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『修道院帰りの侯爵夫人』、社交界一の遊び人の腕に囚われる  作者: 恋せよ恋


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第14話  薔薇園で下された王妃の裁定

 だが、当のミランダだけは、怒りのあまり自らの立場が見えなくなっていた。


「なんて失礼な小娘なの! そんな傲慢だから第二王子殿下に捨てられるのよ! 謹慎明けの傷物令嬢のくせに、アレックス様に相応しいとでも思っているの!?」


 ついに口にしてはならない境界線を越えた暴言に、私は冷徹極まりない視線を突き刺した。



「あなた、ご自身の立場が本当に分かっていないようね。ミランダ『《《元》》』ヨーク伯爵夫人」


 私は正面から彼女を冷然と見つめた。


「私を『傷物』と公然と断じ、公式に不名誉な存在として扱うことが許されるのは、この国の最高権力たる王家か、あるいは正式な法廷だけですわ。私に謹慎を命じたのは、王家ですわ。処分を受けたことと、あなたがわたくしを『傷物』と呼んでいいことは、まったく別の話ではありませんこと?」


 ロクサーヌの放つ底冷えするような覇気に、ミランダ夫人は蛇に睨まれた蛙のように顔を青ざめさせ、言葉を失ってガチガチと奥歯を鳴らした。


 周囲の夫人たちもまた、その凄まじい威圧感に息を呑み、微動だにできず二人を凝視している。



 そんな静まり返った薔薇の園で、ロクサーヌはミランダへ向けて、さらに一歩、歩み寄り、哀れな獲物を見下すように冷徹な微笑みを深めた。


「私の実家は今も変わらずカークランド《《公爵家》》、そして嫁いだ先もトルドール《《侯爵家》》。対して、夫を亡くした『元』伯爵夫人のあなたが、次期侯爵夫人のわたくしを公衆の面前で侮辱する。これがどれほどの愚行か、その足りない頭で理解できて? ご自身の身の程が分からないというのなら、わたくしが今ここで、徹底的にわからせて差し上げますわ。今日を限りに、あなたが社交界で今の立場を保っていられればよろしいですけれど……ね?」


「ひっ……!」


 私の放つ、圧倒的な威圧感と冷笑、逃げ場のない『階級社会の論理』に、ミランダは一歩後退りしてガタガタと震え出した。



 そこへ、トルドール侯爵家の、王妃殿下への拝謁の順番が回ってくる。


「お義母様、参りましょう」


「えっ、ええ……」


 内心では私を敵視しているダニエラも、今はすっかり気圧されたように、私の後へ続いた。


 エメラルダ王妃殿下の御前へと進み、ダニエラが緊張した面持ちで深く、彼女なりに精一杯のカーテシーをする。私もまた、一切の無駄のない、完璧に美しい淑女の礼をとった。


 続いて、ダニエラが震える声で王妃殿下への挨拶の言葉を述べる。


「王妃殿下、本日もお健やかであらせられること、大変嬉しく存じます。トルドール侯爵家を代表し、ダニエラと、ロクサーヌがご挨拶申し上げます」



 すぐに頭上から、静かで、しかし凛とした王妃の声が響く。


「顔をよく見せてちょうだい、ロクサーヌ。――元気でしたか? そして、結婚おめでとう。アレックスは、王太子エドワードの有能な側近であり、大切な友よ。あなたの父であるカークランド公爵からの要望もあって、あなたにとって幸せな未来となることを願って結ばれた縁よ。どう? 新しい家には慣れたかしら?」


「……はい。もったいなきお言葉、恐悦至極に存じます。お陰様でつつがなく、充実した日々を過ごしております」


「そう。あなたのように優秀な娘なら、どこへ行っても大丈夫だと思っていましたよ」


 王妃殿下は優しく微笑むと、一度言葉を切り、その鋭い視線を庭園の端で震えているミランダへと向けた。お茶会の空気が、一瞬にして氷点下まで張り詰める。



「それにしても……。今日の薔薇の園には、公私の区別もつかず、高位貴族の立場も弁えない『不届き者』が紛れ込んでいたようね。――衛兵。あの者を今すぐここから排除しなさい。我が国の品格を汚す不作法者は、二度とこの宮廷へ上げてはなりません」


「はっ!」


 王妃の一言で、ミランダは衛兵たちに両脇を抱えられ、みっともない悲鳴を上げながら連行されていった。


 それを見送る夫人たちの顔からは、完全に血の気が引いていた。



 王妃殿下は私に向き直ると、周囲に聞こえるような良く通る声で、はっきりと告げた。


「ロクサーヌ。近いうちに、また改めて、私の私的なサロンでお茶をしましょうね。ゆっくりと話したいことがたくさんあるのよ」


「――謹んで、お受けいたします。王妃殿下」


 周囲の夫人たちが、一斉に深く息を呑むのが分かった。



 王妃による個人的なお茶会への招待。


 それは、第二王子との婚約解消による不名誉な『傷』など、王家はもはや問題視していない――そう社交界に知らしめる、何よりも明確な意思表示だった。



 私は実家からも世間からも切り捨てられた。

 けれど今、私は己の力と気高さで、再びこの社交界に立つ資格を取り戻したのだ。


 深々と頭を垂れる夫人たちの中心で、私は次期トルドール侯爵夫人として、美しく、冷徹に微笑んだ。


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