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悪逆令嬢の忠誠  作者: 野良海豚
本章 この忠誠を貴方に
10/25

計画的な悪逆

 ロベルタとサルバドルが誓約を交わした翌日の夜、シスネロス子爵家当主であるマルコスは自室で盃を傾けていた。


 子爵家の当主ともなればそれなりに貴重な酒が手に入るものだが、今のマルコスは酒の味や香りを楽しむどころではない。安酒であったとしても判別などつかなかっただろう。


 先日暗殺組織として裏で名の通ったノリエガ一家に、王家の汚点となる人物の暗殺依頼を出した。


 だがその後成功の報告はなく、届いたのはノリエガ一家が消滅したという信じがたい情報だ。


 マルコスは小心者である。今回の件も協力者からの情報により、失敗の可能性が非常に低いと踏んだから話に乗ったのだ。


 それが蓋を開けてみれば成功失敗以前に依頼先が消し飛ぶとは。これが自分の依頼と関係があるのかないのかも不明だが、とても安心できるものではない。


 マルコスにしてみれば汚点の排除は王家に対する忠誠の現れだったのだが、法的には反逆罪だ。露見すれば極刑は免れない。協力者が庇ってくれる可能性も低いだろう。


 考えれば考えるほど未来予想図が暗くなっていく気がして、かなり早いペースで酒を呷っていた。


「大丈夫、大丈夫だ。あの悪党どもとて裏稼業では一流と知られていた。依頼人の名を明かすようなヘマはするまい」


 自らに言い聞かせてみるが、やはり落ち着かない。ノリエガ一家がどのように消滅したのか、詳細が全くわからないのだから、大丈夫という言葉の根拠も無いのだ。小心者がこれで落ち着けるわけがない。


 その後遅い時間まで痛飲していたマルコスは、酒精(アルコール)の力でようやく眠りにつくことができた。


 そのまま、目覚めることがないとも知らずに。




(間違いなく死んでますね)


 マルコスの死霊が身体から離れるのを確認し、ロベルタは内心で呟いた。


 ロベルタは祖父であるマルコスを殺すことに特別な感慨は全くない。だが昨日サルバドルと共に立てた計画ではマルコスの死体が重要な要素となる。そのため死体の損壊をなるべくしないよう丁寧な作業を心がけていた。


 黒魔術の死体使役は、損壊の激しい死体も傀儡とすることはできる。ただし損壊している部分は動かないし、見た目も損壊しているのが丸わかりだ。


 さらにそこから虫が発生したり病気が発生したりと碌なことがない。なので損壊した箇所をそのまま使用することは避けている。


 具体的には魔力を多く流し込むことで損壊箇所を修復できるのだ。だがそうするとその時に作った傀儡は内包した魔力が少なくなってしまう。


 そのため長期に渡って利用したい死体はなるべく損壊させないようにする必要があるのだった。


(お酒をたくさん召し上がってらしたので簡単でした)


 薬草の知識を駆使して作成した毒薬を、眠っているマルコスの口に数滴垂らすだけ。それも万が一に備えて傀儡にやらせているので、気配に気づかれて起きてくる可能性も非常に低い。


 ちなみにここまでの侵入方法だが、緑魔術で音と気配を抑えた状態を作り、あとは影から影へ夜行で転移したのだ。


 転移先は視界内であれば指定できるため、油断さえしなければ屋敷の中を見つからないように移動するなど造作もない。


 ただ邸内の情報を持つ死霊を見つけることができなかったので、当主の部屋を探り当てるのに手間取ってしまった。


 だがその苦労の甲斐もあって、最初の目的は達成だ。次は暗殺依頼の関係者の情報がないか探るとともに、マルコスの生前の立場を使って工作をかけなければいけない。


 ロベルタはマルコスの死霊を確保すると、傀儡を長持ちさせるべく精一杯の魔力を注ぎ込み始めた。




 あの夜、ロベルタとサルバドルは今後について時間の許す限り話し合った。


 実のところ、二人でどこか遠くへ逃亡するのは難しくない。黒魔法も万能ではなく、夜行はロベルタしか移動できず深淵に生きた人間は入れないが、後宮からレアル邸に抜ける秘密通路を使えば後はどうとでもなる。


