偶発的な齟齬
ファニア王国の王都にある貴族院は、国内唯一の貴族専用教育機関である。
その設立理念は『真の貴族たれ』。貴族として相応しい教養や立ち居振る舞いの教育が主であり、学内では身分を考慮した礼法の実践も重視される。
生徒達は社交界の縮図さながら、優雅で気品ある学院生活を送っていた。
本物の社交界との違いは、礼法を守ろうという意思が見えるのならある程度の失敗は許されることくらい。
設立から300年経った今も、その伝統は変わらないかに見えた。昨年までは。
対教国戦争における敗戦により、学院には大きな変化が起こった。教師陣と学習内容の一新が行われたからだ。
教師の半数が教国から派遣された神官教師に置き換わった。彼らは貴族院の伝統など一顧だにせず、令息令嬢に聖ランツ教国とディバド教会への服従を押し付け始める。
また学習内容では歴史教育がファニア王国視点から聖ランツ教国視点に切り替わり、ディバド教の神学が加わった。
激変する状況の中、貴族院に新入生としてロベルタとサルバドルが入学してから一週間。二人は想定外の事態に直面していた。
貴族院に入学した生徒は入学式の翌日に学力試験を受ける。これは各生徒の実力を学院側が把握するためのものだ。
とはいえ生徒自身にも己の立ち位置を正しく把握させるため、全生徒の点数と順位が発表された。
例年であれば生徒の身分を慮り、順位は最上位に王族の男子、次いで王族の女子、公爵家の男子といった序列に沿った順位が付けられる。
つまり、王子が在籍している学年であれば一位は常に王子であったのが学院の伝統だった。
そのため例年通りであれば、新入生ではバレンティン第二王子が一位だったはずである。
だが今年はそういった伝統を全く意に介さない教師が半数を占めたため、得点どおりの順位が発表されてしまった。
その結果、全教科で満点を取った二人の生徒、サルバドル=デ=ファニアとロベルタ=デ=シスネロスは大いに注目を集めてしまったのである。
「やってしまったな」
「やってしまいましたね」
試験結果が発表された日の夜、学生寮にあるサルバドルの私室で学年トップをもぎ取った二人は頭を抱えていた。
そもそも当面の予定としては、可能な限り目立つことを避けるつもりだったのだ。
それが蓋を開けたらこのざまである。
主な原因は二人が自分たち以外の生徒の実力をかなり読み違えていたことだ。
サルバドルはこれまでの学習において、比較対象がバレンティンだった。そして学習進度で大差をつけていたので相手を出来が悪いと評していたのだ。
だが実際にはバレンティンは新入生122名の中で29位につけており、優秀といっても間違いではない学力だった。
そのバレンティンに大差をつけていたサルバドルが意識して手抜きをしなければ、こうなるのは当たり前であろう。
そしてロベルタにはこれまで比較対象が全くいなかったため、サルバドルの基準をそのまま参考にしてしまっていた。
結果として三位を大きく引き離す形で二人の能力が露見してしまったのである。
入学早々、予定は大きく狂った。想定の甘さが最大の原因であろうが、もはやどうしようもない。
「これは実技系の授業でも注目されるであろうな」
「でしょうね」
「かといって手抜きをして見抜かれでもしては面倒だ。特に教国から派遣されて来た教師は何を言い出すかわかったものではない」
「たしかに」
二人が貴族院に入学した目的は短期的にはサルバドルが行動の自由を得ることで、長期的には同志を探すことだ。
だがこうやって注目を集めてしまうと、どこで何を目撃されるかわからない。これでは行動の自由を得た意味が半減する。
それにロベルタはサカリアスから、サルバドルはバレンティンから大変敵意のこもった視線を向けられた。今のところ何かしてくる様子はないが、余計な刺激をしてしまったのは確実だ。
「当初の予定と変わってしまうが、表向きで私とロベルタが交友関係を結ぶのはもう少し様子を見よう。我らが集まっては目立ってしょうがない」
「仕方ありませんね」
「それと、情報を集めるためにも交友関係を少し広げるとしよう」
「と、いいますと?」
「うむ、友達を作ろうということだ」
その瞬間、まるで伝説の巨竜を前にしたかのようにロベルタの顔色は蒼白となった。
