予防的な対策
シスネロス子爵家とレアル男爵家は縁戚関係にあるが、普段から交流があるわけではない。
レアル男爵家は時に墓守男爵家と揶揄されるような家であり、有り体に言えば弱小貴族だ。一方でシスネロス子爵家は領地貴族の中でも良くも悪くも平凡な家柄である。
当然力関係においてはシスネロス家のほうが明確に上位であり、レアル家と縁戚関係を結ぶ意味はほとんどない。
であるにも関わらずなぜシスネロス家の当主であるマルコスは、娘をレアル家に嫁がせたのか。
それはレアル家が魔法使いを輩出してきた家系であるということをマルコスが知っていたからだ。
マルコスは小心者であったが、一方で野心家でもあった。彼は成り上がる手段として裏社会を含むあらゆる方面から情報を集めたのだ。ノリエガ一家とのつながりもその成果の一つだった。
レアル家の血筋の特性については、魔法使いの育成が王家の密命となっていることからもわかるように秘匿されている。200年前の黒魔法使いも身分は最後まで隠されていたため、レアル家ゆかりの者であるという情報は表に出ていない。
だがマルコスはその情報を掴み、あろうことか魔法使いを己の駒として手に入れることを画策したのだ。
とはいえ魔法使いの血筋と言ってもレアル家によく発現するのは黒魔法使い。表立って動かせばディバド教会と対立することになる。
そのため裏の仕事を中心に活用し、いざとなれば苦労して捕らえたという態でディバド教会に突き出すつもりだった。
それが現在では己が黒魔法使いの駒に成り果てているのだから、現実とは残酷である。ロベルタの知ったことではないが。
ちなみにマルコスが魔法使いを手に入れるために何をしたかというと、先代当主であるイルデフォンソが熱心な愛国者であることを知り、話を合わせて意気投合した態を装ったのだ。
そして友好の証として娘を跡継ぎに嫁がせた。これでマルコスが魔法使いの祖父となる可能性ができたわけだ。
ただ誤算だったのは、イルデフォンソがマルコスの想定以上の愛国者というか狂信者であったため、有望なほうの孫を完全隔離してしまい情報が得られなくなってしまった。
そしてマルコスも知らないうちに戦場へと向かい、最終的には孫娘ともども行方不明となる始末。実に馬鹿馬鹿しい結果になったと最近まで思っていた。
現実はもっとふざけた結果となっているのだが、傀儡になったマルコスにしてみれば今更である。
レアル家当主コンラドから見て、マルコスは煙たい相手だ。
自身より上位の爵位を保有しており、妻パロマの父でもある。さらに父であり絶対者であったイルデフォンソと親交が深かったということもあり、どうにも苦手意識が払えない。
そのマルコスから話があるといって訪問の可否を問われたのが先日のこと。レアル家の玄関に家族揃って出迎えたのだが、訪れたのはマルコスだけではなかった。
「ロベルタ……?」
マルコスと護衛に挟まれるように入って来たのは、貴族令嬢らしい装いをしているものの間違いなくロベルタだった。
一ヶ月ほど前に屋敷からいなくなったとは聞いていたが、マルコスの元に身を寄せていたのであろうか。
「ロベルタ!? お前そこで何をしている!?」
長男のサカリアスが来客の前にも関わらず大声を上げる。跡継ぎである以上それなりの教育を施したはずだが、成果が上がっているとは言えないようだ。
一方のロベルタはサカリアスの声に反応すらしない。元々不気味なほど無表情であったが、これではまるで人形だ。
サカリアスの険悪な視線を遮るように、マルコスはロベルタの前に立ちコンラドに口上を述べる。
「コンラド殿。本日は時間を取っていただき感謝する」
コンラドとしてもロベルタは気になるが、マルコスを放置して問い詰めるわけにもいかない。
「義父上におかれましてはお元気そうで何よりです。奥に席を設けております。まずはおくつろぎください」
「ロベルタ! さっさとこちらへ来い! お前には一ヶ月分の仕事と罰が溜まっているぞ!」
