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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第17章 試合開始の笛


 朝の空は重たく曇り、スタンドには湿った空気が漂っていた。

 竜司はロッカールームの隅に腰を下ろし、ユニフォームの下に小型カメラを装着した。汗を吸わないよう、カメラ部分だけをビニールで覆ってある。

 鏡越しに自分の胸元を見て、心の中で呟く。

 ――今日は、命懸けの試合だ。


 ベンチの壁には、鬼塚から渡された新しい台本が貼られていた。

 「三回裏、わざと送球エラー」「五回表、ピッチャー交代」「九回裏、見逃し三振」。

 チームメイトは何気なく眺めていたが、竜司だけはそれを細部まで記憶し、頭の中で“破り方”を組み立てていた。


 試合前、グラウンドに出ると、鬼塚の姿が三塁側ベンチ裏に見えた。

 腕を組み、獲物を見定めるような視線を送ってくる。

 竜司は軽くうなずき、わざと従順な顔を見せた。


 一方、源と恭平はスタンド最上段に陣取り、双眼鏡と集音マイクを手にしていた。

 「映像と音声、同時に取るぞ」

 恭平は小さくうなずく。

 「竜司が“破る”瞬間を逃さなければ、全部ひっくり返せる」


 プレーボール。

 一回表、竜司は普段通りの守備と打撃で淡々とこなした。台本にはまだ何も仕掛けはない。

 三回裏、いよいよ最初の“指示”が来た。

 ――送球エラーをしろ。

 鬼塚がベンチ裏から軽く帽子を触る合図を送る。竜司は一拍遅れて、内野ゴロをゆるく一塁へ投げた。

 ボールはわずかにそれて、ランナーがセーフ。スタンドから小さなどよめきが起こる。


 源が双眼鏡越しに呟いた。

 「演技だな……」

 恭平は録画を確認しながら笑みを浮かべた。

 「上手すぎる。誰も疑わない」


 五回表。

 台本通り、エースの松尾が交代させられた。観客席からは不満の声が上がるが、監督は平然としている。

 竜司は交代の瞬間、ベンチ内で鬼塚が指示を出している姿をしっかりとカメラに収めた。

 その映像は胸元のレンズを通し、全て録画されている。


 そして運命の九回裏。

 スコアは2対1で相手がリード。

 ランナー二塁、ツーアウト。

 打席には竜司。

 台本では――「見逃し三振」。


 鬼塚が三塁側から大きく腕を振る。

 竜司は構えたまま、一球目を見逃した。ストライク。

 二球目も見逃した。ストライク。

 スタンドからは「振れ!」という怒声が飛ぶ。


 そして三球目。

 ――竜司はバットを振り抜いた。

 芯を食った打球は、ライト線を抜けていった。二塁ランナーが生還し、同点。スタンドが爆発的な歓声に包まれる。


 鬼塚の表情が、遠くからでも分かるほど歪んだ。

 竜司はベース上で軽くヘルメットを触り、カメラに向けて小さく笑った。


 延長戦の末、竜司のチームは逆転勝ちを収めた。

 ロッカールームに戻ると、鬼塚が血走った目で竜司に詰め寄った。

 「てめぇ……何の真似だ」

 竜司はゆっくりとタオルで汗を拭き、低く言った。

 「真似じゃない。本物の試合をしただけだ」


 鬼塚が拳を振り上げた瞬間、ドアが開き、源と恭平が飛び込んできた。

 「おっと、その前にこれを見てもらおうか」

 恭平がタブレットを差し出す。そこには、台本を渡す鬼塚、ベンチで合図を送る姿、そして竜司がわざと指示を破る瞬間まで、すべてが鮮明に映っていた。


 鬼塚の顔から血の気が引いた。

 「……てめぇら、いつから――」

 源は冷たく笑った。

 「最初からだ。次はお前のボスを引きずり出す」


 その時、ロッカールームの奥で電話が鳴った。

 監督が受話器を取り、青ざめた顔でこちらを見た。

 「……山岸孝三からだ」

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