第48章 消えた証拠
夜が明ける頃、雨はようやく止み、街は灰色の朝靄に包まれていた。
竜司と拓真は廃工場を後にし、港近くの古びたネットカフェに身を潜めていた。
誰もがまだ眠りについている早朝の時間帯――それが二人にとって唯一の安全な行動時間だった。
「これだ」
拓真はノートパソコンを開き、SDカードを差し込む。
昨夜、命懸けで奪い返した“証拠映像”がそこに収められているはずだった。
しかし、画面には「データが破損しています」の文字が無機質に浮かび上がるだけ。
「……嘘だろ」竜司の声が震えた。
「昨日までは確かに映ってたはずだ」
拓真は何度もリーダーを更新し、別のソフトで読み込みを試みる。
だが、返ってくるのは同じ冷たいエラーメッセージだった。
「誰かが消したんだ……」
拓真の言葉は低く、そして重かった。
竜司は拳を握りしめた。
「じゃあ、昨日のあの襲撃は偶然じゃなかったってことか」
そう、半グレたちが隠れ家を襲った理由――それは単なる追跡ではなく、この証拠を完全に葬り去るためだったのだ。
「でもな……完全には消されてないかもしれない」
拓真の目が僅かに光る。
「破損したファイルでも、復元できる可能性はある。だが、問題は……」
「問題は?」
「復元に必要なソフトを持ってる奴が、この街では一人しかいない」
竜司は顔を上げた。
「誰だ?」
「元・情報屋の“佐伯”だ。裏社会から足を洗ったって噂だが、本当かは分からない。ヤクザとも半グレとも繋がりがあった危険人物だ」
二人は短く視線を交わした。
行くしかない――それ以外に道はない。
佐伯のアジトは、港の外れにある解体予定の倉庫街にあった。
日が昇りきらぬうちに辿り着くと、巨大なシャッターには鎖と南京錠が掛けられていた。
「留守……か?」
竜司が呟いた瞬間、背後から低い声がした。
「誰を探している?」
二人が振り返ると、そこには長身で痩せた男が立っていた。
黒いコートの襟を立て、目元には深いクマが刻まれている。
その視線は、まるで人の心を丸裸にするかのように鋭かった。
「佐伯……か?」拓真が問いかける。
男は小さく笑った。
「用件を聞こう。命が惜しいなら、嘘は吐くな」
拓真は迷わずSDカードを差し出した。
「これを復元してほしい。どんな手段でもいい」
佐伯はカードを受け取り、掌の中で弄びながら鼻で笑った。
「こんなもんのために命を張ったのか……いいだろう。ただし、代償は高い」
「金ならある」竜司が即答する。
「金じゃない」
佐伯の口元がゆっくりと歪む。
「お前らに“ある仕事”をやってもらう。それと引き換えだ」
その瞬間、竜司の背筋に冷たいものが走った。
佐伯が提示する“仕事”――それは間違いなく、甲子園どころか命をも危険に晒すものだと直感したからだ。