「殿下、それは級友を傀儡にしろという意味でしょうか」
「まてまて、なぜそうなる」
「では級友や関係者を死霊にして情報を引き出すとか」
「違う。さっきより悪化している。その殺伐とした発想から離れろ」
「ですが私には友達というものがわかりません」
友達を作る。それはロベルタにとって想像したことすらない遥かなる偉業だった。
「わからないというか、いなかったのだろう? 安心しろ、私もいなかった。君と同じだ」
「なぜ殿下は落ち着いておられるのですか」
「なんとかなるだろうと楽観的に予測しているだけだが」
「私にはできません」
「そうか? やってみなければわかるまい」
「わかります。無理です」
「おいおい」
ロベルタはこれまで、誰かに命令されるか傀儡に命令するかという人間関係しか持ったことがなかった。それでなんとかなってきてしまったのだ。
唯一チャンスがあったとすれば、レアル家で使用人に混じって働いていた時期だっただろう。しかし結局誰ともほとんど話すらせずに過ごしてしまった。自覚していなかったが、生来の気質として人と関わるのが苦手なのだ。
それに比べればサルバドルは王族の一員として早くから社交界に出されていたので、人と話すことについては慣れがある。
特に年の近い第一王子や第一王女は友人とは言えなくとも、会えばある程度友好的に接してきたのだ。第二王子とは厭味の応酬しかしたことがないが。
そのようなわけで、ロベルタとサルバドルでは対人関係に対する苦手意識がまるで違うのであった。
「このような無理難題を言い渡されるとは思ってもいませんでした」
「いやだから、別に失敗しても構わんのだ。というか、大勢の中から気の合う者を見つければ済む話ではないか」
「気の合わない者は始末してもよろしいですか」
「選別方法が物騒すぎる」
「では殿下が作ったお友達を半分下さい」
「君が言うと物理的な半分に聞こえるな」
「そのつもりですが」
「却下だ」
「そんなご無体な。殿下は将来きっと暴君になられるでしょう」
「人聞きが悪すぎる」
他愛のないとは言い難い会話ののち、ロベルタの抵抗虚しく『友達を作れ』という命令がサルバドルから下されたのだった。
その頃、後宮の中央にある王妃の居室では、部屋の主が激情を持て余していた。
「本当に忌々しい! あの穢れた小僧がバレンティンを差し置いて首位と取るとは! それにディバド教の神官ども! 栄えあるファニア王国の伝統をなんと心得るか!」
「王妃殿下、お声が高うございます! 奴らに聞かれては殿下とてどうなるかわかりませぬ!」
思いつくままに呪詛を吐き散らす王妃を、年老いた侍女が宥める。だが、その表情からは王妃に対する深い同情が見てとれた。
「殿下の悔しさは私も同じでございます。殿下が深い愛情をもってお育てになられたバレンティン殿下です。その優秀さ、心根の素晴らしさは私がよく存じております」
「エベリナ……」
よほど信頼が厚いのか、エベリナと呼ばれた侍女の言葉で激高していた王妃の感情が落ち着きを取り戻した。
「ですが今は堪えてくださいませ。城のどこに奴らの耳があるか分かりませぬ。聞かれれば今以上に殿下のお立場が悪くなります。そうなればバレンティン殿下がどれだけ悲しまれることか……」
「ええ……そうね……」
「どうせあの小僧の増上慢など長く続くはずがございません。不測の事態で遅れておるようですが、シスネロス子爵の手の者がきっと始末をつけますでしょう」
王妃や周辺の者たちもノリエガ一家の壊滅の報は聞いていた。だがそれが自分たちが出した依頼の結果だとまではさすがに思っていなかったのだ。
そのため彼女たちはいつまでも実行されるはずのない暗殺計画の成果を待ち続けている。
実は一度だけシスネロス子爵に計画の進捗を問い合わせたのだが、ノリエガ一家壊滅の影響で別の腕利きを探して時間がかかっていると返答されたのだ。
もちろんシスネロス子爵が既にロベルタの傀儡となっており、その返答をしたのもロベルタであるなど完全に想像の外である。
「それに、バレンティン殿下はご自身の他にも優秀な者がいると知って、今は勉学に励まれておられます。殿下は母として、見守って差し上げてくださいませ」
