表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王の妃  作者: s
12/12

告解/彼の誤算


「一目で奪われた」


「全てを」


「何もかもを」


「欲しいと思った」


「だから」






「「だから」」






「手に入れた」






**彼の誤算**




滅びればいいと思っていた。



こんな国、なくなれば良いのだと。



国、と呼べる程に機能を果たせていない愚かな庚国。

もともと、庚国は様々な部族同士が寄り集まって出来た連合国家である。

それぞれの部族の長による合議制のもとに国家を運営していた。

故に、まとまる、ということがなかなか出来ない愚かな国であった。

何度も何度も内乱と呼べるかも分からない紛争を繰り返し、国は疲弊し、困窮を極めていた。

最早、諸外国からは蛮族の国、と蔑まれるほどに落ちぶれていた。



だから、滅びればいいと思った。

否、滅ぼしてやろうと思った。



自身の属する一族の首族長となった時、ずっと心の内に練っていた計画を実行に移すことにした。



滅ぼすため。

変える為。

平定するために。



望む未来を手に入れる。




戦って戦って戦って戦って戦い抜いて。




時には刃を交え、時には舌戦を繰り広げて。

そうして何とかすべての部族をまとめ上げ、蛮族の国という不名誉な烙印を押された国の王となった。

過激に過ぎるこのやり方は、様々な者や場所から反感を買ったが、けれど、決して

己を曲げることなくこのやり方を貫き通した結果、庚国の経済基準は遥かに上がった。

結果さえ出してしまえば、表立って文句を言う者はほとんどいなくなった。




これでいい。

これが、本来の国というものの在り方だ。




一人、玉座の手前で、震え上がる心を叱咤した。




けれど、急激に水準の上がった庚国に、今度は諸外国が反感の意を示し始めた。

自身の国を平定し、豊かにさせるための手段は、他国には脅威に映ったのだろう。

おかげで、今度は諸外国との戦争を繰り返すはめになった。

何度も何度も人を斬り、滴り落ちる鮮血に身を染め上げながら、それでもひたすらに前へ前へと進んだ。



望んだものは安寧の地。



いつしか、覇王、と呼ばれるようになっていた。

そして、殺戮王と恐れられるようにもなっていた。



一人、玉座を前にして、迸る恐怖を無理やり飲み込み、歩を進める。



国とは何か、王とは何か。

ふと考える時がある。

国とは、そこに生きる民のためにあるもの。

王とは、いくらでも替えの利く代用品。

王がどんなに愚鈍であっても、国というものそのものはあり続ける。

王など、使えぬのならその首を何度でも挿げ替えればいいのだ。

けれど、国に住む人間がいなくなれば、それは最早国ではない。

故にこそ、国は民があって初めて国となり、民が平穏に豊かに過ごせてこそ国というものが成り立つのだ。



一人、王の間で静かに孤独を抱き込んだ。

この玉座に座るものの代わりはいくらでもいる。



ある時、小国同士が庚を滅ぼさんが為に同盟を組んだという情報が入った。

愚かなことを、そう思った。

悪いが、力の差は歴然としている。

し過ぎているのだ。

わざわざそのような愚かな真似をしなければ、平穏無事に過ごしていけたものを。

何故、いたずらに血を流そうとするのか。

まるで、自ら破滅を招き入れているかのようだった。



庚は、疲弊していた。



諸外国との軋轢による衝突を何度も繰り返し、戦争商法とでも言うべき、忌むべき政略は経済的に国を発展させたが、国土そのものの疲弊は激しかった。

だから、もう、終わらせなければならない。

これで最後。

これが最後。

計略の首謀者、桐国には見せしめになってもらうこととしよう。




一人、玉座を前に、必死に自身が狂わぬように祈っていた。

傲慢という不可視の闇が音もなく迫ってくる。




桐国を滅ぼす。

そう決めたため、桐に攻め入った時、ありとあらゆるものを破壊した。

殺戮の限りを尽くし、二度と再起出来ぬほどに滅ぼし尽くした。

あっという間に桐城は陥落し、残るは桐王の首のみとなっていた。



禁軍の長である俐達を呼び、桐王の家臣たちと一族郎党、余すことなく処断するよう命じた。



一人残らず全て消す。

そう決意し、徹底して殺戮の限りを尽くした。



ふいに、人の気配を感じ、とある室へ足を向けた。

とても奇妙な予感がした。

どうしても足を向けなければいけないような、或いは決して向けてはいけないような。



そうして、開いた扉の向こうに、ソレはいた。



ドクリ、と音がする。

心臓に、生まれてはじめて血が通ったかのような。



ソレは、とても美しい獣のようだった。

鮮血に塗れた城内の一室で、月光を浴びながらぼうっと佇むその姿は、この世の何よりも気高く美しかった。

ソレと目が合い、動き出した心臓が突然殴られたような衝撃を受ける。



欲しい。



ただ、そう思った。



無感動な瞳。

けれど、その奥底に、推し量ることのできない静かな炎が宿っている。



見つけた。



そう思った。

ようやく、見つけた。

コレを手に入れなくては。

そう。

手に入れなくてはならない。

欲しいから。

どうしても欲しいから。

何を賭してでも欲しいから。



くるりと踵を返し、桐王を探す。

疾く、疾くと。

湧きあがる歓喜に、鼓動が早鐘を打つ。

気の早い心が、永遠の孤独から解放される瞬間を夢見て、狂喜する。



望む未来を手に入れる。

そう心に誓ったあの日から、長い永い時を駆け抜けた。




一人、玉座を前にして吐息を吐く。



思えば、随分無謀に過ぎる行動だった。

傲慢の闇にすでに囚われていた心が、波乱を含む未来を引き寄せようとしたのだから。

あの時の美しい獣を手に入れたこと、一欠片たりとて後悔していない。

けれど、その獣はどう思っていたのだろう。






「陛下?」



ふいに聞こえた声にはっと顔を上げる。



美しい獣がこちらを見ていた。



「何をしておられるのです?」



涼やかな獣のその鳴き声が、僅かどころか、かなりの苛立ちを交えて放たれる。



「聞いておられるのか? そのようなところでぼうっと突っ立って、何をしておられるのかと聞いているのです」



投げかけられる言葉は、相変わらず容赦がない。



「ああ。ちょっとな」


ふっと息を吐いて苦笑する。

すると、獣の片眉が、ピクリと跳ね上がった。


「氷旺様」


咎めるようなその声音が愛おしかった。


「ちょっと、感傷に耽っていただけだ。いつになっても玉座に座るのは嫌な気分だ」


そう言うと、獣が小首を傾げた。


「だから何だというのです? 貴方の責務は山という程控えています。何一つとして待ってなどくれませぬ。ならば、迷う必要など、感傷に浸る暇など、いったいどこにあるというのですか?」



獣はやはり容赦がなかった。



「氷旺様」



獣が己の名を呼ぶ声に、心の奥がじわりじわりと満たされる。



「泣き言は私と二人だけの時におっしゃれば良いのです。でなければ、臣たちに示しが尽きませぬ。それに」



獣の手が、すっと差し伸べられる。



「氷旺様のそのお可愛らしい姿は、私だけが知っていれば良いのです。さあ、ほら、呆けてないで、参りますよ? でないと、今日もまた書類の山と添い寝することになりますから」




美しい己だけの獣。

己の孤独を癒す、唯一無二の大事な(ひと)



手に入れた喜びに、今、この瞬間にでも泣いてしまいそうだった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