 聖ランツ教国から遠ざかる方向である南部へ行けばひとまず安心だし、大きな内海のある東部から船に乗って他国へ渡ってもいい。


 だが二人はそれを選ばなかった。いつでも逃げられるなら、ギリギリまでは逃げずにやれるだけやろうと決めたのだ。


 この場合のやることとは、サルバドルの立場を強化しファニア王国を掌握し、ディバド教会を排除することである。大それた目標だが駄目で元々。別に失うモノなどありはしない。


 そして手始めにするべきこととして選んだのがサルバドル暗殺計画の背後調査と、ロベルタの身元を確定することだった。


 暗殺計画についてはマルコスの死霊から情報を得れば済む話であったし、再発を防止する意味でも背後関係は徹底的に暴いておきたい。


 その一方でマルコスをただ殺せば、時期的に先日のノリエガ一家との関連を疑われてしまう可能性がある。


 なのでマルコスを殺しても、しばらくは傀儡にして生きていると偽装する必要があった。そこでサルバドルはマルコスの傀儡を利用して、ロベルタの身分を確かなものにすることを考えたのだ。


 マルコスはシスネロス家の当主である。そのため家の中では絶大な権力を持つ。であれば()()()()()()()()()行くあてのない少女を引き取り、養子にすることも独断でできるのだ。


 なおシスネロス家は領地貴族であるため、次期当主を始めとした一族は領地にいる。顔を合わせず継承権を主張したりしなければ、ロベルタの存在すら気付かないだろう。


 そうすればロベルタはシスネロス子爵家の一員として貴族院に通うことができ、自然な形でサルバドルと出会うことができる。周囲から可能な限り不自然に思われない状態で、行動を共にすることができるのだ。


(さすが殿下です。私には考えつきませんでした)


 ロベルタは最終手段として自身の父を傀儡にする方向で同じことを考えてはいたが、その場合は屋敷の人間を皆殺しにする必要があると想定していた。


 傀儡に生前の真似をさせるのは、傀儡自身の魔力を多く消費する。そのため日常的に行うとすぐに傀儡が魔力切れになってしまう。


 傀儡が長持ちしないのであれば偽装はすぐ破綻するだろう。なのでこの方法は本当に最終手段だった。


 そのため、ロベルタは貴族院に行くことをこの時点で半ば諦めていたのである。サルバドルに仕えるにしても、表舞台に顔を出さない方向で考えていたのだ。


 とはいえサルバドルにしてみれば、ロベルタが貴族院に入学できないのは色々と問題がある。なので必死に知恵を絞ったというわけだった。




 作成し終えたマルコスの傀儡を寝台の上に横たわらせる。朝までは時間があるので、マルコスの死霊を引き連れてサルバドルの元へ跳んだ。


 夜行で移動したり、死霊使役で情報を引き出したりするのはそれほど魔力を使わない。だが今夜は既にマルコスの傀儡を作るためにほとんどの魔力を使用していたので、少し休まなければ少々厳しい。


「ただいま戻りました」


「お帰り。……疲れてるようだね。少し休むといい」


 戻ったロベルタにかけるサルバドルの言葉が砕けているのは、思う所が色々とあってのことだ。


 またロベルタにも堅い言葉を崩すように言っているが、こちらはそもそも砕けた話し方が身についていない。先は長そうであった。


「はい。お言葉に甘えます」


 サルバドルに促されたロベルタはソファに落ち着いた。先にマルコスの死霊を呼び出すこともできなくはないが、無理をしたら叱るとサルバドルに宣言されていたので休息を優先したのだ。


(殿下になら叱られてみたいとも思いますけれど)