実際にバレンティンは122人中29位なのであるから、優秀でないわけではない。それに仮に今すぐサルバドルがいなくなっても、28位になるだけだ。それ以外の上位27人については自力で降すしかないのである。
そしてバレンティンはそのことがわからないような愚か者ではなかった。
「それよりも殿下。今後バレンティン殿下にお声をおかけになる時に、学院で味方を増やすように仰ってくださいませ」
「それはどういう目的かしら?」
「学院にいる神官教師たちの目的の一つは、おそらく魔法使いの確保や処分だと思われます。特に黒魔法使いや銀魔法使いはディバド教においての禁忌。可能であれば先に保護するなり隠匿するなりせねばなりません」
「確かにそうね」
現在貴族院の新入生とその前後二、三年である子女は、魔法使いへの覚醒が最も期待できる年代だ。そして貴族は古くから魔力量の多い者を一族に組み入れてきている。
貴族院はファニア王国で魔法使いが現れる可能性が最も高い場所と言えるのだ。
「国王陛下はディバド教会を刺激しないよう静観されるご様子ですが、バレンティン殿下が個人的に友誼を結んだ者であれば保護して下さるでしょう」
「ええ。その時は私からも説得するわ」
「魔法使いの存在は国家に取って切り札となり得ます。バレンティン殿下の配下にすることができれば、お立場をより強くすることが叶いましょう」
現王妃であるフロレンシアに以前から一つの希望がある。それは第一王子であるライムンドではなくバレンティンを王位に就けることだ。
とはいえ、ライムンドもまた間違いなくフロレンシアの子であるし、健康面でも能力面でも何か問題があるわけではない。
優秀さでいってもライムンドに軍配が上がる。バレンティンが王位を継ぐべき理由は今のところ何もない。
だがフロレンシアはただバレンティンを愛するがため、王位に就かせたいと望んでいる。国母たる者の責任を放棄して。
無論フロレンシアにも理由はある。バレンティンは己の愛する現国王によく似ており、ライムンドは厄介ごとばかり残した先代国王によく似ているのだ。
先代国王は自分の行いを棚に上げてフロレンシアに厳しい言葉ばかり投げつけてきていたので、感情的には無理もない話ではある。もちろんライムンドにしたらたまったものではないが。
また、バレンティンは無邪気に甘えてフロレンシアに愛を示すが、ライムンドはついぞそのようなことをしたことがない。
実際には王位を継承することを念頭に置いた厳しい教育を施されていたので、ライムンドは王の振る舞いとしてふさわしくないからと甘えるのを我慢していただけなのだが。
だが結果として、フロレンシアは己が愛し、己を愛してくれるバレンティンを王位にと望んだのだった。
「魔法使いと言えば、墓守男爵家の子息も今年入学しているはずね」
「はい。サカリアス=デ=レアルと申すようです」
「どのような子かしら」
「なにやら自分は必ず魔法使いに覚醒すると周囲に吹聴しておるようです。思慮が足りない者のようですね」
「では試験の結果は?」
「121位です」
「それはまた……。バレンティンの配下に加えるのは躊躇うわね」
「はい。ですがそういった者を使いこなすのも王者の器量とも言えます。王子からお声をかけていただければ忠誠も増すでしょう。それに……」
「それに?」
「敵だけでなく、無能な味方を切り捨てるのも王者として避けられぬことでございます。そうなればそうなったでよい経験かと」
「確かにそうね」
「後は、成績優秀者から何人か腹心となる者を引き入れたいところですね」
「そういえば、あの小僧と並んで全教科満点を取った者がいたわね」
「はい。ロベルタ=デ=シスネロスと申します」
「シスネロス?」
「はい。つい最近優秀さを見込んでシスネロス子爵が養子に取ったのだとか」
「では元は平民だったというのですか!? 全教科で満点なのに!?」
「だからこその養子縁組なのではないでしょうか」
「そうとしか考えられないわね……。わかりました。その娘にも接触するよう、バレンティンには伝えましょう」
こうして、全く予想外の展開からロベルタは兄との再会を余儀なくされるのであった。
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