第11章 影の警告
深夜二時。港町の裏通りは、海風と遠くの波音だけが響いていた。
直樹は、一人でバイクを押して歩いていた。エンジンは掛けられない。さっきから、ずっと誰かに尾けられている気配がしていたからだ。
――コン、コン。
背後の路地から、金属がアスファルトを叩くような音が聞こえた。振り返っても誰もいない。ただ、湿った空気が背中を這い上がってくる。
直樹は歩を早めた。高校のグラウンドで練習を始めた矢先、麻薬の噂や暴走族抗争が急に増えた。しかも、敵対チームの中に、自分たちの練習メニューや試合の情報を知っている者がいる――内部に裏切り者がいる可能性があった。
路地の出口に差し掛かったとき、不意に背後から低い声が響く。
「お前ら、命が惜しけりゃ、野球なんかやめろ」
振り返ると、暗がりの中に三人の男が立っていた。顔の半分をマスクで隠し、片手に金属バットや鉄パイプを持っている。
「何者だ」
直樹は声を張ったが、足元の感覚がわずかに揺れた。男たちの背後には、黒塗りのワンボックスカーが停まり、エンジンをかけたまま低く唸っていた。
「お前らの練習グラウンドも、寮も、全部知ってる。次は…もっとはっきり分かる形で知らせてやる」
その言葉と同時に、足元にガラス瓶が転がされた。中には赤黒い液体が揺れ、鼻を突く異臭が漂う――ガソリンだった。
男たちは何もせず、瓶を置いたまま車に乗り込み、闇に消えた。
残された直樹は、汗と冷気でシャツが背中に張り付いているのを感じながら、瓶を見つめた。
翌朝、グラウンドに集合したチームメンバーに、直樹は昨夜の出来事を話した。
だが、反応はまちまちだった。
「脅しだろ。ビビってたら勝てねえ」
「でも、マジで襲われたら…」
「それより内部にスパイがいるって話の方がヤバくね?」
意見がぶつかる中、マネージャーの美咲が一歩前に出た。
「昨日の夜、グラウンドの近くに不審な車が停まってたって、町内会の人が言ってた。ナンバーも控えてある」
その瞬間、チーム内の空気が凍りつく。
「…誰が通報した?」
美咲の視線は、なぜかキャッチャーの浩平に向けられていた。浩平は一瞬だけ視線を逸らす。
午後、直樹は浩平を呼び出し、港の倉庫街へ向かった。
「なあ浩平、何か隠してるだろ。俺ら、仲間だよな」
問い詰める声に、浩平の表情は固くなる。
「俺は…何もしてねぇ。ただ…あの連中、ヤクザだけじゃねえ。半グレも混ざってる。俺の兄貴、そいつらに借金あって…」
浩平の声は震えていた。背後で貨物船のクレーンが軋む音が響く。
そのとき、二人の会話を遮るように、頭上からカラスの群れが飛び立った。直後、倉庫の影から数人の男が現れた。昨夜の連中だった。
「今度は逃がさねえ」
鉄パイプが陽光を反射し、直樹の視界が一瞬白く弾けた――。




