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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
22/25

選択的な暴走

 バレンティン=デ=ファニアが勝利に酔いしれていられたのは、三日間にも満たなかった。


 始まりは神前決闘から二日経った夜のこと。王城に凶報がもたらされたところからだった。


 ディバド教会ファニア王国派遣団の本部が置かれた元リスタ教会王都神殿に賊の一団が押し入り、ディバド教神官を多数殺害した後火を放ったというのだ。この凶行による被害の全貌はいまだ不明であるが、少なくとも派遣団の首脳部は壊滅したらしい。


 突然の報せに混乱する国王たちの元に、続報が届く。


 先日の神前決闘で不正を働いたと嫌疑をかけられて派遣団本部に拘留されていたサルバドル=デ=ファニアが、襲撃の混乱に乗じて脱出してきたのだ。


 サルバドルは対策を講じるために招集された宮廷会議の席に案内され、得た情報の開示を求められた。


「して、此度の騒乱は何が起こっているのだ。其方の知ることを全て話せ」


「恐れながら申し上げます国王陛下。此度の襲撃における首謀者はサカリアス=デ=レアル男爵令息でございます。彼は黒魔法使いとして覚醒した模様です。死者の骸を操りディバド教の神官たちを次々と殺害しておりました」


「なんと! 黒魔法使いが覚醒したと!? それは誠か!」


 国王が驚きを露わにする。王国の頂点に立つ者として普段から厳しく己を律している国王にしては、非常に珍しい反応だった。


「間違いございません。それともう一つ。彼はシスネロス子爵令嬢であるロベルタ=デ=シスネロスを拘束して連れ回しておりました。おそらく誘拐か強奪してきたものと思われます」


 サルバドルの報告に困惑したようなざわめきが起きる。サカリアスの意図がわからないのであろう。


「なんだと? シスネロス嬢と言えば先日の神前決闘で其方とバレンティンが婚約者として手に入れるために争った、あの令嬢ではないのか?」


「その通りでございます。彼女はサカリアスの叔母に当たり、以前から面識があったようです。関係性が良好であったかどうかまでは存じません」


「ふむ。動機については何かわかるか」


「私が聞き出せた範囲では、バレンティン第二王子への私怨によるもののようです。強い憎しみを口にしておりました。シスネロス嬢の誘拐も殿下への意趣返しのつもりのようです」


「なに? どういうことだ?」


「なんでもサカリアスはバレンティン殿下に自分は必ず黒魔法使いへと覚醒すると約束していたそうなのです。にも関わらず殿下がディバド教会と手を結んだことで、裏切られたと申しておりました」


「なんということだ……。それが本当なら我が王国は教国と黒魔法使いを同時に敵に回すかも知れんのか。これは早急に本人にも確かめねばならん。バレンティンを呼べ!」


 国王の命によって、バレンティンは急遽宮廷会議の席に引きずり出されたのであった。




 呼び出されたバレンティンは現在の状況を簡単に説明されると、席に着くことも許されず国王から糾問された。


「バレンティン。其方はサカリアス=デ=レアルを側近にしておきながら教会と手を結んだ。それはどのような意図があってのことだ? 此度の争乱は其方の軽率な判断が引き起こしているのだぞ!」


「お、お待ち下さい! 私はあの者を厚く遇しておりました! あの者がこのようなことを仕出かした原因は別のところにあるのです!」


 口から出まかせでこの場をなんとか乗り切ろうとするバレンティンだが、国王の追及は厳しかった。


「他の原因だと? それはいったい何だ! 根拠のある話なのだろうな!」


「く、詳しいことまでは存じません!」


「自ら選んで配下に加えた側近であろう! しかも貴重な黒魔法使い候補のことを何故把握しておらんのだ!」


 バレンティンにとってサカリアスは使えない部下だったが、国王にとっては貴重な黒魔法使い候補だ。その認識の差がバレンティンの立場をこの上なく危険な場所に追い込んでいた。


「そもそも黒魔法使いにとってディバド教会は天敵なのだぞ! その黒魔法使いを配下にしておきながらディバド教会と手を結ぶとはどういう了見なのだ! わざわざ黒魔法使いを敵に回しおって!」


