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8.不穏な異変

 精霊は、楽しそうに俺の周りを飛び回っていた。

 人の形ではなく、球体の状態で。感情があるかどうかは知らないが、俺にはそう見えた。

 だが、それは不意に止まった。


『……ん、どうした?』


 精霊はピタリと静止し、光を強くする。

 その状態が何分か。俺はその時に、精霊がどこかを見ている気配に気づいた。

 森の――奥。

 球状の精霊がどこを見ているかは分からないが、森の奥を見ている。そんな気がした。

 精霊の様子も、どこか上の空だ。

 まるで、何かを見つけたかのように。



 ――不穏だ。



 精霊が誕生したあの時、正確には数日前に、ログさんから聞いた。

〝精霊は、敵意や異変に敏感だ〟と。

 まさにそうだ。『上の空』というよりも、森の奥に意識を向けてるように見える。


『お、おーい』


 呼びかけても、反応は無い。

 代わりに、強まった光が(わず)かに揺らいだ。

 俺の言葉で気が散ったのか――と感じる前に、ログさんがアナウンスした。


《変化を確認しました》


 変化?

 何のことか、サッパリなんだけど?


《神樹を起点(ハジメ)とした魔力の流れが、ヴァルデ林森林の外周部で(わい)(きょく)しております》


 森林の、外周部。

 それを意味するのは、森と街の境目。

 つまり、森の中心である〝神樹〟からかなり離れた場所だ。


『歪曲してる? 一体、何が歪んでるって――』



 ズウウゥゥゥン――



 その時、森のどこかで低い音が響いた。

 木々が軋むような、地面が割れるような、根が震えるような――そんな、嫌な音だ。

 十秒も経たないで低い音は収まるが、まだ不穏な気配は感じる。


 ログさんが沈黙し、精霊は俺の幹へ密着する。

 俺が『大丈夫か』と問いかけようとした、その瞬間。



 魔力が、ハッキリと〝流れた〟。



 今のは、なんとなくの感覚じゃない。俺が『魔力感知』なんて使わずとも分かる、膨大な魔力。触れただけでそれに呑み込まれそうな、強大な力だ。

 それを証拠付けるように、ログさんが険しい声色で警告してくれた。


《……警告(デンジャー)。周辺環境における魔力循環が、一瞬にして覆されました。同時に、自然魔力量も逸脱しています》


『それって……』


《はい。既に世界の方が――いえ、何者かが、貴方様に反応をしています》


 得体のしれない、何者かが。

〝世界〟と形容できるような、そんな化け物が、俺に反応している。

 俺が、ここに存在しているだけで。


 ログさんが警告しても尚、森は静かだった。

 精霊は変わらず密着し続け、低い音に驚いた動物達が、俺の元へ集まって来ている。

 それでも、森の静けさは俺達にとっては、酷く不自然に思えた。


◇◇◇◇◇◇


 ここは、冒険者()(よう)(たし)の病院。

 あらゆる冒険者達が、引き受けた〝依頼(クエスト)〟による負傷や病気の面倒を見る大病院である。必ず国一つに一軒配置されており、身分証さえ見せればいつでも受診できるようになっているのだ。

