第30章 黒い箱の中
錆びたクレーンの影の下、海風が吹きつける中で桐生はゆっくりとスーツケースのロックを外した。
「開けるぞ」
低い声が波音にかき消されそうになるが、竜司たちの視線は釘付けだった。
カチリ、と金属音が響き、蓋が開いた。
中には、見たことのない形状のヘッドセットと腕輪型の装置、それに厚みのある黒いカードが並んでいる。
「……なんだ、これ」恭平が眉をひそめる。
桐生は無造作にヘッドセットを持ち上げ、竜司の方へ差し出した。
「最新式の生体認証突破用デバイスだ。こいつを使えば、あの施設の入退室ゲートを無効化できる」
「どうやって手に入れた?」と美咲。
「言ったろう。中にいる。お前らが探してる奴——そいつからの“贈り物”だ」
竜司の表情が硬くなる。
「中にいるってのは……『黒崎』のことか?」
桐生は答えず、代わりに黒いカードを竜司の手に押し付けた。
「それがキーコードだ。三十秒間だけ赤外線センサーを無効化できる。猶予は一度きりだ」
美咲は即座に地図を広げ、ルートを修正し始めた。
「三十秒……正面突破は無理ね。やっぱり廃ドックから回り込んで、内部の電源系統に直接アクセスするしかない」
恭平が腕を組む。
「だが桐生を連れて行くリスクは?」
源が低く答えた。
「信用はできん。だが、この装置なしじゃ潜入はほぼ不可能だ」
竜司は黙って桐生を見た。
五年前の抗争で、桐生は竜司を庇って銃弾を受け、死んだ——そう聞かされてきた。
「……あの時、お前は死んだはずだ」
「死んだことにしてくれた奴がいた。だが俺は、その代償を払わされてきた」
桐生の声は、海鳴りの奥で氷のように冷たかった。
潜入の準備は急ピッチで進められた。
美咲がヘッドセットを接続し、電源を入れると、透明なホログラムが宙に浮かび上がった。
「施設の内部マップ……。ただし、一部はノイズだらけ」
桐生が短く笑う。
「完全な情報なんて渡すわけがないさ。あとは中で確かめろ」
源が周囲を警戒しながら、小声で言った。
「潮が引き始めた。旧ドックの下をくぐれる時間は限られてる」
竜司は頷き、全員に目を向けた。
「ここから先は一瞬の判断ミスが命取りだ。迷ったら撃て。ためらうな」
海面が月光を反射し、揺らめく。
竜司たちは黒い潜入スーツに着替え、顔を覆うマスクを装着した。
桐生も同じ装備に身を包むが、その背中に漂う気配はどこか異質だった。
——味方か、裏切り者か。
その答えは、これからの数分で明らかになる。
旧ドックの錆びた鉄骨の下、海水がひざ下まで迫る。
波が引く瞬間を待ち、源が手信号を出す。
全員が一斉に足を踏み出し、暗闇の奥へと消えていった。
背後で、遠く波打ち際の向こうに赤い三角マークが光っている。
その光は、まるでこれから訪れる地獄を静かに予告しているようだった——。




