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『修道院帰りの侯爵夫人』、社交界一の遊び人の腕に囚われる  作者: 恋せよ恋


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第26話 突然の訪問者と不躾な主張

 コレットの生活環境を整えてから、トルドール侯爵邸には静かな日々が流れていた。


 私は毎日の日課である家政の書類整理や使用人たちへの指示をこなしながらも、ふと気づくと客間にいるコレットのことに思いを馳せるようになっていた。


(味方もいない、敵地のような侯爵邸で、ただ不安な時間の中で、お腹の子を思うだけの生活は……さぞかし辛い毎日でしょうね……)


 父親かもしれないアレックス様と言えば、コレットの客間を訪ねることもなく、体調を気遣うような品や贈り物を届けることも一切なかった。


 一方でコレットの方も、アレックス様に会おうと画策することもなければ、侍女に伝言や言づてを頼むことすら一度としてなかった。


 関わりを拒む男と、ただ小さくなって日に日に大きくなるお腹を抱える女。


 そんな二人を客観的に見つめているうちに、私の胸の奥には、いつしか冷ややかで重い問いが浮かび上がり始めていた。



(生まれてくる子は、本当に幸せになれるのかしら……)



 父親に歓迎されることもなく、大人たちの都合と欲望の結果として、この世に産み落とされる命。


 その小さな命の未来を思うと、胸が痛んだ。


 ――もしアレックス様がこの子の父親なのだとしたら、コレットと二人でこの子を育てるほうが幸せなのではないだろうか。


 

 もちろん、コレットの今回の行いが許されるとは思わない。アレックス様を騙し、姉の名を騙って関係を持ったのだ。その罪が消えるわけではない。


 それでも、生まれてくる子に罪はない。


 もし、この子の父親が本当にアレックス様であるのなら。そしてコレットが母親として、この子を育てていくのであれば――。


 私が侯爵夫人の座にしがみつく必要など、あるのだろうか。


 私自身、カークランド公爵家の娘として生まれ、王子妃になることを望まれてきた。その未来を信じて、必要な教育にも励んできた。


 けれど、婚約が解消されれば、私は修道院へ送られた。


 結局のところ、私もまた、自分自身の望みとは関係なく、大人たちが決めた道を歩かされてきたのだ。



 ならば――。


 コレットがアレックス様と結婚し、この子を二人で育てることになったとしても、それでいいのではないか。


 私はもともと、王命によってアレックス様に嫁いだ身なのだから。


 幸い、コレットは学園時代の成績も優秀だったと聞いている。

 今回の行いは、到底褒められたものではないけれど……侯爵夫人として務めを果たせない女性だと決めつける理由もない。


 それなら、生まれてくる子にとっては――。本当の父親と母親がそばにいることのほうが、幸せなのではないだろうか。



 私はペンを握る手にぐっと力を込めると、静かに窓の外の曇り空を見つめた。


 一人の女性としての複雑な胸騒ぎを抱えたまま、私は深く息を吐き出すのだった。


 ◇


 そんな中、一人の令嬢が侯爵邸を訪れた。

 事前の先触れもなく侯爵邸を訪問するなど、貴族令嬢としてはあまりにも無作法な振る舞いだった。


 エントランスに現れたその女性は、尊大な態度とキンキンと響く声で話し出した。


「アレックス様にお会いしたいの。取り次いでちょうだい」


 家令のクロードが慣れた調子で対応する。


「これは……シャルボワ侯爵令嬢様。ご無沙汰しております。……生憎とアレックス様はご在宅ではございません。ご用であれば、書面で連絡をいただけますと対応させていただきますが」


「まあ! アレックス様は連絡などしなくともお会いくださるはずよ! これまでだってそうだったでしょう」


「申し訳ございません。アレックス様も忙しい身でございます。お会いすることは難しいかと思われます」



 エントランスに響く品のない大声は、侯爵夫人用の執務室へと向かって自室を出た私の耳に聞こえて来た。


「ねえ、メリッサ。この大声は何事かしら? 何か問題が起きていないか確認して来てちょうだい」


 私は侍女に指示を出し、そのまま執務室へ向かおうと足を踏み出した。



 だが、その私の耳に、聞き捨てならない発言が聞こえた。


「ふん。どうせ、修道院帰りの女が文句を言っているのね! 大丈夫よ! そんな相手とはさっさと別れて、私と結婚すれば問題ないわ」


「シャルボワ侯爵令嬢様。少しお声を抑えていただけますでしょうか。屋敷中の者が驚いてしまいますので」


(え? どういうこと? シャルボワ侯爵令嬢ですって? 既婚者であるアレックス様と結婚するとは、どういうことかしら?)


 あまりにも堂々とした不躾な言葉に、私は思わず足を止めた。



 シャルボワ侯爵令嬢――確か、お父様から修道院に届いた報告書に書かれていた『アレックス様の元婚約者』だ。


 だが、私がトルドール侯爵家に嫁ぎ、正式な正妻としてここにいるにもかかわらず、「さっさと別れて私と結婚すればいい」などと、人前で平然と言い放つなど……あまりにも非常識ではないかしら。


 ただ事ではない気配を感じ取り、私は執務室へ向かう足を改め、凛とした足取りでエントランスへと続く大階段の方へと向かうのだった。


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