第20章 影の回廊
午前零時を回った頃、竜司は薄暗い倉庫の中でタバコを揉み消した。
港区の裏通りにあるその倉庫は、鉄の匂いと油の残り香が混ざり合い、息を吸うだけで喉が焼けるようだ。
隅では恭平が椅子に縛られ、力なく首を垂れている。源が脈を確かめて小さくうなずいた。生きてはいる。
「……山岸が何を狙ってるか、わかってきた気がする」
源の声は低く、しかし確信に満ちていた。
竜司は眉をひそめる。「言え」
「これは単なる誘拐や脅迫じゃない。山岸は“情報”を使って港区も大阪も飲み込むつもりだ」
会話を遮るように、倉庫の扉が軽くノックされた。
竜司が素早く拳銃を構え、源がドアを開くと、一人の若い女が入ってきた。
黒のジャケットにジーンズ、目は冷たい光を帯びている。
「刑事か?」と竜司。
「元刑事。今はあんたらと同じ側」女は名を名乗らず、ポケットから一枚のUSBメモリを取り出した。
「山岸の“切り札”の一部よ」
竜司が受け取ると、女は続けた。
「三日前、港区の地下回線から吸い出したデータ。これを見れば、あんたらも動かざるを得なくなる」
廃棄されたノートPCを起動し、データを開くと、膨大なファイル群が現れた。
映像、音声、取引記録――中には議員、企業役員、警察幹部までが山岸の裏口座と繋がっている証拠が並んでいた。
さらに一つの動画が目を引いた。
暗い会議室で、山岸が複数の男たちに指示を出している。
『同時にやれ。通信網も、電力も、水も、すべて止める。混乱の中で、俺たちがルールを決める』
源が息を呑む。「これは……」
「都市規模の破壊工作だ」竜司の声は低く沈む。
「恭平は、その計画の鍵を握ってる」
女は続けた。
「サーバーの場所はわかってる。大阪の南港にある廃ビル。セキュリティは民間じゃなく、山岸の私設部隊が守ってる」
竜司は即座に地図を引き寄せ、ペンでルートを描く。
「夜明け前に行く。守りが甘くなるのはその時間帯だ」
だが恭平が弱々しく口を開いた。
「竜司……そのサーバーには、お前の名前も入ってる」
「は?」
「昔、港区の裏ルートで武器を調達した記録。もし公になれば……」
竜司は短く息を吐き、笑った。
「いいさ。俺の首一つで全部止められるなら安いもんだ」
準備が始まった。
源は倉庫の隅から小型の通信ジャマーを持ち出し、女は拳銃の弾を詰め替える。
恭平はまだ完全に回復していなかったが、自らサーバーの構造とパスコードをノートに書き込んだ。
「入口は二重認証。俺がいなきゃ解除できない」
「なら、お前も来い」竜司の目は揺るがない。
外は小雨。倉庫の鉄扉を開けると、夜風が生臭い街の匂いを運んできた。
竜司は振り返り、短く言った。
「行くぞ。今夜、山岸の牙を折る」