 国王にしてみれば常日頃から目の上の瘤であったディバド教会と手を結んだバレンティンは、息子と言えど裏切者だ。そして配下にしていたサカリアスが派遣団本部へ攻撃を仕掛けたことで、ディバド教会との関係も切れてしまったことだろう。つまり今のバレンティンは孤立無援なのだ。糾弾の対象にならないわけがない。


「しかし父上! 奴は無能だったのです! まさか魔法使いに覚醒するなど!」


「このような事態を引き起こした自分は有能だとでも言うつもりか! もうよい! 近衛兵! バレンティンを牢へ繋げ!」


「陛下! それはあまりにも!」


 会議の一席から王妃が抗議の声を上げるが、むしろ国王の苛立ちを煽っただけだった。


「なんだ。其方がバレンティンを甘やかしたからこうなったのではないのか? 溺愛する息子を哀れと思うなら、共に牢に入るか?」


 王妃は青ざめて沈黙する。王妃にしたところでバレンティンの裏切りは許容しがたかったのだ。バレンティンを擁護する胆力は長続きしなかった。


「こうなっては教国との再戦も覚悟せねばならん。この機に乗じなければ此度の賠償という形でまた無理難題を突き付けられる上に、せっかく覚醒した黒魔法使いを失うこととなる。それではファニア王国の未来がいよいよ閉ざされてしまうだろう。準備不足ではあるが致し方ない」


 国王は言葉を切ると、居並ぶ廷臣たちに向けて檄を飛ばした。


「軍に非常呼集をかけよ! 王都郊外にある教国軍駐屯地への強襲を敢行する! また王都内にある教国及び教会施設へ兵を派遣し、全て制圧せよ! 王都の情報を僅かたりとも漏らすな! さらに黒魔法使いの動向に関する情報収集を最優先にせよ! これよりファニア王国は戦時体制へ移行する!」


 会議室の空気が熱気を帯びた。敗戦から王国貴族の悲願であった復仇の機会が巡ってきたのだ。廷臣たちの表情には歓喜が浮かんでいた。


「陛下。一つよろしいでしょうか」


 興奮醒めやらぬ会議室で、サルバドルが国王に語り掛ける。この件においてサルバドルはいち早く情報をもたらした功労者だ。国王は鷹揚に先を促した。


「よい、申せ」


「サカリアスの足取りが掴めたとして、説得の任をお任せいただきたいのです」


「何か勝算でもあるのか?」


「はい。サカリアスは私とバレンティン殿下の関係性を知っておりました。私を攻撃するどころか脱出の手助けまでしたのはそれゆえです」


 サルバドルとバレンティンの不仲は有名だ。サカリアスが知っていたとしても全く不思議ではない。そして敵の敵は味方とばかりにサルバドルへ仲間意識を抱く可能性も無くはないだろう。


「シスネロス嬢の無事と引き換えに、陛下への報告を請け負いました。彼はバレンティン殿下に敵意を持ってはいますが、王家そのものに対しては立場を決めかねております」


「それはどういうことか?」


「彼はもはやバレンティン殿下と共にあることはできないと考えています。陛下がバレンティン殿下を重用なさるのであれば、王国に協力することはできないと」


「どちらかを選べということか」


「はい。陛下はバレンティン殿下を牢へと繋がれましたが、これがただ反省を促すための一時的な罰に過ぎないのであれば、彼は味方にはならないでしょう」


「信用を回復するために犠牲を払えというのだな。よくわかった。ではサカリアス説得の任を其方に命ずる。バレンティンは生涯幽閉とする故に、王国のためにその力を振るって欲しいと伝えよ」


「はっ」


 話がまとまり、サルバドルが退出の許しを乞おうとした時、さらに新たな報告が入る。それは王都郊外に設営されていた聖ランツ教国派遣軍司令部が、派遣団本部と同様の手段で壊滅したというものであった。




