第23話 突然の妊婦登場と、動じぬロクサーヌ
後日。トルドール侯爵邸の応接間に、重苦しい空気が漂っていた。
訪れたのは、ドレーク男爵家の当主と、その娘だった。
向かい合わせに座る両者。まずは互いに名乗りを上げる。
「トルドール侯爵ノーマンだ。こちらは息子の妻であり、我が家の次期侯爵夫人となるロクサーヌだ」
私は、お義父様の言葉を受けて微笑んだ。
「……ドレーク男爵家当主のジェームズでございます。こちらは我が家の次女、コレットにございます」
コレットが緊張の面差しで慌てて頭を下げた。
そして、挨拶もそこそこに、ドレーク男爵は顔を真っ赤に怒らせ、拳を握りしめて訴え始めた。
「ノーマン侯爵! ロクサーヌ様! 我が家は爵位こそ低いですが、コレットは大切に育ててきた自慢の娘です! その大切な娘を傷物にされたのですから、アレックス様には然るべき責任を取っていただきたい! 我が娘の尊厳をどう思っておられるのですか!」
父としての怒りを爆発させるジェームズの横で、当事者であるコレットは体を小さく縮こまらせ、居心地悪そうにソファーに座っていた。
よく見ると彼女の目は赤く腫れ上がり、泣き腫らした痕が生々しく残っている。
家門に傷をつけたコレット自身にも向けられたのだろう。かなり厳しく叱責されたことは、赤く腫れた目を見れば容易に想像できた。
この場にアレックス様の姿はない。
現在、隣国との重要な通商交渉が佳境を迎えており、王太子の側近として超多忙を極めるアレックス様は、ここ一週間ほど自宅へ帰ることも叶わず城に詰め切りとなっていた。
そのため、私はトルドール侯爵家の当主であるお義父様と共に、この場に対峙していた。
私は動じることなく、冷徹なまでに冷静な声で、まずは状況の確認を始める。
「確認させていただきますわ、コレット様。……三ヶ月ほど前の夜会で、アレックス様と関係を持たれたのですね? それ以外の方とは関係を持たれてはいない、ということでよろしいですか?」
コレットはビクッと肩を揺らし、蚊の鳴くような声で「はい……」と頷いた。
「医師の診察は受けられましたか? ……医師から、妊娠十週と診断されたのですか?」
再び小さな頷き。コレットはただただ俯き、視線を床に落としたままだ。
事情を把握した私は、静かに告げた。
「では、無事に赤子が生まれるまで、我が家で世話をさせていただきましょう。出生後、改めて事実関係を確認したうえで、結論を出しましょう。それでよろしいですか?」
私の思いがけない提案に、ドレーク男爵がガタリと立ち上がり、怒号を上げた。
「なんですと! それではまるで、コレットが嘘をついているとでも言うのですか! そんな娘ではありません!」
「……ドレーク男爵。お言葉ですが」
私は静かに、だが決して立ち入らせない冷徹な覇気を纏って男爵を見据えた。
「未婚の令嬢が、夜会で令息と関係を持ち、身ごもった。その事実だけで、我が家がアレックス様の子だと認めるわけにはまいりません。もちろん、アレックス様にも事実関係を確認する必要がございますわ。ですからこそ、我が家で暮らしてもらい、赤子が生まれた後、改めて事実関係を確認させていただきます。――これは、お伺いではございませんのよ。命令ですわ。勘違いなさらないでね、男爵」
「っ……!!」
私の圧倒的な威厳と覇気に気圧され、ドレーク男爵は言葉を失い、それ以上何も言えなかった。
コレットは、ただただ身を固くして震えている。
「……本日は一旦、引き揚げさせていただきます。荷物を整え、明日、改めて訪問させていただきます」
ドレーク男爵は悔しそうに顔を歪めながら頭を下げると、コレットの手を引いて早々と馬車へと乗り込み、侯爵邸を去っていった。
◇
嵐のような訪問者が去り、応接間に私とお義父様の二人きりとなった。
お義父様は痛ましそうな、そして申し訳なさそうな表情を浮かべ、私に向かって声をかけてくださった。
「嫁いで早々、問題ばかりですまないね。本当に、申し訳のないことだよ」
ダニエラ様の一件が解決したばかりで、再び息子の不貞疑惑という醜聞が持ち上がったのだ。お義父様が肩を落とすのも無理はない。
だが、私は静かに首を横に振り、事もなげに返した。
「いいえ。お義父様、ご心配には及びませんわ。所詮は政略で結ばれた婚姻ですもの。後継は私が生まずとも、アレックス様の子でさえあれば問題はありませんわ」
「なっ……!?」
私のあまりに割り切った言葉が余程意外だったのか、驚きのあまりお義父様は大きく目を見開いた。
「そんなことはない! 我が家の後継は、ロクサーヌ、君とアレックスの子と決まっている! その他の女の生んだ子など、考えられないよ! それはアレックスとて同じことだ!」
お義父様は強い口調で私の言葉を否定した。
かつて愚行を犯し、家門を壊しかけたからこそ、今度こそこの侯爵家をロクサーヌとアレックスという正当で高潔な夫婦に委ねたい――お義父様の叫びには、切実な親心と後悔の念が込められていた。
私はただ静かにその言葉を受け止めつつも、城で激務に追われるアレックス様と、明日からこの邸に乗り込んでくるコレットという存在について、冷徹に思考を巡らせるのだった。
◇
翌日、コレットは単身で侯爵家へとやって来た。
携えてきた荷物は、数着のドレスと僅かな身の回りの品だけ。男爵家の令嬢としてはあまりにも慎ましく、どこか憐れみを誘うような出で立ちだった。
「今日からお世話になります。ドレーク男爵家の次女、コレットと申します。お子が生まれるまでの七ヶ月間、どうぞよろしくお願いいたします」
集まった使用人たちを前に、可憐な面持ちで素直に頭を下げるコレット。
だが、事前に旦那様から『事情』――コレットが旦那様との子を身ごもったとされていること――を説明されていた家令のクロードや、侍女長のアメリアをはじめとする使用人一同は、複雑極まりない表情で彼女を見つめていた。
アレックス様の不貞に対する嫌悪感や不満が、使用人たちの静かな沈黙の中に渦巻いている。
私はそんな空気を受け止めつつ、次期侯爵夫人として努めて優しい笑顔を口元に浮かべ、穏やかに声をかけた。
「さあ、コレット様も立ちっぱなしでは体に触るわ。アメリア、コレット様をお部屋に案内してあげて。……それから、彼女は身重ですの。十分に気遣って差し上げて頂戴ね」
「……かしこまりました、奥様」
アメリアたち侍女は、どこか納得がいかないといった不服そうな視線をコレットと私に向けたが、私は意に介さず微笑みを深めた。
コレットは「ありがとうございます、奥様」と健気に目をうるませて一礼し、アメリアに連れられてあてがわれた客室へと向かっていった。
その背中を見送りながら、私は静かに冷ややかな思考を巡らせる。
七ヶ月。この女がここで過ごす期間であり、生まれてくる子が旦那様の実子と認められるかによっては、私の立場さえ変わりかねない。
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