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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
14/25

平和的な対応

 バレンティン=デ=ファニア。ファニア王国の第二王子である。


 第一王子と同じく正妃の子であり、先ごろ入学した貴族院でも優秀な成績を示した。


 性格は公明正大で正義感が強く、明朗快活と評されることが多い。将来は王弟として兄を支えることを現王から期待されている。


 ただ兄王子がいまだ立太子されていないことから次期王となる可能性も示唆されており、一部の貴族からは期待を、別の一部からは危険視をされていた。


 その第二王子が今、ロベルタの向かいの席に座っている。


「形としては会食だが、お互い学生の身だ。あまり固くなる必要は無いよシスネロス嬢」


「恐れ入ります」


 鷹揚に声をかけるバレンティン。だがロベルタは警戒を解く気には全くなれなかった。


(サルバドル殿下の仰っていた通り、なかなか姑息な方法を取ってきますね。しかも王族の権威を背景にしているだけに(たち)が悪い)


 まず場所が問題だ。貴族院の中には学生向けの食堂が下位貴族用と上位貴族用の二つ存在しているのだが、あえて下位貴族用の、それも個室を使用しない形を指定してきた。


 上位貴族用の食堂には下位貴族が立ち入れないが、ここなら誰でも立ち入ることができる。そこから考えるとこれは周囲に見せつける意図があるということだろう。


 ではいったい何を見せつけているのか。それはロベルタの()()()だろう。この状態を見た後でロベルタを勧誘するのは非常に難しい。


 次には同席者の問題だ。第二王子である以上護衛と側仕えに当たる人物がそばに控えているのは当然として、サカリアスが同席する理由がわからない。そう、同席しているのだ。男爵令息に過ぎないサカリアスが第二王子と。


 王子の側近として選ばれる人物は慣例的に伯爵以上の家格の者だ。その者たちがそばで立って控えているのに、サカリアスが席についている。これは異常事態と言っていい。


 どのような経緯があればこのような事態になるのかわからないロベルタとしては、警戒を解くなどもってのほかだった。


「貴方のことを噂で聞いてね、ぜひ一度話がしたいと思ったんだ。美しいだけでなく非常に優秀で、淑女としても完璧だとか」


「それはお耳汚しでございました」


「それだけの教養や礼法を身につけるには並々ならぬ努力が必要だっただろう。実に素晴らしい」


「国王陛下より賜るご聖恩に比べればなにほどのこともありません」


 バレンティンの意図が掴みきれないため、なるべくまともに答えるのを避ける。少しでも情報を引き出しつつ、何の言質も与えない立ち回りだ。


(おおかた配下として組み入れるおつもりでしょうけれど、そうは参りませんよ)


「サカリアスの言っていたとおり、本当に奥ゆかしい令嬢のようだな」


「ええ。ロベルタは昔からとても従順でしたから」


 ここでサカリアスがまるでロベルタと旧知の仲のように発言した。実際にサカリアスと顔を合わせていた期間は約半年前からの二ヶ月程度なのだが、今それを指摘することはできない。


(よくもまあいけしゃあしゃあと)


 そしてもう一つ。サカリアスはロベルタのファーストネームを呼んだ。貴族間では親しい間柄にしか許されない行為である。それを堂々と行っている。先日の訪問が何の効果もあげていないとういうことなのか。


(おそらくサカリアスはバレンティンの威を借りれば問題ないとでも思っているのでしょう)


 ロベルタが状況を推測している間にもバレンティンは話を続ける。


「シスネロス嬢、話というのは他でもない。私は貴女を側近として迎えたいと考えているんだ」


「側近、でございますか?」


「ああ、学院生活においてもその後においても、貴女のような優秀な人物は非常に有用だ」


(やはりそういう意図でしたか。これはいけませんね。なんとかこの場を凌がないと)


「殿下にそのように仰っていただけるほどではございません」


 否定のニュアンスを滲ませつつ、やはり言質を取らせないよう逃げ回るロベルタ。


「謙虚なのはいいが遠慮のしすぎは困るな。サカリアス。君からも説得してくれないか」


 バレンティンは業を煮やしたのか、よりにもよってサカリアスを巻き込んだ。


「ロベルタ、殿下がこう仰っているんだ。喜んでお引き受けするのが臣下の勤めだろう」


(第二王子の臣下になった覚えはありませんし、貴方に指図される覚えはもっとありません)


