第27話 元婚約者の横暴と不躾な訪問
エントランスへと足を向けると、家令のクロードがロクサーヌの姿を見て、珍しく表情を変えた。
「クロード。お客様かしら?」
「これは……ロクサーヌ奥様。こちらは、シャルボワ侯爵家のメルローズ様でございます。突然、アレックス様を訪ねていらっしゃいまして……。只今、不在の旨をお伝えしているところでございます」
私は、シャルボワ侯爵令嬢に目を向けた。
報告書によれば、年齢はアレックス様と同じだったはずだが……。二十歳とは思えないフリルをふんだんに使ったピンク色のドレス姿は、彼女の本来の美しい容姿を台無しにしていた。
(なるほど、私の部屋の柔らかなペールピンクの小花柄の壁紙と、ピンクのレースのカーテンの理由がわかった気がするわ……少女趣味なのね)
「メルローズ様、ご無沙汰しております。学園時代にはお言葉を交わしたこともございましたが、お久しぶりでございます。披露宴は行っておりませんが、すでに皆様には結婚のご挨拶状を差し上げております。この度、トルドール侯爵家に嫁ぎました、ロクサーヌでございます」
私は、かつて王子妃教育の中で身につけた、相手を自然と従わせる高潔な微笑みを浮かべた。
すると、メルローズの顔がこわばった。
「え、ええ。拝見しましたわ。でも、政略でしょう。しかも、ロクサーヌ様は修道院で謹慎されていたわけでしょう。それなのに、カークランド公爵家が圧をかけて、トルドール侯爵家に泣きつくだなんて! あなたは恥ずかしくはないのかしら!」
「まあまあ、まあ! わたくしの実家であるカークランド公爵家にそんな力があるだなんて、初めて知りましたわ。面白いお話ですわね。メルローズ様は随分と想像力が豊かでいらっしゃいますのね。流行りの児童文学でもお書きになったらいかがかしら」
私の小馬鹿にしたような発言に、メルローズの怒りに火がついたのか、キンキンとした大きな声をあげた。
「なっ! なんて失礼な! 無理やり嫁いでおいてなんて図々しいのかしら! アレックス様がお気の毒だわ!」
相対する私たちの様子を、メルローズに付き添った侍女と護衛が顔を青くして見つめていた。
(自分の味方とも言える使用人でさえこの様子では、この方には手を焼いているということかしらね)
「メルローズ様。お話を伺いたいのは山々ですが、わたくし、執務が立て込んでおりまして。あなたと違って暇ではございませんの。もう、時間切れですわ。では、はっきりと言わせていただきますわね」
私はそこで、メルローズに付き添っている侍女と護衛にも視線を向けた。
「わたくしとアレックス様の結婚は『王命』でございますわ。それに異を唱えるということでよろしいでしょうか?」
「えっ……いや、別に、そんな気は!」
あからさまに狼狽えるメルローズに、さらに冷たい声で続ける。
「それと……確か、アレックス様との婚約を破棄されたのは、メルローズ様からだったと伺っておりますが?」
「えっ!? でも、それは事情があって。今はもう……」
私がそこまで把握しているとは思わなかったのか、先ほどまでの勢いが弱まる。
「イグアス子爵令息……でしたかしら? アレックス様という婚約者がいらっしゃるにもかかわらず、その方と親密な関係を持たれたと伺っていますが、違いましたかしら?」
「……っ!」
「婚約者以外の殿方と関係を持ったことで、シャルボワ侯爵家側の有責によって婚約が破棄された。私はそう理解しておりますが、違いましたかしら? ねえ、どうかしら?」
私は、メルローズ様の後ろに控える侍女と護衛に目を向けた。二人は気まずそうに顔を俯け、身を固くしている。
「婚約者を裏切ってまで関係を持った殿方とも、結局は結ばれなかったのでしょう? こんなところで大騒ぎをしている場合ではないのではなくって? わたくしを『修道院帰りの女』と揶揄するのであれば、あなたこそ修道院で過ごすべき令嬢ではなくて?」
メルローズが目に見えて震え出した。
私は一切の容赦なくとどめを刺す。
「わたくしの実家はカークランド公爵家です。公爵令嬢であるわたくしを、侯爵令嬢のあなたにそのように蔑まれるのは心外ですわね。そして、今はトルドール次期侯爵夫人。あなたは公爵家にでも嫁がれるのかしら? ご自身の立場が見えていない方とこれ以上お話しする気はありませんわ」
明らかに戦意を失っている相手に、これ以上言葉を重ねる必要などない。
それでも私は、あえて最後の言葉を突きつけた。
「あなた、お幾つでしたかしら? アレックス様と同い年でいらしたわよね? そのドレス、まるで学園入学前の少女のようですわね。後ろ姿だけを見ればお若い方かと思って声をかけてしまいそうですけれど、あなたが振り向いたら、思いのほかお年を召していて、さぞ驚かれることでしょうね。せっかくお美しい容姿ですのに……もったいないことですわ」
屈辱に顔を真っ赤に染めたメルローズは、もはや一言も言い返すことができなかった。
侍女に促されるまま、護衛に支えられ、逃げるように侯爵邸を後にしていった。
その背中を見送りながら、私は小さく息を吐き出す。
(……アレックス様も、こんな令嬢に粘着されていたなんてお気の毒に。でも、トルドール侯爵家の正妻として、この手の無礼を放置するわけにはいかないわ)
クロードに向き直ると、彼は感嘆と尊敬の入り混じった眼差しで深く礼をした。
「見事なご対応でございました、ロクサーヌ様。これで、少なくとも当分の間は、メルローズ様が当家へ押しかけてくることもないでしょう」
「ええ。ただ念のため、今日起きたことについて、記録を正確に残しておいてちょうだい。それから、お義父様に報告して、シャルボワ侯爵家へ抗議文を送るように」
こうしてメルローズを追い返した私だったが、彼女が見せた、「自分ならアレックス様と結婚できる」とでも言わんばかりの自信に満ちた態度に、わずかな胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
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