第21話 害虫の掃除
ダニエラとシモンが去り、あの悲惨な事件から数日。
トルドール侯爵邸には、穏やかな時間が流れ始めていた。
お義父様は、自身の過ちへの後悔と、ダニエラやシモンへの未練を断ち切るかのように、朝から夜遅くまで書斎に籠もって領地経営や公務の仕事に精を出していた。
ある日、執務の合間に廊下で私と出くわしたお義父様は、申し訳なさそうに眉を下げて声をかけてくださった。
「すまないね、ロクサーヌ。本来であれば、嫁いだ先で、その家の夫人から家政を学んでいくはずだったのだろうが。君には本当に申し訳なく思っているよ」
「いいえ。お気になさらないでくださいまし、お義父様。家令のクロードと、侍女長のアメリアからいろいろと教えてもらっておりますわ」
「そうか。君は優秀で助かるよ。すまないがよろしく頼むよ」
そう声をかけて執務室へ戻っていくお義父様の背中には、以前のような覇気はなかった。けれど、当主としての責任を果たそうとする誠実さは、はっきりと感じられた。
そして――王太子殿下の側近として多忙を極めるアレックス様も、少しでも時間が空けば邸に戻り、私とお茶の時間をご一緒してくださるようになった。
「今日も美しいね、ロクサーヌ。君と紅茶を味わう時間が、今の僕の唯一の癒やしだよ」
「お戯れを、アレックス様。ですが……そう言っていただけると光栄ですわ」
サロンの窓辺で差し込む陽光を浴びながら、二人で静かに紅茶を味わう。
最初は形だけの『政略結婚』だったはずなのに、交わされる会話や穏やかな視線の端々に、心地よい温もりが宿り始めているのを私は感じていた。
◇
だが、この邸にはまだ、片付けるべき『厄介者』が残っていた。
午後、私が執務室で家政の書類を整理していると、バタン!と前触れもなく扉が激しく開け放たれた。
憤怒の表情で怒鳴り込んできたのは――行儀見習いとして邸に居座っていた、リリアナだった。
どうやら休日の今日、実家へ戻っていたリリアナは、母親のバレリーが捕らえられたことを知ったらしい。
さらに、最近姿を見ないダニエラ様について家令に尋ねたものの、『ご病状が思わしくない』とだけ聞かされたようだ。
私はペンを静かに置くと、乱れた身なりのリリアナを冷ややかな視線で見つめた。
「あら。ノックもなしに侯爵夫人の執務室へ押し入るとは……ルース男爵家の紹介とはいえ、実に不躾な行儀見習いさんですこと」
「うるさいわね! 母様をどうしたのよ! ダニエラ様もいなくなって、ルース男爵家も様子がおかしいし……どうなっているのよ! どうせあんたが裏で糸を引いたんでしょ!?」
「まあ、心外ですわ。自業自得という言葉をご存じありませんの? 侯爵家を欺き続けた結果に過ぎませんわ」
ヒステリックに叫ぶリリアナに、私は静かに一枚の書類を差し出した。
「ところで、ちょうど良いところへ来てくださいましたわ。リリアナ。これはあなたの解雇通知書と、退職の手続き書類です」
「なっ……退職!? ふざけないで! 私はここでアレックス様の――」
「あら? アレックス様の愛人にでもなるおつもりでしたの? 残念ですが、アレックス様はあなたを心底不快に思っておられましたわ。深夜に彼の部屋へ押し入っては、毎回、追い返されていたことも、すべて伺っています」
「っ……!!」
リリアナの顔が、みるみるうちに赤みを失っていく。
自分の浅ましい企みが、すべて知られていたことに気づいたのだ。
「ダニエラ様という後ろ盾を失い、行儀見習いとしての態度も最悪。これ以上、あなたをこの侯爵邸に置いておく理由はございません。本日限りで暇を出します。……さあ、荷物をまとめて出てお行きなさい」
「そんな……嘘でしょ……? 母様もいなくなってしまったのに、帰る場所なんてないのよ! 私は元男爵令嬢なのよ!? 平民の暮らしなんて嫌よ!!」
泣き叫び、すがりつこうとするリリアナだったが、私が卓上の鐘を軽く鳴らすと、控えていた従者たちが即座に部屋へ入ってきた。
「連れてお行きなさい。荷物をまとめさせてから門の外へ」
「嫌ぁぁぁっ! 放して! アレックス様ぁぁーっ!」
見苦しい悲鳴を残して、リリアナは引きずられるように去っていった。
扉が閉まり、再び訪れた静寂。
(ふう。……これで一応、トルドール侯爵邸の厄介事は片付いたのかしらね)
私は小さく息を吐くと、何事もなかったかのように再びペンを握り、侯爵家の未来のための書類へと向き直るのだった。
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