現実的な計画
バレンティン=デ=ファニアはファニア王国の第二王子である。それも正妃を母に持つ由緒正しき血筋だ。
兄であるライムンド第一王子が優秀なため王位を継承する可能性は低いと考えられているが、本人にはまた違う見解があった。
バレンティンは優秀だ。兄に及ばないが、王が務まらないほどではない。それはバレンティンに甘い母だけではなく、周囲の者に聞いても同じ答えが返ってくる。そう、兄がいなければ王になるのに不足はないのだ。
とはいえバレンティンに兄と直接争う気はなかった。兄は弟の優秀さを甘く見てはおらず、付け入る隙を与えない程度には警戒していたからだ。いくら母が強く希望しているとはいえ、この状態で父の支持を受けている兄に勝てると考えるほどバレンティンは楽観的ではなかった。
しかしそこに転機が訪れる。隣国聖ランツ教国による侵略戦争と敗戦だ。
開戦当初は圧倒的な不利を被っていたが、教国軍や王国を裏切った辺境伯軍の動きが悪く、決定的な敗戦を免れることができた。
とはいえ敗戦によって国家の主権が干渉を受けるようになったことは間違いない。それに聖ランツ教国は今も再侵攻の機会を伺っているだろう。
その状況に対し、国王と王妃、そして第一王子の方針は一致していた。当面は従順に見せておき、時期を見て反攻に移るのである。
そのために王国内で魔法使いとして覚醒しそうな人物の確保をバレンティンも指示されていた。その人物が魔法使いに覚醒すれば、反抗のための切り札になるだろうと。
しかしバレンティンの考えは違った。彼の中には確信があったのだ。王国は教国に勝てないという確信が。
大陸における魔法使いは有名なところで六種類存在する。
大陸の南方ファニア王国でよく出現する黒魔法使い。
西方ガルマ帝国の銀魔法使い。
北方バエト部族連合の赤魔法使い。
東方ノミヤ皇国の青魔法使い。
大陸のいずこに出現するかわからない緑魔法使い。
そして大陸中央である聖ランツ教国に必ず出現する白魔法使い。
ここで重要なのはファニア王国が頼りにしているのは確実に出現する保証がない黒魔法使いであり、白魔法使いはどういうわけか必ず教国内で出現しているということ。
伝承において黒魔法使いは白魔法使いに必ず敗れていること。
そして何より、白魔法使いの持つ治癒の力は人々にとってあまりにも魅力的であるということだった。
今回の侵略戦争が当初圧倒的に不利な局面から始まったのも、実のところこれが原因なのである。
ファニア王国の北方国境を守護していたトラーゴ辺境伯が、数年以内に出現するであろう白魔法使いによる治療を条件に領地ごと裏切ったのだ。
彼は長年重い病に苦しんでいたが、最も目をかけていた孫が自分と同じ病にかかったと知った時に裏切りを決意したらしい。
そして教国と内通して密約を結び、教国軍が王都まで一気に攻め入る段取りをつけた。作戦どおり事が運べば開戦から半年で王都は陥落するはずだったのだ。
結果として王国軍の奮闘と教国軍の不調によって決定的な敗戦は免れたが、今後この状況が王国にとって有利な側へ転がる要素は何も無い。
黒魔法使いは確かに大きな戦力となるであろうが、確実に現れる保証がないことと、何より人心に訴えかける力の差が大きすぎる。ファニア王国に勝ち目はない。
それがバレンティンの出した結論であった。
もちろんどこに出現するかわからない緑魔法使いや、他の魔法使いがファニア王国に現れれば話は変わる。
だがそれは聖ランツ教国にしても同じことだ。不確定要素をあてにして戦略を立てるわけにはいかない。
王妃のように伝統や誇りを重視する者には耐えがたいかも知れないが、逆転の目はほとんど無いのだ。現実を直視すれば自ずと別の道が見えてくる。
バレンティンが独自に考えた結論は、積極的に聖ランツ教国へと恭順することで国家の存続を図ることだった。
このまま聖ランツ教国に吸収されてしまうくらいならば、ファニア公国として存続することを選ぶ。少なくともファニア王国が教国を押し返すと夢想するよりは実現性が高い。
そうであれば王国の復権を望む両親も兄も、いっそ教国に差し出してしまえばいい。どうせこの段階まで来てしまえば、母の後押しなどに意味はなくなっているだろう。腹違いの姉を教国の有力者に嫁がせ、自分が公王となればファニアの血と民は永らえる。
今確保している魔法使い候補も、黒魔法使いとして本当に覚醒したならばすぐさま捕らえて教国に引き渡せばいい。教国からの心証がより良くなるだろう。
日頃から目障りな従兄弟はどさくさに紛れて始末すればいい。なんなら父親がディバド教における大罪人だったことにでもすれば教国が勝手に処分してくれる。
このようにバレンティンは現実を見据え、実現性の高い計画で己の地位を押し上げることを考えていた。
そんな中で出会ったのがロベルタ=デ=シスネロスという令嬢だ。
バレンティンは兄や従兄弟に対抗できる優秀かつ忠実な人材を求めていた。何しろバレンティンは将来公王になるのだ。優秀な人材はいくらでも必要になる。
王妃から推薦された側近候補としてまず魔法使い候補の令息に接触したが、これは魔法使い候補という以外に価値の少ない駒だった。ただもう一人の側近候補に対して大きな貸しがあるというので、接触の際に同行させたのだ。
そしてもう一人の側近候補であるロベルタを見たとき、バレンティンは直感した。この駒を誰かに取られてはいけないと。
