第36章 裏切りの匂い
轟音と硝煙の渦中、竜司は反射的に「もう一人の拓真」の手を掴んで走り出した。
背後で源の怒号と銃声が混じる。
「竜司! そいつを信じるな!」
だが返事をする余裕はなかった。PMCの弾幕は容赦なく、カプセルの間を縫うように飛び交っていた。
非常用の側道を抜けると、冷たいコンクリートの通路が続いていた。
警報灯の赤い点滅が、逃走のリズムを刻むように明滅している。
「こっちだ」——複製の拓真は迷いなく進む。
竜司は、なぜ自分がこの男を追っているのか、心の奥で混乱を覚えながらも足を止められなかった。
角を曲がった瞬間、複製の拓真が竜司の胸元を指差した。
「……何か付けられてるな」
竜司はハッとしてポケットを探る。そこには小さな黒い装置があった。
押すと、かすかな電流音が響く。
「発信機だ。位置も、会話も、全部筒抜けだ」
竜司の脳裏に、美咲が自分の背後に回り込んだ瞬間がよみがえる。
あれは……偶然ではなかった。
一瞬、呼吸が浅くなる。
——美咲が裏切った? それとも別の意図があるのか?
複製の拓真が短く言った。
「捨てろ。だが、今はまだ壊すな」
彼は装置を自分のポケットに入れ、意味ありげに笑った。
その時、通路の奥から足音が迫る。
現れたのは桐生だった。
「竜司、離れろ! そいつは——」
桐生の言葉は最後まで届かなかった。複製の拓真が閃光弾を床に転がし、視界が真白に染まる。
咳き込みながら視界を取り戻した時、竜司は拓真と共にすでに地下施設の外に出ていた。
夜の工業地帯。
港の風が錆と潮の匂いを運び、遠くで貨物船の汽笛が響く。
複製の拓真は肩越しに竜司を見た。
「お前にはまだ話してないことが山ほどある。だがまずは……生き延びろ」
その言葉の直後、遠くのビルの屋上で一瞬光がきらめく。
次の瞬間、竜司たちの足元に銃弾が跳ねた。
——狙撃手だ。
竜司は反射的に掩体の陰に飛び込み、息を潜めた。
だが胸の奥には、銃弾よりも鋭い不安が突き刺さっていた。
——美咲、お前は……本当に敵なのか?




