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『グラウンドの亡霊たち』 ―血と汗と裏切りの果てに―  作者: キロヒカ.オツマ―


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第10章 「静かなる包囲網」


 六月の夕方、港町特有の湿った潮風が、練習帰りのグラウンドに漂っていた。

 汗と土にまみれた部員たちの中で、拓真の眉間には深い皺が刻まれている。野球部の雰囲気は一見穏やかだが、その裏では、得体の知れない不穏な影が忍び寄っていた。


 ――昨日の夜。

 練習終わりに寄ったコンビニの駐車場で、拓真は奇妙な視線を感じた。振り返った時にはすでに誰もいなかったが、街灯の下、アスファルトに残された紙片だけが、冷たく揺れていた。

 そこにはボールペンで雑に書かれた一文――

 「お前らの甲子園は、ここで終わりだ。」


 その文面を部員に見せるべきか迷ったが、今はまだ伏せるべきだと判断した。

 しかし、心の奥では、すでに過去の因縁が動き出したことを直感していた。


 その夜、町外れの倉庫街。

 オイルと錆の匂いが漂う暗がりに、黒いワンボックスカーが静かに止まった。

 ドアが開き、中から降りてきたのは、半年前に港南署の麻薬取締りで名を馳せた半グレ組織「朱蓮会」の若頭・鏑木かぶらぎだった。

 彼の隣には、野球部のある部員の兄が立っていた。痩せこけ、腕には複数のタトゥーが刻まれている。


「弟さん、調子良さそうじゃねぇか。甲子園行くとか、笑わせるぜ」

「……俺はもう関係ねぇ。ただ、手を出すな」

「いやいや、世の中そんなに甘くねぇよ」


 鏑木の低い声が、油の匂いと混じってじっとりとまとわりつく。

 その会話の中で、拓真たちの試合を“潰す”計画が語られていた。試合当日に部員を一人欠場させる――それも、事故に見せかけて。


 翌日。

 部員たちは練習試合のために市営球場に集まっていた。観客席には、場違いなほど黒いスーツの男たちが並んで座っている。その視線が、ベンチの奥まで鋭く突き刺さる。


 キャッチャーの圭吾は、イニング間に拓真へ囁いた。

「なぁ、あいつら……昨日、港南の裏通りで見た顔だ」

「……やっぱり来てやがる」


 汗が背中をつたう。プレー中のはずなのに、拓真の耳は、グラウンドの外のざわめきを拾っていた。


 試合後。

 帰り道の路地裏で、拓真は一人の男に呼び止められる。

 その男は、以前チームに麻薬を流そうとした密売人・榊原だった。

「甲子園だぁ? 調子乗ってんじゃねぇぞ。お前らのグラウンドなんて、すぐ血の色に染まる」

 そう言い残すと、榊原は笑みを浮かべ、背を向けた。その足元には、赤黒い液体がゆっくりと地面に広がっていく。


 ――血だ。

 だが、倒れているのは榊原ではない。路地の奥、見慣れた顔の人物が崩れ落ちていた。


 拓真の脳裏で、警報のような鐘が鳴る。

 この瞬間、ただの野球の物語は終わりを告げ、彼らは完全に“包囲網”の中に閉じ込められたのだ。



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