ロベルタ=デ=シスネロスは様々な面から見て価値の高い、完璧な駒だ。当然ながら兄を始めとした他の勢力もじきに狙ってくるだろう。ならば娶ってでも手に入れなければいけない。
元平民の子爵令嬢ということで、正室は難しい。だが側室として迎えることはできる。またそうすることで一層の忠誠を期待できるはずだ。
そう思って接触したのだが……結果は無残だった。
第二王子の権威があれば多少の強引さは後でどうとでもなるので、何はともあれ確保しようとしたのがいけなかったのか。それともあの無能者に任せたのが敗因か。
いずれにせよロベルタはバレンティンの手をすり抜けた。間違いなくこちらへの悪感情を抱えた状態で。
だがバレンティンは諦めなかった。彼は今まで取り返しのつかない失敗というものをしたことがなかったからだ。
まして失敗どころか最初から不可能だったなど、想像もしていなかった。
「やってしまったな」
「やってしまったのでしょうか」
「やってしまっているとも。間違いなく」
バレンティンとサカリアスがロベルタに接触してきた日の夜、ロベルタの報告を受けたサルバドルは頭を抱えていた。
「申し訳ございません」
「ああいや、不可抗力な部分が大きいので咎めるつもりは……ちょっとしかない」
「少しはあるのですね」
「事前にしっかり伝えておかなかった私のせいでもある。ただバレンティンは恥をかかされると非常に執念深くなってな。だからなるべく恥をかかせるのは避けたかったんだが……もう遅いか」
「そういうことですか」
「まあサカリアスを連れて来た時点で完全に私の想定外だったから、やはり不可抗力か……」
サルバドルの目が遠い。注目を集めてしまった時点で避けがたい事態ではあったのだが、いざ現実になると今後の面倒が予想できるぶん、受け止めがたかった。
「しかしこうなると、バレンティンは改めて君を手に入れようとするだろう。シスネロス子爵には何か言ってきていないか?」
「今日付けで王妃の名前で側近としての打診と、婚約者候補としての打診が来ています」
「反応が早すぎる。意固地になってるなバレンティン。それはそうと差出人は王妃なんだな?」
「はい」
王族の子女は高位貴族の子女を側近としてそばに置くのが慣例だ。目的は派閥の形成や人材の確保で、将来の婚姻を見越してのものも当然ながらある。
今回のように下位貴族をそばに置こうとするのは慣例に反するが、優秀な人材であれば全くない話ではない。
ただし主従関係や婚約関係に至るには、当主同士の同意が最終的に必要になる。本人同士の意向も考慮はされるが、決定権は当主にあるのだ。
「つまり国王はまだこの件に噛んではいないということだ。まあ国王が君のことを知ったら、間違いなく第一王子の側近にと言ってくるだろうけれど」
「そうなのですか?」
「国王もライムンドも、王妃の思惑くらい掴んでいる。わざわざバレンティンに有能な人材を与えるはずがない。それくらいなら自分のところで使おうとするだろう」
「なるほど」
穏健派で知られる国王とライムンドだが、争いを避けるために譲歩するというわけではないらしい。
「サカリアスがバレンティンの側近になれたのは……おそらくリスクが高い人材としてライムンドが欲しがらなかったんだろうな。私でもそうする」
「それが正しいと思います」
サカリアスのような人材を抱えるのは一種の賭けだ。現在優位にあるライムンドがわざわざリスクを負う必要はない。賢明な判断だろう。現に早速サカリアスはやらかしている。
「しかしこうなるとモタモタとはしていられないな。バレンティンを跳ねのけたことで、君が一層目立ってしまった。時間が経てば伯爵家以上の家ならどこが新たに名乗りを上げてもおかしくない」
「どうしましょうか」
「……考え方として、例えば表向きライムンドの側近になるというのも手ではあるが……いや、接触の機会が増えればさすがに君の魔力が非常に高いことは悟られるだろう。そうなれば魔法使いだとバレるのは時間の問題だ」
魔法使いは利用価値が高いので簡単に切り捨てられるとは思えないが、現在の情勢における黒魔法使いの存在は諸刃の剣だ。国王やライムンドがどう判断するかを予測するのは難しい。
「そうですね。私も誤魔化しきれる自信がありません」
「……対人関係以外は無敵なんだがなぁ……。まあ無いモノを強請ってもしょうがない。そこは私がカバーするとして、正式に私の側近にする方法を考えないといけないな」
「望むところです」
ロベルタが鼻息荒く同意する。表向きでサルバドルと合流できれば、友達作りでもサルバドルの力を借りられるからだろう。対人能力は本当に残念な自覚のあるロベルタだった。
「とはいえ私と君の主従関係を結ぶには、シスネロス子爵と国王の承認が必要だ。国王が素直に認めるとはちょっと思えないな」
「では国王を傀儡に「しないからな? それ最終手段も最終手段だからな?」
被せ気味にサルバドルがロベルタの台詞を遮る。後のことを考えなければ実現してしまうのが本当に始末が悪い。
「……あまりやりたい手段ではなかったが、こうなったら仕方がない。ロベルタ、君も覚悟してくれよ」
「はい?」
こうしてサルバドルはロベルタとの表向きの関係を構築する為に、ある計画を実行するのであった。
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