第29章 海風の向こうに
夜の国道を、黒いワゴンが海沿いへと滑っていく。
窓の外には街灯のない海岸線が続き、波の音がかすかに聞こえてくる。
源が運転席で無言のままハンドルを握り、後部座席では竜司、美咲、恭平が各々の武器を点検していた。
「工業地帯は夜間も稼働してる。だが、例の三角マークの施設だけは例外だ。昼も夜も、人影がほとんど見えねぇ」
源の低い声が車内に落ちる。
「監視は?」と竜司。
「赤外線とドローンが常時。しかも電波が遮断されてる。普通に突っ込んだら蜂の巣だ」
美咲は地図を広げ、指先で一つのルートをなぞる。
「ここの旧ドックを使えば、裏手に回り込める。廃棄された荷揚げ場からなら、赤外線も死角になる」
恭平が顔を上げた。
「廃ドックって……例の密輸事件で封鎖された場所か」
「ええ。逆に言えば、今は誰も使ってない」
ワゴンはやがて舗装の途切れた脇道へ入り、海風が一気に吹き込んだ。
潮の匂いと錆びた鉄の匂いが混ざり、遠くに巨大な建物の影が見える。
その屋上には、あの赤い三角マークが月光を受けてぼんやりと浮かんでいた。
車を降りた途端、竜司は足を止めた。
暗闇の中、旧ドックのクレーンの陰に、人影が一つ立っている。
黒いコートのフードを深くかぶり、こちらをじっと見ていた。
「……待ってたぜ、竜司」
低く乾いた声。
その顔が月光に照らされた瞬間、美咲が息を呑んだ。
「……桐生?」
桐生——かつて竜司と同じ組にいた元構成員。
五年前、警察との銃撃戦で死亡したとされていた男だった。
彼は口元に皮肉な笑みを浮かべ、足元のスーツケースを軽く蹴った。
「こいつが必要になる。だが条件がある。俺を連れて行け」
恭平が警戒して拳銃に手をかける。
「死んだはずの男が、なんで今さら……」
桐生の目が一瞬だけ鋭く光った。
「……中にいる。お前が探してる奴がな」
海風が強まり、波音が轟いた。
竜司は迷わず桐生を睨み返す。
嘘か真か——その判断が、この先の生死を分ける。




