上げる。
「これで扉を吹き飛ばす……でも、爆風で俺たちもやられるかも」
竜司は迷わず頷いた。
「やるしかねえ!」
カナの指が起爆装置に触れた瞬間――扉の向こうで別の爆発音が轟いた。
九条の声が途切れる。
煙の向こうから現れたのは、全く予想外の人物だった。
沙希。
包帯を巻いた肩を押さえながら、手には小型の拳銃を握っている。
「遅くなって、ごめん」
彼女の背後には、港の若い連中が数人――皆、佐伯に家族を奪われた者たちだった。
竜司の胸に、久しぶりに熱いものが込み上げた。
「……反撃の時間だ」




