第15章 試合を売る条件
倉庫の空気は重く、油と錆の臭いが鼻をつく。
竜司、恭平、源の三人は壁際に立たされ、鬼塚の視線を受け止めていた。
鬼塚の背後にはスーツ姿の男たち――その中には、あの黒塗りの車を運転していた人物の影もあった。
「試合を売るだと?」
竜司が低く言うと、鬼塚は笑みを浮かべた。
「お前らが勝ち続けると困る連中がいる。俺らはその依頼を受けただけだ」
依頼――それはつまり、裏社会のさらに奥に、別の黒幕がいるということ。
竜司は目を細めた。
「そいつは誰だ?」
鬼塚は煙草に火をつけ、煙を吐きながら言った。
「お前が知る必要はない。知ったら最後、生きて帰れねぇ」
沈黙が流れる。
恭平が一歩踏み出そうとしたその瞬間、源が腕を掴んだ。
「やめろ、ここで暴れたら本当に終わる」
鬼塚はゆっくりと歩み寄り、竜司の肩に手を置いた。
「次の試合、わざとミスをしろ。投手交代を遅らせたり、エラーを装ったりな。細かい台本は後で渡す」
竜司は表情を変えずに聞き、やがて短く答えた。
「……考える時間をくれ」
鬼塚は口元を歪めた。
「いいだろう。ただし、猶予は二日だ。それを過ぎたら……松尾の映像は即座に拡散される」
男たちはシャッターを開け、三人を外へ追い出した。
夜風が肌を撫でるが、竜司の胸中は重苦しいままだった。
学校に戻ると、松尾が待っていた。
「……どうだった?」
竜司は答えず、黙って松尾の肩を掴んだ。
「お前、まだ何か隠してるな」
松尾は目を逸らした。
「……借金だけじゃない。あの連中、俺の兄貴と繋がってるんだ」
松尾の兄は、数年前に姿を消した元半グレのメンバー。
その名を聞いた瞬間、恭平と源の顔色が変わった。
「つまり……これはお前だけじゃなく、最初から俺ら全員を狙った罠ってことか」
その夜、竜司は眠れなかった。
机の上には鬼塚から渡された名刺。裏には連絡先と、ただ一言「裏切るな」とだけ書かれている。
携帯が震えた。非通知――竜司は迷わず出た。
『悩んでる暇はねぇぞ、坊主』
低い声の主は鬼塚ではなかった。
『俺は鬼塚の上だ。試合を売れば、お前らは甲子園に行ける。勝っても負けても、最後は俺らが決めるんだ』
竜司は無言で通話を切った。
その手は冷たく汗ばみ、心臓の鼓動が耳の奥で響く。
このまま黙って言いなりになるのか、それとも――。
翌日、練習グラウンドに竜司の姿はなかった。
代わりに現れたのは、私服姿の源と恭平。二人は監督に「竜司は体調不良だ」とだけ告げ、グラウンドを後にした。
向かった先は、港町の外れにある廃ビル。そこは情報屋が出入りする裏の拠点だった。
「試合を売る条件を突きつけられた」
源の言葉に、情報屋の老人はゆっくりと頷く。
「それはただの入り口だ。あいつらは金だけじゃなく、試合結果を賭場に流してる。八百長を握られた学校は、二度とまともな試合ができなくなる」
老人は一枚の古びた写真を差し出した。
そこには鬼塚と、さらにその後ろに立つ別の男が写っていた。
「こいつが黒幕だ。名前は……」
老人が口にした名は、竜司たちがよく知る“甲子園関係者”の一人だった。




