第24話 身ごもった令嬢の告白
こうして、コレットのトルドール侯爵邸での暮らしが始まった。
だが、使用人たちから絶大な信頼と敬愛を寄せられている私――ロクサーヌにとって、アレックス様の不貞の証拠になり得るコレットの存在は、邸内において決して歓迎されるものではなかった。
「ねえ、あの女。私達と同じ男爵家の娘なんでしょう? それなのに客人として滞在するなんて納得できないわよね」
「ええ。ロクサーヌ奥様がお気の毒だわ。アレックス様とご結婚される前の関係とは言え、あんまりよ!」
「本当よね! なんであんな女が客間でのうのうと過ごしているのよ!」
陰で侍女たちはあからさまな不満をこぼし、コレットに対して厳しくも冷ややかな目を向けていた。
(まあ、こうなるわよね。……それにしても、彼女の大人しく気弱そうな雰囲気と、夜会で男を漁って関係を持つようなふしだらな娘の印象は、どうにも結びつかないのよね)
私は窓辺からコレットの様子を眺めながら、どこか拭いきれない違和感を覚えていた。
◇
それから数日後、隣国との通商交渉という大役を終え、ようやくアレックス様が王宮から帰宅された。
応接間には、お義父様、アレックス様、私、そしてコレットの四人が相対した。
アレックス様は事前に城へ届いたお義父様からの手紙で事の顛末を聞かされており、私と目が合うとひどく気まずそうな、申し訳なさそうな情けない表情を浮かべた。しかし、向き直ってコレットを見るその瞳には、氷のように険しい色が宿っていた。
「君は、僕と三ヶ月前の夜会で……関係を持ったそうだね」
一瞬だけ私を気遣うような視線を向けたものの、すぐにコレットへ厳しい表情を向ける。
「……は、はい」
「……そうか。正直、僕は覚えていないんだ。だが、僕は未婚の令嬢とは関係を持たない。これは絶対だ。それなのに、君と関係を持ったのだとすれば……君は、嘘の身分を名乗ったのか?」
アレックス様の予想外の問いかけに、私は内心で驚きつつも、表面には一切出さず澄ました顔を保った。おそらく隣のお義父様も同じ心境だろう。
「どうなんだ?」
アレックス様の詰問に、コレットの体が強張る。彼女は消え入りそうな震える声で、信じられない告白を口にした。
「……はい。あの夜、私は……姉の名を名乗りました」
「確か、パメラ夫人は嫡男を授かっているね。……なるほど。君は僕に、既婚女性だと思わせたかったわけか」
「……はい。申し訳……ございませんでした」
アレックス様は眉間を揉みながら、深く大きなため息をついた。
「はあ。……それで、その子が僕の子だという証拠は?」
「それは……。私は、他の方とは、関係を持っておりません」
「それは君がそう言っているだけだろう。それに、君は未婚ではあるが……純潔ではなかったのだろう? もし君が純潔の令嬢なら、あの夜のことを覚えていない僕でも、何かしら気づいていたはずだ」
「……」
「どうなんだ?」
「……はい、違います。でも! この子は間違いなくアレックス様のお子でございます!」
「悪いが、姉の名を騙るような君の言葉だけでは、信じることはできないよ。今の段階では、僕の子だと断定することもできない。子が生まれるまで、僕には何も判断できないだろう」
「……っ! はい……わかりました」
重苦しい話し合いが済み、お義父様とアレックス様は応接間を後にした。
去り際、アレックス様は縋るような視線を私に投げかけてきたが、私はそれに気づかないフリをして綺麗に無視した。
静まり返った部屋に、私とコレットの二人だけが残される。
私はコレットをまっすぐに見つめて口を開いた。
「コレット様。この数日あなたを見ていて、私にはどうしても違和感が拭えないのです」
私は思うままに遠慮のない言葉をぶつける。
「あなたの雰囲気は奔放でふしだらな、殿方に気安く身を委ねるような令嬢には思えないのです」
私の言葉に、俯いていたコレットが驚いたように顔を上げた。
「だって、あなた。アレックス様と相対してもまったく媚びるような目も、恋しいような態度も示されなかったでしょう。それなのに、夜会で関係を持つ……なぜですの? なぜ、そんな浅慮な真似をなさったの? 良かったら話してくださらないかしら。悪いようにはしませんから」
コレットは唇を噛み、両手でドレスをギュッと握った。
その姿は、話すべきか迷っているようでもあり、自分を恥じているようでもあった。
しばらくそうしていたコレットは、ぽつりぽつりと身の上話を始めた。
「ご存知のように、私はドレーク男爵家の次女です。父は実直で真面目な領主で、母も尊敬できる女性です。子は嫡男の兄と姉、私の三人兄妹です。兄は領地で執務に励んでおります。そして、姉のパメラは派手な噂も多いですが、優しい面倒見のいい姉なのです」
そこで、一度、言葉を切って大きく息を吸った。
「私には十五歳の頃に結ばれた婚約者がおりました。相手は格上の伯爵家の令息でした。お恥ずかしながら、私は婚約者に求められるまま……十七歳の時には深い関係を持ってしまいました。それがどういう行為なのかもよくわからぬまま、『学園を卒業すれば、すぐに結婚するのだから』という言葉に流されたのです。その行為に愛があったとか、嬉しいとか、そう言う思いもありませんでした」
コレットは辛そうに顔をクシャリとしかめた。涙を堪えているのであろう、泣くまいとしていることが伝わってくる。
「しかし、学園を卒業する直前になって、彼から婚約を解消されたのです。彼に……他に好きな令嬢ができたのです。しかも理由が『好きな女に子ができた』と言うものでした」
コレットの語る、あまりに予想外の事情に私も眉間を寄せた。
「伯爵家からは慰謝料が支払われました。両親は憤慨してくれましたが……私がすでに純潔を失っているとは思っていなくて。事実を告げると、ひどく叱責されました。当然のことだと思います。婚約が解消され、その上、純潔も失った身持ちの悪い娘なんて家の恥でしかありませんから」
自分に言い聞かせるような、とても辛い告白。
「それで、今後は修道院か、年の離れた方の後妻に嫁ぐかしか道はないのだと覚悟しておりました。その時、姉が考えたのが、社交界で……噂のアレックス様の子を授かることができれば受け入れてくださるかもしれないと言うものでした。それで、当日は姉の名を偽ってお手紙を差し上げました。そこでお会いして……素敵な方だと思いました」
そこでコレットが私を見つめた。
「ロクサーヌ様にはご不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ございません。今は、自分のしたことを恥じております……」
そこで、コレットはお腹に手を当てて涙をこぼした。
「申し訳……ございません」
私は、コレットの話を聞いても素直に同情する気にはならなかった。
ただ、その弱さに、歯痒い思いを感じ、やるせなさに腹が立っていた。
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