第19章 奪還
夜明け前の大阪は、雨で濡れたアスファルトが街灯を反射し、通りはどこか現実感を失っていた。
竜司は源の安アパートの台所で、コンビニの缶コーヒーを握り締めていた。眠気はとっくに通り過ぎ、胃の奥が重く痛む。
「恭平はどこに連れて行かれた?」
源はノートパソコンを開きながら答える。
「GPSは潰されてる。……でも、奴らの車は旧港区の監視カメラに映ってた。工業倉庫街の奥だ」
竜司はうなずき、机の上の拳銃を手に取った。黒い金属の冷たさが、決意を固める。
工業地帯に入ると、空気は油と鉄錆の匂いで満ちていた。
源の運転する軽バンは路地に停まり、二人はフードを深く被った。
「中には少なくとも十人はいるはずだ」源が低く言う。
竜司は短く返す。「全員相手にする必要はない。恭平を連れ出す。それだけだ」
倉庫のシャッターは半分開いており、中から鈍い笑い声と金属音が漏れていた。
竜司は静かに中を覗く――中央には椅子に縛られた恭平がいて、顔に殴打の痕が残っている。
その前には、革ジャン姿の男が立ち、バットを手で弄んでいた。
竜司は源と目を合わせ、無言で合図を送った。
源は裏口へ回り込み、竜司は正面から足音を殺して近づく。
最初の黒服が背を向けた瞬間、竜司は背後から腕を回し、首を極めて沈黙させた。
そのまま男を物陰へ引きずり、拳銃を奪う。
しかし次の瞬間、金属が床を叩く音で警戒された。
「誰だ!」革ジャンの男が振り返り、バットを構える。
竜司は迷わず走り込み、膝蹴りを腹に叩き込んだ。
男が呻き、バットを落とす。竜司はそれを拾い上げ、別の黒服の頭に振り下ろした。
その間に源が裏口から侵入し、恭平の縄を切る。
恭平は足元がふらつきながらも立ち上がり、かすれた声で言った。
「……竜司、罠だ……」
言葉と同時に、天井の鉄骨の上から数人が飛び降りてきた。
四方を囲まれる。背後のシャッターも下ろされ、出口はない。
その中心に現れたのは、山岸孝三だった。
スーツの上に防弾ベストを着込み、冷たい笑みを浮かべている。
「来ると分かっていた。お前らの“正義感”は読みやすい」
竜司はバットを構えたまま、恭平を背後に庇った。
山岸は懐から小さなリモコンを取り出し、ボタンを押す。
倉庫の壁際のモニターが点灯し、そこには竜司の家の前に停まる黒塗りの車が映っていた。
「動けば……家族が死ぬ」
竜司は歯を食いしばる。だが、山岸の目を見据え、低く言った。
「……それでも、俺は引かない」
その瞬間、外で爆音が響いた。倉庫の裏口が吹き飛び、フード姿の複数の影が雪崩れ込む。
警察ではない――竜司がかつて助けた半グレ集団「灰狼会」のメンバーだった。
リーダーの柴田が叫ぶ。
「竜司、借りは返す!」
混乱の中、竜司は恭平を抱えるようにして出口へ突進する。
山岸は拳銃を構えたが、柴田が体当たりで弾き飛ばした。
外へ飛び出した竜司たちは、源のバンに乗り込み、全速力で倉庫街を離れた。
背後で山岸の怒声と銃声が響くが、距離は徐々に広がる。
車内で恭平がうっすらと目を開け、竜司に囁いた。
「……あいつ、まだ……切り札を隠してる……」
竜司はその言葉を胸に刻み、ハンドルを握る源の横顔を見た。
――戦いは、まだ終わっていない。




