初歩的な難題
貴族院の授業形態は複雑である。
ここに通う子女は全てファニア王国貴族の令息令嬢であるが、逆に言えばそれ以外に共通点がない。
そのため、受ける授業が生徒によって全く異なってしまっている。
例えば男女での違いだ。令息たちはある程度の武術教練が必須となっているが、令嬢たちにはその授業はない。もし本人が希望しても参加を断られる。そのため、令息たちのほうが授業数が多い。
勉学においては領地貴族と法衣貴族で学習内容が変わるが、高位貴族になるほど両方の授業を受けることを求められる。そのため。高位貴族ほど授業数が多い。
礼法においては高位貴族と下位貴族では学んでいる内容自体は同じだが、求められる完成度に差がつく。そのため、高位貴族ほど補講が多い。
魔術においては魔力を持つ者だけが授業を受ける。そして魔力量が多い者ほど高い制御力を持たないと命が危ない。そのため、魔力を多く持つ者、制御が苦手な者ほど補講が多い。
そういった授業形態がどのような結果を生み出したのかというと、大幅な授業時間の差としてロベルタとサルバドルの間に格差をもたらした。
かたや男性で王族で魔力が多いサルバドル。一方女性で下位貴族で魔力は多いが制御の完璧なロベルタ。この両者の場合では授業時間が倍ほども違ってしまったのである。
「なにかこう、不公平なものを感じるな」
成績発表から一週間。夜の打合せの席でサルバドルから愚痴が漏れたのも無理はない。
「大変ですね」
同情した様子もなく淡々と答えるロベルタ。完全に他人事である。
「それで、有り余る時間を使って友達はできたのか?」
八つ当たり気味なサルバドルの問いに、ロベルタが目線を合わせないようにして答えた。
「人目につきにくい移動経路を確保しました」
「逃げるな」
「学院の至る所に潜伏場所を確保しました」
「隠れるな」
「この薬を使えば生きたまま情報を吐かせることが」
「自白剤に頼るな」
「……殿下もまだできてないではないですか」
「……バレンティンの妨害が思ったより厄介でな」
ロベルタの言うとおり、実はサルバドルのほうも友達を作れていない。もちろん彼のほうが多忙なのは間違いないが、向き不向きで言えばロベルタよりはるかに友人作りに向いているはずだった。
だが実際にはサルバドルもまた友人を作れていない。その理由は全ての授業でバレンティンが同席しているせいだった。
バレンティンはサルバドルを嫌っている。母である王妃の意向もあるが、彼自身も性格的にサルバドルとそりが合わないらしい。
そして彼は自分がサルバドルより劣っているという評価を覆すため、自身が努力を重ねると同時にサルバドルの評価を下げるための妨害工作をしかけてきていた。嫌な意味で努力家なのだ。
目下の妨害工作としては、サルバドルの出自をことあるごとに論って孤立させることが主になっている。
表向きサルバドルは父親不明の私生児ということになっており、本当の出自よりマシとはいえやはり社交界においては歓迎されない立場だ。
それを学年で最も地位の高いバレンティンが侮蔑しつつ周知するのである。その状況でサルバドルと友好的に接するのは非常に勇気が必要だ。
そのようなわけでサルバドルは友人を作るという当初の目的を全く果たせずにいた。
「王子は明日までに殺って傀儡にしておきますね?」
「あっさり言うな。うっかり頷きそうになる。学院にも王城にも白魔術を使える神官が多く出入りしているのだ。何かの間違いでバレる可能性は低くない。少なくとも今は許可できぬ」
白魔術には不浄のモノを感知する魔術が存在している。意味もなくそんな魔術を使う者もそうはいないだろうが、別件でも使われてしまえば第二王子が傀儡にされているという衝撃的な事実が露見するだろう。その後王家やディバド教会がどう動くかなど考えたくもない。
それに、第二王子を傀儡にしても人前に出る機会が多すぎて、早々に魔力が底をつくだろう。それでは一時しのぎにしかならない。シスネロス子爵とはかなり状況が違うのだ。
とはいえ、それでロベルタが納得するかといえばそんなわけもなく。
「では死ぬ寸前で止めておきます」
「待て。それも十分目立つ」
「せめて手足の四本くらい」
「それのどこがせめてなのか」
「しょうがないので指を十九本で妥協します」
「だから手を出すなと言っているんだ」
「遥か北にある部族には蹴りを主体とした武術が伝わっていまして」
「足ならいいという話じゃない」
サルバドルを案じていればこそであるとはいえ、どうしても発想が血生臭くなるロベルタであった。
「今は私のことではなく、君のことだ。あの試験結果が発表されてから、話しかけてくる者は多いのだろう?」
「それは……確かに多いのですが……」
他の生徒たちから見て、ロベルタは非常に特異な存在だ。
学業ではサルバドルと並んで堂々の一位であり、その後の各種実技授業でも非常に優れた成績を出した。
身分としては子爵令嬢で元は平民であったというのに、王子妃候補と目される高位貴族令嬢ですらかなわないほどの礼法を身につけている。
その容姿と滅多に喋らない態度もレアル家でのように不愛想だとか不気味だとは言われず、むしろ完璧な淑女であるという評価に繋がった。
