第3話 修道院での一年半の生活
「私は……一体、何のために生きてきたのかしら」
日中は、修道院の図書室で、冷たい石造りの床に置かれた木の固い椅子に腰掛け、ただひたすらに本を読んだ。歴史書、法学書、かつて『尊敬される王子妃』になるために叩き込まれた知識の数々。それらをなぞるたび、虚しさが押し寄せる。
アドルフ殿下のために、王家のために、私は自分のすべてを捧げて努力してきた。
同年代の令嬢たちが楽しむ流行や遊びにも目を向けず、常に背筋を伸ばし、高潔な微笑みを絶やさなかった。
その結果が、これだ。
日没が近づく夕方、一日に一度、三十分間だけ、修道院の殺風景な中庭を歩くことが許された。
誰もいない、静まり返った場所。かつてはアドルフ殿下と手を携えて歩いた王宮の薔薇園とは比べものにならないほど、狭くて粗末な中庭。
風に揺れる名もない野花を見つめながら、私は何度も、何度も問い続けた。
『私の何が悪かったのか』。
あの時、子爵令嬢に手をあげてしまったことだろうか。……確かに、淑女としてあれは間違いだった。
では、どうすれば良かったのか。笑って許せば良かったのか?
第二王子の婚約者である公爵令嬢の私を『お飾りの案山子』とあざ笑う子爵令嬢に、慈悲深く微笑んで見せれば、私は今もあの幸せな日々の中にいられたのだろうか。
「――いいえ、違うわ」
謹慎が始まって数ヶ月が経った頃、私の心の中で、何かが冷たく静かに形を変え始めていた。
悪いのは、本当に、自分だけだったのだろうか。
私の努力を『細かくて厳しいお説教』と呼び、他の女のあざとい涙に騙されて私を罵倒したアドルフ殿下。
これまでの私の献身をすべて無視し、たった一度の過ちで、真実を知ってなお見捨てた王家と、我が両親。
誰も、私のことなど見ていなかったのだ。
彼らが愛していたのは『ロクサーヌ』という一人の令嬢ではなく、カークランド家と王家の結びつきを補強するための、都合の良い『完璧なー人形』だっただけ。
自分の何が悪かったのかと悩むこと自体が、馬鹿らしく思えてきた。
涙は、とっくに枯れていた。
◇
季節は巡り、冬が過ぎ、春が訪れ、夏が過ぎ、秋が深まり――二度目の冬が訪れた頃には、私の謹慎生活は一年半に及んでいた。
その間、私は修道院の外の誰とも会わず、ほとんど外界と関わることもなく、ただ静かに修道院で学園の卒業試験を受け、無事に卒業資格を得た。
かつて社交界の華、令嬢たちの憧れと謳われたロクサーヌの面影は、もうどこにもない。
私の心は、完全に凍りついていた。
そして、学園の卒業を告げる、たった一枚の簡素な書類が手元に届いたその日。一年半ぶりに、カークランド公爵家からの使者が修道院を訪れた。
使者が差し出したのは、父からの手紙と、すでに必要事項が記された婚姻届、そしてトルドール侯爵家の紋章が捺された通達書と報告書だった。
手紙には、実の娘に対する労いの言葉など一言もなく、ただ事務的な命令だけが認められていた。
『王家より、お前の学園卒業をもって、修道院での謹慎は解除とするとの許しが出た。……そして、お前の結婚相手が決まった。明朝、顔合わせの名目で、修道院からそのままトルドール侯爵家へ向かいなさい。お前の荷物はすべて向こうへ送るよう手配した。カークランドの屋敷にお前が戻る場所はない。一刻も早くトルドール家へ入ることが、双方のためだ。詳しい内情は報告書にまとめてある』
『結婚』。その二文字を見ても、心は何も動かなかった。
婚約の段階をすべてすっ飛ばし、実家へ帰ることすら許されず、世間に披露されることすらなく、いきなりの婚姻。
もはや、驚く気力すら残っていなかった。
(ああ、そうか。……私は完全に、捨てられたのね)
一年半に及ぶ修道院での孤独な謹慎の果てに待っていたのは、実家にとっての『汚点』を、体よく世間の目から隠すための政略結婚。冷たい絶望が、私の全身を静かに縛り上げた。
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