 病院ができた(けい)()は遥か昔にまで遡るのだが――歴史の授業になるほど長いので、割愛されよう。


 この大病院に入院する冒険者は、数知れず。少なくとも、一週間に一人以上は受診しに来る計算だ。

 入院する冒険者の中でも、比較的多い依頼は〝魔物討伐〟〝素材調達〟〝希少食材の納品〟などが挙げられる。



「あー、()ってえ」


「畜生! 何だったんだよ、あの魔物!」


「とても速かった上に、魔法が効いてない感じでしたわ」



 彼らは、封鎖前の迷宮(ラビリンス)に挑んだ愚か者達(ぼうけんしゃ)だ。

 最奥に存在していた〝人型の魔物〟にやられ、命からがら逃げ延びたようだ。


 扉をノックし、院長が部屋に入室する。

 片手に紙と羽根ペンを持って、ベッド横の椅子に座る。


「さて、聞き取り調査をしますね。貴方達が遭遇した〝強い魔物〟について、何か特徴があるか教えてくれませんか」


 院長がリーダー達に問う。

 リーダー達は考える素振りを見せ、一拍置いて口を開く。


「全力でやっても武器が弾かれて、ミリーサの魔法も効いてない感じだった」


「青い体に、黄色の目をしていましたわ。それと、珍しいことに人型でしたわね。体の質感も、なんと言いますか魔虫(バグ)に近かったですわね」


「……恐ろしく強く、速く、硬い。俺は一撃で持ってかれたから、これしか言えないな」


 大男、女の魔法使い、リーダーの順に答える。

 院長は羽根ペンを止め、(いぶか)しげに質問を重ねた。


「他には、特徴はありました?」


 リーダー達は一斉に黙り込む。

 その様子を見た院長は、やれやれと溜息を吐く。


「……では、周辺に何かありましたか?」


 という問いかけに変更し、リーダー達の様子を見る。

 すると、リーダーが何か気付いたかのように声を上げる。


「……あっ! そういえば、アイツがいた部屋の奥に何かいたような……?」


「どんなものでしたか」


「多分、魔物の死体だと思う。俺達はBランクだけど、種類は良く分からないんだよなぁ……」


「良く、今まで生きてこれましたね」


 深く溜息を吐いて、続きを聞く。


「確かたてがみがあって、鱗のあった尻尾を持ってた。後は……頭の上に頭があったような……」


「良く覚えてんなお前。逆に怖えわ」


 大男がドン引きした瞬間、院長が声を荒げる。


「ま、まさま! ――キマイラだというのか!?」


 椅子から立ち、記録用の紙と羽根ペンを落とす。

 院長は「失礼」と呟き、落としたものを拾う。

 ベッドにいる冒険者達を見つめ、院長は真面目な顔で質問する。


「君達、キマイラという魔物は、名前くらいは聞いたことはあるだろう?」


「あ、ああ。かなりの力を持った怪物だって……」


 リーダーの返答を遮る形で、院長は事実を告げる。

 それは人間にとっては、あまりにも絶望的な事実であった。


「……キマイラは、迷宮の主(ダンジョンボス)なのだよ」


 院長の言った一言で、リーダーは顔を青褪めさせた。


「それでは、私はギルマスに報告しにいくよ。君達、体は大切にした方が良いぞ。まだ若いんだからな――」


 ガチャンッ、と扉が開閉する。

 院長の言った事実は、彼らにとっては恐ろしいものだった。


 キマイラは、A+ランクである。

 それは、まだ彼らには倒せない〝迷宮の主(ダンジョンボス)〟の位だ。

 A+ランクは、例えるならば小国なんぞ簡単に壊滅させられるほどの力を持つのだ。

 そんな化け物が、あの部屋で死体になって転がっていた。ということは――


「《《あの化け物》》は、迷宮の主(ダンジョンボス)を上回る……だと……!?」


 リーダー達は、戦慄する。

 今思えば、あの人型は掠り傷一つ負っていなかった。

 それはすなわち、キマイラ程度を(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)できる力量を持つということだ。

 そのことに恐怖し、怯える。


「……俺達は、あの化け物にまた出会ったら、次は生きて帰れるんだろうか……」


「……分からねえよ、そんなコト」


「そうですわね。でも、一つだけ言えることはありますわ」


 女の魔法使いは一拍置いて、恐怖の混じった声で告げる。


「今の方が、全然安全なことですわよ……」


「――そうだ、なぁ」


「間違いないぜ」


 二人は同意する。

 そして、死ぬように眠りについた。

 三人は、これから安全に生きようと考えるだろう。あれほどの恐怖を前にしては、二度と命を懸ける真似はしなくなるであろう。

 そうしないためにも、今はゆっくりと傷を癒すのが先決だと、三人は全く同じ事を考えたのであった。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!


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