魔術においても非凡で、魔力量も多い上に何よりその制御力が非常に高く評価されている。ちなみに本当なら魔力量は多いというより膨大と言うべきレベルだが、そこは計測の前に魔力を大量消費して誤魔化した。
なんにせよこのように多くの貴族家から見て価値の高い令嬢であるため、ロベルタは他の生徒からひっきりなしに話しかけられるという状況になっている。
とはいえ、話しかけられるということと会話が成立するかは別の問題だ。
全く喋らないわけではないのだが、とにかく会話が続かない。礼法に沿った表情と言動を崩さないまま、必死に逃げ回っているのが現状だ。
これでは友達を作るどころの騒ぎではない。お一人様まっしぐらである。
「まあ今すぐにとは言わないが、少しずつでも慣れるようにしてくれ」
「慣れる日が来るのでしょうか……」
殺していい相手になら万能とも言える能力を持つロベルタだが、生きて接しなければならない相手にはかなりポンコツだった。
「あと君の兄が妙な噂になっているようだが、何があったか知っているか?」
「いえ? 初耳です」
ロベルタの兄であるサカリアスは、別の意味で特異な立場に立っている。
まず学業はほぼ最下位。礼法もかなりの低評価。武術鍛錬はそこそこという成績なのだが、魔力量においてのみ学年首位を獲得したのだ。制御力はまだまだという評価ではあるものの、今の年齢で制御力が高い生徒は普通いないので問題視されていない。
常識外れな振る舞いもあって基本的には周囲から蔑視されている。しかし魔法使いとして覚醒する可能性があるという点だけは期待されているという奇妙な立ち位置だった。
「何やら君に関して妙な話を吹聴しているらしい」
「私の出生についてでしょうか」
サカリアスはロベルタが本当はレアル家の令嬢であることも、魔法使いとなるべく育成されていたことも知っている。
それを口止めするためにシスネロス子爵として態々釘を刺しに行ったのだが、あれだけ迂闊な性格なのでいつ口が滑っても不思議ではない。
ロベルタとしてはバレンティンの次に口を封じたい存在だった。例によってサルバドルに止められたが。
「いや、どうも君がサカリアスに逆らえないとかなんとか、そういう意味のことを言いふらしているようだ」
「……意味がわかりません」
「私もわからん。それを吹聴する意味もわからん」
「……殺りますか」
「その面倒になったら殺すという発想から離れろ」
結局、サカリアスの件については情報不足のためにいったん棚上げになった。とはいえ続報を仕入れるあてもないため、いつ棚から降ろせるのかは不明だ。
最終的には今後の情報収集のためにもお互い友達作りを頑張ろうという結論で打合せは終わった。翌日に大変な騒ぎが待っているとも知らず。
武術鍛錬や各種の補講は午後に集中しているので、ロベルタの授業は大抵午前中に終わる。今日も昼食前に授業を終えたロベルタは、教室を出るなり先日から続く問題に直面していた。
「シスネロス嬢、良かったら昼食をご一緒いただけないだろうか。貴女の今後について有益な話があるのだが」
「ロベルタ様、今度エステバン公爵令嬢がお茶会を開催されますの。ご希望でしたらご参加の口利きもできますけれど、いかが?」
「シスネロス嬢。先日もお願い申し上げた共同研究の件だが、もう一度考え直してもらえないだろうか」
ロベルタの周囲に群がる人、人、人。それも上級生が多くいるために、完全に取り囲まれると周囲も見えない。
ここにいるのは下位貴族ばかりなので爵位を笠に着て高圧的に迫る人物はいないが、逃がす気がないというのは行動からヒシヒシと伝わってくる。
元々貴族院というのは政略結婚の相手を見つける場でもあり、将来のための人脈を繋ぐ場でもあるため、彼らの行動自体は別におかしくない。
おかしいのは集まっている人間の数だ。いくらなんでも多すぎる。
これはロベルタもサルバドルも予想していなかったのだが、王国は敗戦によって人材を多く失っていた。そのため優秀な者を早い段階で確保しようとどこの組織も領地も必死になっていたのだ。
そんな中で高い能力を示しなおかつ婚約者もいないロベルタは、格好の標的だった。
ロベルタとしてはこの状況を利用して友人となれそうな人物を探すのが最適解だと理解はしていた。理解はしていたが実行はできそうにない。むしろ一対一より難易度が上がっている。できるわけがない。
後でまたサルバドルに叱られるだろうと覚悟しつつ、ロベルタはいつものごとくこの場を逃れるため、騒ぎを収めようと声を上げた。
「皆さま、お待「皆、静まれ!」
ロベルタの言葉を遮る形で、朗々とした声が廊下に響き渡る。人へ命令することに慣れた、自信にあふれた声だ。
猛烈に嫌な予感がして声のしたほうを振り返る。だが人垣で声の主は見えない。
「おい貴様ら! 道を開けろ! 王子殿下がお通りだ!」
続いて響いた別人の声には聞き覚えがあった。あまり、いやかなり聞きたくない声だ。
人垣が割れるように動くと、姿を現したのは予想通りサカリアスだった。その後ろにいる人物にも見覚えがある。
「少し話がしたいのだが。ロベルタ=デ=シスネロス子爵令嬢」
サカリアスに続いて現れたのは入学式で新入生総代として壇上に上がっていた人物、バレンティン=デ=ファニアだった。
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