相変わらず状況を弁えないまま、サカリアスが再度声を上げる。これにはさすがにコンラドも苛立った。
「サカリアス! お客様の前だ! 控えよ!」
「父上!?」
心外そうな表情で抗議するサカリアス。これではコンラドとパロマの面目は丸つぶれだ。しかもよりによってマルコスの前でとは。
「愚息が失礼を致しました。お詫び申し上げます」
「そうだな。今までほとんど会うこともなかったが、かなり問題があるように見える」
「いえ、そちらにおります妹の行方がしばらく不明だったものですので、心配のあまり動揺したのでしょう」
「ふん」
苦しい言い訳を鼻息であしらわれた。かなり気分を害しているらしい。当たり前と言えば当たり前だが。
コンラドは内心頭を抱えながら、応接室へとマルコスたちを案内する。来訪の目的は未だに不明だが、もう嫌な予感しかしない。
応接室に移動し、席についたマルコスは出された茶に口もつけず話し始めた。
「話というのは他でもない。ロベルタをシスネロス家の養子として迎え入れた」
「……は?」
言っている意味がよくわからなかった。ロベルタはレアル家の長女であり、もし養子に出すとしても当主であるコンラドの承認が必要だ。そんなことはマルコスとてわかっているだろう。
「何を仰っておられるのですかお父様!? その子は私の子ですよ!? お父様と言えど横暴ですわ!」
パロマが取り乱しながら抗議する。だがマルコスはにべにもなかった。
「既に本人から事情は聴いている。お前たちにとってこの子はロベルタ=デ=レアルの名を騙る偽物という認識なのだろう? ならばただの平民に過ぎないこの子を私が引き取っても問題などあるまい?」
「そ、れは」
パロマが言葉に詰まる。確かにコンラドとパロマはロベルタにそう告げていた。実際はもちろん本人だとわかっているが、ロベルタを都合よく利用するために捻りだした理屈だ。
「縁組に必要な書類は全て提出し、既に承認もされている。貴族籍上ではこの子はすでにロベルタ=デ=シスネロスだ」
「そん、な……」
「そもそもパロマ。私はお前達に許可を取りに来たのではない。通達と忠告に来たのだ」
「忠告とはどういうことですか」
コンラドがマルコスを睨みつけるが、やはりマルコスには通じていない。
「もしお前たちがこの子をロベルタ=デ=レアルだと主張し、証拠となるものを提出すれば、その主張は通るだろう。だが同時に、お前たちがロベルタをどう扱ってきたのかも王家に対して明らかになる」
「「っ!」」
コンラドとパロマはその可能性を全く考えていなかったのか、呆然とした表情となる。
「使用人に混じっての仕事、それも過剰な仕事量を強要し、あげく行方不明になった後一ヶ月も保護できなかったお前たちを、王家はどう見るであろうな?」
マルコスがほのめかしているのはレアル家に与えられた密命の件だということは察しがついた。このままでは密命を果たす意思がないと王家に取られると指摘しているのだ。
王家の密命を知っていると明言するのは問題になるので、このような持って回った言い方をしているのだろう。
「ご、誤解です! この一ヶ月は捜索に全力を傾けましたし、使用人に混じっての仕事は本人が希望したことです! 仕事量も適切でした!」
咄嗟に言い訳を並べるコンラド。だがマルコスは取り合わない。
「そう思うなら内務省に届け出ればいい。こちらとそちらの言い分が対立しているのだ。よく精査してくれるであろうよ」
「ぐっ」
結局この言葉が決め手となり、コンラドとパロマは沈黙した。
ただし、沈黙しなかった者もいる。
「よいではありませんか父上」
「なに?」
ここまでの話をどこまで理解できていたのか不明だが、サカリアスは自信満々で言い切った。
「レアル家には僕がいます。どうせ魔法使いになるのは僕なのですから、ロベルタのような役立たずは必要ありません」
その言葉に、彼の両親はすぐに反応できなかった。あっさり密命に抵触する内容を口にした迂闊さに唖然としたのだ。
