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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
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報復的な悪逆

 神前決闘がバレンティンの勝利で終わった翌日の夜、サカリアス=デ=レアルは男爵邸で魔術制御の訓練に勤しんでいた。


 バレンティンに制御力の向上を命じられてから、あまり成果は上がっていない。今でも初級の魔術すら発動に失敗することがある。


 その成果を報告すると、バレンティンから溜息とともに鍛錬の継続を命じられた。


 失望感がひしひしと伝わってきたが、バレンティンから自分で判断するなと言われているサカリアスは、深く考えることを放棄していた。そもそも考えるのは得意ではない。相手は第二王子なのだから黙って命令に従っていればいいのだ。


 だというのに、妹であるロベルタは兄を見習ってバレンティンに従う様子がない。やはりあの妹は役立たずなのだろう。そうに違いない。


 一度思い込むと全く修正が効かないのは、祖父であるイルデフォンソとそっくりであった。




 先日の決闘の結果によりロベルタはバレンティンとの婚約が予定され、準備が進められている。同時に側近として侍ることになり、さっそく今日からバレンティンに付き従っていた。


 だがロベルタはバレンティンに声をかけられても最低限の返答しかしない。サカリアスから注意を受ける場面もあったが、反省するそぶりもない。大変に無礼な態度だ。だというのにバレンティンはそれを許している。しばらくは仕方がないと言って。


 サカリアスはもっと厳しく躾けるべきだと進言したが、バレンティンは取り合わなかった。他の側近も黙認の構えだ。神前決闘の顛末を見ていないサカリアスにしてみれば信じがたいことだった。


 思えばロベルタが自分に反抗するようになったのは、祖父であるシスネロス子爵に拾われてからだ。おそらくそこでロベルタは分不相応な待遇を受けて思いあがってしまったのだろう。それ以前は従順だったのだから間違いない。ロベルタのことは自分が一番よくわかっているのだ。


 明日になったらもう一度バレンティンに進言しよう。そう決めるとサカリアスは訓練を切り上げて就寝の準備を始めた。


 以前は就寝前の着替えに使用人が付いていたが、今は自分で着替えている。両親からは自立のためだと言われているが、さすがにサカリアスとて裏の事情はわかっていた。金が無いのだ。


 外からわからない部分については、以前からどんどん切り詰められていた。御者や門番、庭師などはいるが、雑役女中などは最低限未満の人数になっている。そのため深夜ともなると、屋敷の中は痛いほどの静寂に包まれるのだ。


 照明の燃料を節約するために当主一家の赤魔術に頼っているというのは、台所事情としてかなり恥ずかしい。魔術を使える使用人を雇っているのなら逆に富裕の証なのだが。


 と、サカリアスが灯した魔術の明かりが唐突に消えた。この魔術は誰が使っても本来は三時間持続する。そして持続限界まであと三十分以上あったはずだ。


「おかしいな」


 赤魔術による照明なのだから、同じ赤魔術の対抗魔術を使用すればこのような現象は起こせる。だがそれなら呪文が聞こえたはずだ。


 緑魔術の『静寂』で音を消すことも可能ではあるが、今度はその静寂を発動するための呪文が聞こえてしまう。静寂を維持したまま移動するのは非常に難しいので、遠くで使用した後に移動してきた可能性は低い。ならばいったい何が起こったのか。


 などと、疑問に思っていたサカリアスは首筋に微かな痛みを感じた。首筋から痺れが広がっていく。


「え?」


 なんとか一言だけ発声できたが、痺れが首筋全体に到達した頃にサカリアスは床に倒れ込んだ。


 床から見上げるとさきほどまで自分が立っていた場所の背後に、黒衣に身を包んだ人影がある。暗くてよく見えないが、左目に装着した片眼鏡で誰だかわかった。


「ロベ、ルタ?」


 口がうまく動かない。もちろん体も動かない。それどころか、このままでは自分が死ぬかも知れない。事態をうまく呑み込めないままだが、休息に熱を失っていく自分の体が危機感を煽った。


「わ……た……ろ……」


 ロベルタに助けを求めようとするが、やはりまともに喋れない。それに自分を見降ろすロベルタの目を見た瞬間、サカリアスは悟った。悟らざるをえなかった。


 ロベルタは自分を助けない。こんな冷えた目で見降ろされれば嫌でもわかる。自分はロベルタからなんの価値見出されていない。いや、間違いなく死を望まれている。


「な……ぜ……」


 奇跡的に発声できたその質問を最後に、サカリアスの意識は闇に落ちた。最後の瞬間まで自分がロベルタにとってどういう存在だったのかを考えることもなく。




 サカリアスの死体を見下ろしながら、ロベルタは戸惑っていた。


 もちろん、サカリアスを殺したことに関してではない。神前決闘の後、密かにサルバドルと打合せたとおり、最低限の死者で問題を解決するために適任だったので殺したのだ。予定通りの行動でありそこに疑問はない。