 内心の苛立ちを必死に隠しながら、なんとか穏便な回答を必死で探す。


「私はまだまだ未熟な身でございますので、何事も義父(ちち)と相談するようにしております。この場はご容赦くださいませ」


(実際に相談するのはサルバドル殿下ですけどね。こう言っておけば無理は言えないでしょう)


 基本的に貴族令嬢というものは当主の意向に沿って動くものだ。なのでこの言い分を覆すのは難しい。本来であれば。


 だがバレンティンは堂々とそれを覆した。それもあり得ない方法で。


「その点は心配ない。我が母である王妃殿下はシスネロス子爵と懇意でね。以前から子爵には貴女のことを頼むと言われていたんだ。貴女の能力や人柄がわかるまでは慎重に見守っていたが、問題ないと判断できたので声をかけたというわけだよ」


(はい? 嘘おっしゃい。そんな話、あるはずがないでしょう)


 シスネロス子爵がロベルタの傀儡であり、子爵家の養子となったのは子爵を傀儡にした後なのだから、こちらからバレンティンに売り込んだなどという事実はあり得ない。


 おそらくロベルタに対して嘘をついてでも側近入りを承諾させた後、シスネロス子爵へロベルタが承諾したからという事実を盾に側近入りを承諾させるつもりなのだろう。子爵が王子に恥をかかせまいと考えるとそうせざるを得ないからだ。シスネロス家をしょせん子爵と侮っているのがよくわかる。


 元々バレンティンを敵としてしか認識していなかったロベルタだが、これでさらに信用しないことを決めた。


「いい加減にしないかロベルタ。お爺様も了承されているんだ、これ以上殿下をお待たせするんじゃない」


 バレンティンの嘘を知ってか知らずか、サカリアスが嵩にかかって命令してくる。これでロベルタはこの事態が決定的に面倒になってしまった。


(バレンティンもサカリアスも、少し痛い目を見てもらいましょうか。……殿下に叱られそうですから、手は出しませんけれど)


「バレンティン殿下、恐れながら確認させていただきたいことがございます。よろしいでしょうか」


「もちろんいいとも」


 ロベルタの言葉に、鷹揚に頷いてみせるバレンティン。ロベルタの目には白々しく映るが、周囲の目からは下位貴族であるロベルタにも誠実に対応しているように見えるだろう。わかってやっているならなかなかの曲者だ。


「ちょうど昨夜、私は義父に会いに街屋敷に出向いておりました。そして義父に言い渡されたのです。『しばらくは誰の側近となることも禁じる』と」


 とはいえ、しょせんは10歳の少年である。ロベルタの反則的な切り返しに対応できるはずもない。なにしろロベルタは事実上シスネロス子爵でもあるのだ。なのでシスネロス子爵の発言はいくらでも捏造できる。そして過去はともかく、今のシスネロス子爵は王子に恥をかかせることなどなんとも思っていない。


 ロベルタの発言を聞いた周囲の野次馬からざわめきが起こった。あり得ないことだが、これでは公明正大だと言われている王子が嘘をついたことになってしまう。本来ならこれは周囲が止めなければならない事態だ。


「なに!? ……子爵はなぜそんなことを?」


「義父の意図はわかりかねます。私はただ従うのみでございますので」


「そ、そうか。ではいたしかたないな」


 動揺を隠し切れないバレンティンに、周囲の視線が集まる。一番ありそうな解釈としてはロベルタの評価が想像以上に高かったのを知った子爵が、売り込み先を選り好みしているというところだろう。そしてバレンティン以外にもロベルタには第一王子(ライムンド)や第一王女、それにサルバドルという選択肢もあるし、王族以外にも選択肢はあるのだ。


 窮地に追い込まれたバレンティンに、ロベルタがさらなる追い打ちをかける。


「念のために本日これより義父に確認を取って参ります。一度王妃殿下に申し出たことを反故にしたのであれば大問題ですから」


「い、いや、その必要はない」


 バレンティンはすっかり狼狽えてしまっている。これまではバレンティンがこのように嘘でゴリ押しをしても、身分を慮って相手が合わせてくれていた。だがロベルタにはそのような気遣いをする様子が全くない。ひょっとしたら子爵に前もって何か言い含められていた可能性もある。そうであれば自分の嘘に合わせてくれるはずもない。経験の少ない少年に、この状況は荷が重すぎた。