 夜明け前、サルバドルは久しく戻っていなかった後宮の自室でロベルタと合流していた。


「こちらは全て順調だ。バレンティンは幽閉が決まった。表向きサカリアスが生きている限り出てこないだろう」


「こちらも予定通りです。派遣団首脳部と教国軍首脳部は全滅しました」


 まずここまでは計画通りだ。サルバドルを積極的に妨害するバレンティンを幽閉に追い込み、後ろ盾である教会を壊滅させた。さらにこの後はシスネロス子爵から王妃が暗殺者を使ってサルバドルを害そうとしたという告発をする予定だ。


 王妃にせよバレンティンにせよ死刑にまではならないだろうが、完全に失脚することは間違いない。ことのついでにディバド教会の力を削いでおけば今後がやりやすくなる。


 これによって王国と教国の戦争が再開するかも知れないが、どの道早いか遅いかの違いだけだ。ならば白魔法使いが覚醒する前に自分たちにとって有利な状況を作っておいたほうがいい。そもそも、二人にとって教国は敵だが王国だって味方ではないのだ。その二国で戦争が起こって誰が死のうと知ったことではない。


 それに、サルバドルとしてはロベルタが直接殺害する人数を少しでも抑えたいのだ。今回も少なくない人間を殺害させてしまったが、やろうと思えばどちらも皆殺しにできたのである。それを避けた結果戦争が起こるなら起こればいい。それよりもロベルタの精神状態を優先する。それがサルバドルの方針だった。


 今のところ疲れた様子を見せないロベルタだが、彼女の手足や口には拘束され猿轡をかまされた跡がある。演技とはいえ、荷物のように運ばれるのは楽ではなかっただろう。その状態で二箇所に襲撃をかけたのだ。疲れていないはずがない。


 一方のサルバドルも襲撃開始まで教会の牢に繋がれており、そのまま宮廷会議に出たため疲労が抜けていない。どちらも休息が必要だとサルバドルは判断した。


「とりあえず計画は順調だ。次の段階に進めるのは明日以降にして、今日は休もう」


「はい。それでは失礼いたします。……あ」


 ロベルタは夜行の魔法でフレサンの街にある家に跳ぼうとしたが、一歩遅く夜が明けてしまっていた。


「失敗しました。これでは跳べません」


「構わない。どうせこの部屋には誰も来ないのだ。そこの寝台で休むといい」


 サルバドルが指し示したのは当然ながらサルバドルのための寝台だ。サルバドルは構わないと言ったが、ロベルタは構う。


「いけません。私はそちらの長椅子を使わせていただきます」


「君のほうが疲れているんだ。寝台を使え」


「主を差し置いて寝台で休むなど、できるわけがありません」


「これはめ・い・れ・い」


「ですが」


 自身もそれなりに疲れているサルバドルは、やり取りが面倒になって奥の手を使った。


「言う通りにするんだ、ベル」


 その言葉で赤くなって全ての動きを止めて固まるロベルタ。相変わらず効果は抜群である。


 身動きの取れないロベルタの手を優しく取ると、サルバドルはロベルタを寝台へと連れていって寝かしつける。サルバドルの内心にも色々と問題が発生していたが、そこはなんとかねじ伏せて平静な顔を作っていた。


 だがロベルタが寝台に身体を横たえたところで大きな問題が発生する。よほど疲れていたのか、あっという間にロベルタが寝入ってしまったのだ。サルバドルの手を握ったまま。


「あー、困ったぞこれは」


 ロベルタの握力は貴族令嬢としてはかなり強いが、サルバドルに外せないほどということはもちろんない。だがサルバドルが外そうとすると握る力を強くする手を、それでも強引に外すのは心情的に困難だった。


「わざとやってるんじゃないだろうな」


 呟きながらロベルタの顔を覗き込む。いつもは年齢に似合わない大人びた雰囲気がなりを潜め、むしろ年齢より幼い表情を見せている。


 罪悪感によく似た感情に襲われながら、サルバドルはロベルタの片眼鏡をそっと外した。やはりロベルタに起きる様子はない。


「まいったな。これでは眠れん」


 結局ロベルタが起きるまでサルバドルは片手を使えないまま寝台に座っていた。他に何もできなかった。

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