 そんなことを内心で呟きながら。




 少し休んだロベルタは、マルコスの死霊を呼び出して情報を吐かせた。


 予想どおり暗殺計画はマルコスの独断ではなく、協力者がいるようだ。


 幾人かの名前が上がっていくが、今の段階では特に何もしない。警戒すべき相手がわかるだけで上出来だ。


 だが最後に上がった名前を聞いたときは、さすがにサルバドルも平静ではいられなかった。


「王妃も噛んでいたか。道理でこの部屋の警備が以前から薄すぎるとは思っていたんだ。近衛に裏から手を回したな」


「予想されていたのですか?」


「いや。出来の悪い下の息子(バレンティン)のために私の評価を上げさせないよう、姑息な策謀を巡らせてはいたけどね。ここまで思い切った手を打つとは思っていなかった」


「処理しますか?」


「ダメだ。いくらなんでも目立ち過ぎる。当面は静観するしかないな」


「ですが……」


「貴族院に入れば私も君も寮生活だ。そうなれば今より安全を確保しやすくなる。問題ない」


 サルバドルとしては自身の足場が固まるまで、派手な動きはなるべく避けるつもりだった。


 ロベルタの能力を最大限に活用すれば、ファニア王国にも聖ランツ教国にも対抗できる可能性はある。


 だが黒魔法使いの天敵とも言われる白魔法使い、ディバド教において聖者あるいは聖女と呼ばれるモノが出てきたら厄介だ。


 白魔法は傷や病を癒し、人心を安んじ不浄なるものを浄化する能力を持つ。この不浄なるものに黒魔法使いは含まれないが、傀儡や死霊は当然含まれる。


 一方で黒魔法には白魔法に優越する要素が特にない。そのため黒魔法使いから見れば白魔法使いは相性が悪すぎる相手だった。


「ロベルタ。ノリエガ一家の消滅であちらも警戒しているだろう。今の段階で焦る必要はない」


「……はい」


 ロベルタの返答は明らかに不満を含んだものだったが、白魔法に対抗する手段が見つかるまで、ロベルタが黒魔法使いであることが露見する可能性は最低限にするつもりだった。




 夜明け前、ロベルタはシスネロス子爵邸に戻っていた。マルコスの傀儡の近くで待機し、逐次指示を出すことで魔力消費を抑えるためだ。


 次の段階ではマルコスの傀儡を使って早めに屋敷の使用人を解雇していかなければならない。


 幸い敗戦による賠償金の分担金は全貴族に課せられている。これを言い訳にして使用人を大きく減らせば周囲に怪しまれる恐れはないだろう。


 その際に問題のある使用人だけを残し、何か問題を起こしたら懲戒解雇したり処刑したりすれば最終的に屋敷から使用人はいなくなる。そうなれば普段はマルコスの傀儡を深淵に収納しておけるので、長持ちさせられるというわけだ。


(ご自身が黒魔法を身につけているわけでもないのに、説明を聞いただけで問題点や解決法まで考えつくとは。やはり殿下はすごい方です)


 これはむしろロベルタの考え方に問題があった。


 ロベルタは黒魔法を身につけてから黒魔法をいかに活用するかという考え方をしてきたが、黒魔法は言ってしまえば殺せば殺すほど便利になる魔法だ。そのためどうしても考え方が殺伐とした方向に引きずられてしまっていた。


 一方でサルバドルはなるべく目立たず成果を上げるという考え方に慣れていたので、今の状況に即した計画が立てられたのだ。


 ここまでの計画は時間こそ多少かかるものの、それほど難しくない。だが次の段階については簡単ではなかった。


 ロベルタが学園に通えば確実にサカリアスと顔を合わせることになる。余計な騒ぎを起こされて目立ってしまうのを避けるため、先に手を打っておかねばならないのだ。


 そのための計画は約一ヶ月後。その日に向けてロベルタはマルコスの傀儡を使って準備を進めた。

ご評価を頂ければ幸いです。

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