第20章 切り札
夜が明け、港区を抜けた源のバンは、河川沿いの廃工場跡に停まった。
鉄骨だけが残る建物の中に入り、竜司は恭平を毛布にくるんで横たえる。頬の腫れ、唇の裂け目――一晩中殴られていたのだろう。
「しばらく休ませろ」竜司は低く言い、外に出て煙草を取り出した。
源が後を追い、煙草に火をつけながら訊ねる。
「……あいつが言ってた切り札、何だと思う?」
竜司は煙を吐き、目を細めた。
「家族を人質にするだけじゃ足りねぇ。あの山岸はもっと“広範囲に効く”手を持ってる」
その時、源のスマホが震えた。
非通知。
「……出ろ」と竜司が促す。
源が通話を繋ぐと、低く押し殺した声が響いた。
『竜司、聞こえるか』
「山岸か」
『切り札を見せてやる』
通話の直後、源の端末に動画ファイルが届いた。
再生すると、薄暗い部屋に並べられた複数のPCラック、その前で座る数人の若者――顔には疲労と恐怖が滲んでいる。
カメラがパンし、壁に貼られた巨大な地図が映る。日本全国の都市に赤いピンが打たれ、それぞれに数字とタイマー。
『これは“清算の日”の計画だ』山岸の声が重なる。
『地方都市のインフラを同時に止める。電力、水道、通信――そして救急ネットワークも』
竜司の背筋に冷たい汗が流れる。これは単なる脅しではない。
「お前、そんなことやれば……」竜司が吐き捨てる。
『国は動く。だが、それが狙いだ。混乱の中で俺たちが“供給者”として支配する』
源が青ざめて画面を閉じる。
山岸はさらに追い打ちをかけるように言った。
『恭平はそのシステムの一部を設計した。裏切り者には口を封じてもらう』
通話が切れると、廃工場の空気は一気に重くなった。
竜司は煙草を踏み消し、恭平のそばに戻る。
「……本当なのか」
恭平はうなずき、唇を震わせながら語り始めた。
「二年前、俺は山岸の依頼で“分散型侵入プログラム”を作った。
インフラを一斉に落とすことができる……ただし、直接的に使えばテロと変わらない。
俺は試作だけして、封印したはずだった」
源が問い詰める。「そのデータはどこに?」
「……暗号化して、オフラインのサーバーに置いた。でも山岸は、その場所を突き止めたんだ」
竜司は短く息を吐く。
「なら、そのサーバーを先に抑えるしかねぇ」
だが恭平は首を横に振った。
「問題は……サーバーの中に、竜司、お前の名前も含まれてることだ」
竜司の表情が固まる。
「……どういう意味だ」
「お前が昔、港区の裏ルートで武器を手に入れた記録。もしそれが公になれば、警察もお前を庇えなくなる」
竜司は一瞬だけ沈黙し、その後低く笑った。
「構わねぇ。俺はもう、とっくに真っ当な道から外れてる」
その夜、三人はサーバーのある廃ビルへ向かう準備を始めた。
武器の確認、通信機器のチェック、逃走経路の策定。
源が最後に問う。
「竜司、本気で行くんだな」
竜司は拳銃を腰に差しながら答える。
「恭平の命も、この街の未来も、全部まとめて奪い返す」
外はまだ小雨が降り続き、ビル群の向こうで稲光が走った。
山岸の切り札――それは時間との戦いでもあった。