二人が動けなくなっているうちに、マルコスが話を進める。
「ふむ。であればロベルタをレアル家に戻すように主張することは今後一切ないと誓えるな?」
「誓います。お爺様」
「忘れるなよ。今日の目的にはそれもあったのだからな」
「ど、どういうことですか義父上」
コンラドが訝しそうに問いただす。
「なに。あと二ヶ月もすれば二人とも貴族院に入学するだろう? 学内でサカリアスが余計な騒ぎを起こす可能性を考えて、前もって釘を刺しにきたのだ。先ほどの様子を見れば取り越し苦労とは思えぬしな」
「無用な心配です義父上。サカリアスも弁えております」
「ならばいいのだがな」
マルコスの懸念はその直後に現実となった。マルコスとロベルタがレアル家を辞そうとした際、サカリアスが声を張り上げたのだ。
「ロベルタ! お前が仕事をサボった罰は貴族院で償わせるからな! 覚悟しておけ!」
男爵令息から子爵令嬢への非礼かつ根拠のない懲罰宣言。これまでの会話の内容を全く理解していないことがありありとわかる。
当然ながらコンラドとパロマは顔色を完全に失っていた。
「コンラド殿。これのどこが弁えているのかね」
「……」
コンラドには何も言えなかった。言えるわけがない。ただ俯いて屈辱に耐えるのみだ。
その夜、コンラドは初めて息子に手をあげた。
コンラドがサカリアスを殴り飛ばしたころ、ロベルタはサルバドルに今日の報告を一通り終えていた。
「事前に対処しておいて正解だったな。レアル家の長男は思っていた以上に愚かだったらしい」
「私も驚きました」
疲れた様子で答えるロベルタ。今日の訪問でマルコスの傀儡をすぐ横で操っていたために、精神的に疲労したのだ。
生前のマルコスの振る舞いは本人の死霊から情報を得ればなんとか再現できる。ただしすぐそばにいなければあちこちが不自然になってしまう。
今回はマルコスの実の娘であるパロマが同席していたため、手を抜くことができなかった。そのせいもあって、ロベルタ本人も同席していながら一言も喋らなかったのだ。
「今回の件は疲れただろう。これから入学までにやるべきことは特にない。少し休むといい」
サルバドルはロベルタの表情から、わずかながら疲労の色を読み取っていた。
マルコスの傀儡を操ることに集中していたこともあるのだろうが、家族との久々の再会はロベルタにとって精神的な負担になったようだ。
「そうですね……。では明日一日はお休みさせていただきます」
「一日と言わずもっと休んでもいいぞ」
「いえ、私が休むと殿下の鍛錬も止まりますから」
「ぐっ」
ロベルタとサルバドルが正式に主従になってから、サルバドルはロベルタから様々な鍛錬を受けていた。
もちろん元々王族であるサルバドルは多くの鍛錬を課されてきたし、その習得も年齢に見合わぬ進度でしている。
だがディバド教会が門外不出としているためファニア王国では現状学ぶことのできない白魔術や、黒魔法使いの不在により研究ができなかった黒魔術はロベルタでなければ教えられない貴重なものだ。
またロベルタ自身の武術はサルバドルにかなわないものの、傀儡を駆使することで王国最強の戦士や教国最強の格闘家との模擬戦を行うこともできる。
そのためサルバドルは貴族院への入学までの時間をそういった鍛錬にあてていたのだが、いかんせんロベルタの鍛錬は少々過酷だった。
サルバドルがロベルタを気遣う気持ちは本物だが、サルバドル自身が休みたいのもまた事実なのだ。
「鍛錬はお嫌ですか?」
「いや、そういうわけでもないのだが……。少しばかり厳しくないか?」
「私はずっとこのペースでしたから……」
「……そう言われては嫌とは言えぬではないか」
「ではお休みは一日ということで」
何やら釈然としないサルバドルであった。
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