 ノリエガ一家で一番の腕利きだった暗殺者の死霊から技術を学び、同じくノリエガ一家で毒薬を調合していた薬師から秘された薬草学の知識を取り入れたことで、以前に祖父のマルコスを暗殺した時より手際よく処理できた。なので技術的にも問題はない。


 問題があったのはロベルタの心情だ。今まで誰を殺しても動く事の無かった感情が動いたのである。今までに覚えのない、高揚感や歓喜に似た熱い感情が。


 サカリアスに対する苛立ちが解消したことによるものかも知れない。だがそれが原因ならば、よく似た方向性でサカリアスより遥かに有害だった祖父イルデフォンソを殺した時にも、同様の感情を抱いたはずだ。


 あるいはサルバドルの役に立てるから感情が動いた可能性もある。しかしそれもノリエガ一家を殲滅した時と同じだ。あの時にこのような感覚はなかった。


 これまでと今回との違いはいったい何なのか。


 そもそも最初にイルデフォンソを殺した時以来、自らの手で誰かを殺したことは無かったのだ。なのにどうして今回は自然にそうしようと思ったのか。傀儡を使用したほうが確実なのに、その発想が何故か浮かばなかった。


 また倒れたサカリアスが何事かを発声した瞬間に、止めを刺さなかったのも何故なのか。万が一にも悲鳴を上げられれば面倒なことになったはずだ。なのにそのまま死ぬのを待った。


 しばし思い悩んでいたロベルタだったが、今すぐ解明しなければいけない事柄ではないと考えていったん結論を留保する。今はサカリアスの傀儡を作成し、計画に備えなければならないのだ。


 ロベルタは精神を集中し、これまでで最も高性能な傀儡の作成に取り掛かった。




 ロベルタにしてみれば自明のことであるが、ディバド教会は黒魔法使いを殲滅対象と定めている。そしてサカリアスはその黒魔法使いになると公言していた。つまり、バレンティンがディバド教会と手を結んだ時点でサカリアスは裏切られていたことになる。サカリアス本人が深く考えることを放棄していたから問題になっていないだけなのだ。


 そしてサカリアスは魔術以外の能力において非常に低い評価をされてはいても、客観的に見ればレアル家の血を引き高い魔力量を持つれっきとした魔法使い候補である。現時点で魔法使いに覚醒していなくとも、ロベルタさえ存在しなければ将来的に覚醒する可能性はあったはずなのだ。


 なので仮に、今この時にサカリアスが黒魔法使いに覚醒し、なおかつ思考を放棄していなければどのような行動に出るのが自然なのか。それを想定したときに、この計画は決まった。


 そもそも黒魔法使いにとってディバド教会は絶対に相容れない敵なのだ。であれば黒魔法使いに覚醒した者が、思慮の足りない直情的な性格をしていた場合どうなるか。まして忠誠を捧げた相手に裏切られるという事態が重なればどのような精神状態になっているのか。


 目につく教会関係者を片っ端から殺したとして、そこになんの疑問もないだろう。


 そして150年以上黒魔法使いが不在だったために知られていないが、黒魔法使いとして覚醒した者を処分するのは本来至難の業なのだ。バレンティンやロベルタの父コンラドは簡単に処分できると考えていたが、夜行の魔法を使う黒魔法使いは捕らえるだけでも難しい。むしろ先代があっさり火刑に処されたことが例外なのである。


 まして今はディバド教会もファニア王国も黒魔法使いの実態をほぼ忘却してしまっているのだ。伝承で死体を操るという最も特徴的な魔法こそ伝わっているが、他の魔法については失伝している。むしろディバド教で流布されている聖者や聖女の伝説における悪役として、実際にはない魔法が伝わっていたりするくらいだ。これで適切に対処などできるわけがない。


 その状態で主に裏切られた黒魔法使いとしてサカリアスが覚醒した場合、どれほどの被害をディバド教会に与えても不思議ではないだろう。現に先々代の黒魔法使いは北方にあるバエト部族連合を滅ぼす寸前までいったのだ。最終的には当時の聖女に討伐されたが、逆に言えば各種の魔術師はおろか、バエト連合にいた赤魔法使いにも討伐できなかったのである。


 そして現在聖者も聖女も公式には存在しない。ロベルタの例があるので絶対ではないが、たまたまファニア王国の王都に居合わせる可能性は非常に低いだろう。ならば少なくとも今回の事態に関係することはできない。


 もちろん、ただの傀儡になったサカリアスにそのような事態を引き起こす力はない。元々の魔力が多いことで傀儡としての魔力量も飛び抜けて多いが、単に使い勝手のいい傀儡になっただけである。


 だがサカリアスのそばにロベルタがいればどうであろうか。魔法は魔術と違い呪文の詠唱を必要としない。サカリアスの傍でロベルタが魔法を使ったとして、どちらが使ったのか見分けられる者などいないのだ。後はロベルタがサカリアスに同行しているもっともらしい理由があればいい。


 こうしてサカリアスは、歴史に名を残す黒魔法使いとなることが決まったのであった。本人が望んでいた形とは違うであろうが。

ご評価をいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 盛り上がって参りました! [一言] サカリアスを矢面に立たせてやりたい放題しちゃってください。
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