第51章 反撃の灯火
港から離れた廃ビルの一室。
竜司は古びたソファに沙希を横たえ、タオルで肩の傷口を押さえていた。
彼女の顔色は青白く、額には冷や汗が滲んでいる。
「……ごめん、私があんたを突き飛ばさなければ」
か細い声が暗闇に溶けた。
「馬鹿言うな。あのままだったら俺が死んでた」
竜司は震える声で言いながら、必死に止血を続けた。
拓真が古びたロッカーから救急箱を持ってくる。
「竜司、応急処置はしたけど、早く病院に――」
「ダメだ。病院に行けば佐伯の耳に入る」
竜司は即座に拒否した。
佐伯が港を完全に掌握した今、病院の関係者の中にも彼の息のかかった人間がいる可能性が高い。
沈黙を破ったのは、低い笑い声だった。
「お前ら、ずいぶん派手にやったみたいだな」
入口に立っていたのは、長身で無精髭を生やした男――元情報屋の影山だった。
竜司が驚いたように立ち上がる。
「影山……なんでここが分かった?」
「佐伯が“使い捨てのガキども”を捨てたって噂が流れてな。面白そうだから足を運んだ」
影山の目は笑っていなかった。
竜司は迷わず切り出した。
「佐伯を潰す。あんた、手を貸せ」
影山は片眉を上げ、ポケットから煙草を取り出す。
「簡単に言うな。佐伯は港の半分を握ってる。金も人脈も、堂島を潰したことで倍になった」
「だからこそだ」
竜司は机を拳で叩いた。
「俺たちが何もしなきゃ、次は俺たちが完全に消される」
沈黙の後、影山は煙を吐き出しながら言った。
「……面白ぇ。だが条件がある」
「条件?」
「俺の知ってる“爆破屋”を使え。あいつなら佐伯の金庫を丸ごと吹っ飛ばせる」
影山の口元がわずかに歪む。
「金庫には佐伯がばら撒いた“リスト”の原本と、彼の弱みが全部詰まってる」
その夜、竜司・拓真・影山の三人は作戦の骨組みを練った。
まずは爆破屋――通称火薬のカナを探し出すこと。
彼女は元軍需工場の技術者で、今は地下社会で爆薬の調合を請け負っている。
沙希は横になりながらも、その会話を聞き逃さなかった。
「……私も行く」
弱々しい声に竜司は首を振る。
「無理だ。傷が塞がるまでは――」
「私の中に、佐伯の居場所の手掛かりがある」
沙希の目が鋭く光った。
「佐伯は、私にだけ見せた金庫の位置を覚えているはず」
作戦は一気に現実味を帯びた。
しかし同時に、竜司の胸には重い不安が広がっていく。
――もし失敗すれば、全員が港の海底で眠ることになる。
三日後の夜。
影山の手引きで竜司たちは、ネオン街の外れにある老舗キャバレーに足を踏み入れた。
そこは火薬のカナの隠れ家でもあった。
バーカウンターの奥から現れたのは、鮮やかな赤髪を持つ女。
その腰には、工具ベルトではなく爆薬用のポーチがぶら下がっている。
「アンタらが佐伯を吹っ飛ばしたいって奴?」
竜司は小さく頷いた。
「金なら用意する」
カナは笑い、グラスを傾けた。
「金より、面白いかどうかよ」
影山が耳打ちする。
「こいつは危険な女だ。気に入られなきゃ、俺たちごと爆破される」
竜司は覚悟を決め、まっすぐカナの目を見た。
「佐伯の金庫を開けたい。中には“全国のルート”と“裏切り者の名簿”がある」
その言葉を聞いた瞬間、カナの目がわずかに輝いた。
「……いいわ、乗った」
こうして、竜司たちの反撃計画は動き出した。
その夜、港の奥でひっそりと光る街灯の下、四人は誓いを立てる。
――佐伯をこの街から消す。
しかし彼らはまだ知らなかった。
佐伯がすでに、彼らの動きを全て監視していることを。