「ロベルタ! 殿下を疑うというのか!」


 それを見かねたのか、サカリアスが口を挟む。ロベルタがそれを待ち構えていたとも知らずに。


「そもそも、貴方は何者ですか?」


「え……?」


 戸惑うサカリアス。彼は今までロベルタから『はい』以外の返答を受け取ったことがなかった。


 そのため無邪気に思い込んでいたのだ。身分や状況がどうあれ、ロベルタは自分に逆らえないと。そして周囲にもそのように吹聴していた。


 だから彼は予想していなかった。ロベルタが反撃する可能性を。そしてその場合の被害を。


「何者なのかと聞いております」


「わ、私はサカリアス=デ=レアルだ! 今そんなことは関係ないだろう!」


 サカリアスの金切り声に取り合わず、ロベルタは畳みかける。サカリアスはバレンティンに視線を向けるが、動く様子はない。迂闊に割り込めばどうなるかわかっているのだろう。


「ご身分は?」


「だ、だから」


「言いなさい」


 サカリアスが聞いた事のない、威圧的な声がロベルタの口から響く。耐性のないサカリアスはそれに逆らえなかった。


「レアル男爵家の長男、だ」


「私の身分は?」


「シスネロス子爵家の長女、で、す」


「私と貴方の関係は?」


 ここでサカリアスが兄妹などと言えば大騒ぎだが、実のところ騒ぎが起こってもロベルタの被害など知れたものだ。すったもんだの挙句レアル男爵家が改易されるだけの話なのである。


 流石にそのことは把握していたのか、サカリアスが表向きの関係を答える。


「叔母と、甥です」


「私は貴方に名を呼ぶことを許しましたか?」


「それは!」


 もちろん許されてなどいない。気にしていなかっただけだ。そのことにサカリアスはようやく気付いた。


「答えなさい」


「……いいえ」


 ここまでのやり取りで、サカリアスは周囲からの侮蔑の視線に囲まれていた。事情のよくわからない野次馬から見れば、ロベルタの過去はどうあれ現在の身分差も弁えない愚か者にしか見えないからだ。実際そのとおりであるが。


「サカリアス=デ=レアル男爵令息。義父を通じてレアル男爵に掛け合い、貴方が今後私に関わることを禁止させていただきます」


「そんな! おかしいだろう!」


(((((おかしいのはお前だ)))))


 その場にいた野次馬の心が一つになる。薄情なことにバレンティンまで同じことを考えていた。


「貴方の意見など聞いていません」


 バッサリと切り捨てるロベルタに、感嘆の視線が集まる。本人は意識していないが、毅然とした対応を取ったことでまた周囲からの評価が上がってしまっていた。


 野次馬の一部からロベルタに熱い視線が送られるが、敵意がない視線なのでロベルタは気付かない。ある意味で罪な少女であった。


 サカリアスを完全に始末したロベルタは、改めてバレンティンに向き直る。


「バレンティン殿下。なにやらこの粗忽者の言で間違った情報が伝わったご様子。縁戚としてお詫び申し上げます」


「あ、いや」


 今回の件の責任を強引にサカリアスに負わせるロベルタ。どう考えても整合性は取れないが、別にこの場の誰もそんなことは気にしていないので問題ない。


「この件につきましてはお手数でございますが、改めてご確認をいただけますようお願い申し上げます」


「わ、わかった」


 かくかくと頷くバレンティン。この場でロベルタの意見を覆すのは無理だと悟ったのだろう。


 これでバレンティンを始めとする勧誘も少しは落ち着くだろうし、サカリアスも大人しくなるはずだ。そう思い安堵の溜息をつくロベルタであった。


 友達作りがさらに難しくなったという点については考えないようにする。考えるのが怖いからだ。


(まあ誰も殺してないし手足も指も無事なのですから、殿下に怒られることはないでしょう。たぶん)


 判断基準がどうしても物騒なロベルタであった。

ご評価をいただけると幸いです。

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