9.対面前日
重厚な机の向こうで、カルミリス王国の冒険者組合のギルドマスター・ナガンは眉間にしわを寄せていた。
院長の報告を聞いている最中である。
「……報告は、以上だな?」
「はい、封鎖前の迷宮にて、迷宮の主――キマイラをも上回る存在が確認されました」
ギルドマスター・ナガンが指先で机を叩く。その音はやけに響いて、院長の感情を揺れ動かしていた。
「〝人型〟の魔物で、物理攻撃と魔法――魔力攻撃共に耐性極大、か。……ふざけているな」
「……冗談でしたら、幾分かマシでしたね……」
院長の返答で、ナガンは更に眉間のしわを増やした。
険しい表情のまま、沈黙する。
それだけで、その報告が〝本物〟だということが理解できた。
「その魔物は、俺達でも勝てると思うか?」
「……分かりません」
「いや、明白だ。断言しよう。恐らくだが、その魔物には《《勝てない》》――迷宮の主クラスなら、問題はないのだがな……」
「――ッ!」
ナガンのぼやきに、院長は顔を青褪める。
ギルドマスターは、数部隊を指揮できる権限を持つ。ギルマス一人では、二百名構成の中隊一隊が最大だ。
おまけに、ひとりひとりがBランク以上だ。
それでも、構成員だけとなると、A+ランクの迷宮の主を倒せるかと問われたら、難しいと答えざるを得ないのだ。
ギルドマスターも介入したら話は別なのだが――こういう魔物災害の場合は、ギルマスは街の防衛に徹する必要があるのだ。
だから、ギルマスは防衛をしながら指揮を執り、部隊が戦闘をする形となっている。
それなので、A+ランクを軽く凌駕する《《その魔物》》には、勝てないとナガンは判断したのだ。
「ヴァルデリン森林に、神樹が誕生したと噂されていたが……」
「その神樹ならば、その魔物に対抗できるのでは?」
「いや、真偽が定かではない。今調査隊を出しても、神樹でないことが確認されたら――」
その瞬間、突如としてナガンが跪いた。片手を側頭部に当て、顔を地面に向けている。
国王リチャード・カルミリスからの『魔法通話』が入ったのだ。
『どう致しましたか? 陛下』
『ナガンか。ヴァルデリンに調査隊を派遣した結果、神樹の存在を確認した』
『……!? なんですと!?』
『数日以内に外交部隊を編成し、神樹とのコンタクトを取る』
『で、ですが、危険では……』
『私の命令だ、分かってくれ。命の危険を感じたら、構成員には即刻退避するよう伝えさせる……。外交部隊の編成は、お主に任せる。頼むぞ』
『……承知致しました。それでは、私はこれにて――』
プツン、と『魔法通話』が終了する。
ナガンは椅子に座り直し、院長に告げる。
「院長、国王陛下からの御命令だ。神樹とコンタクトを取るぞ」
その言葉に院長は驚愕し、ギルマスを止めようとする。
「し、しかしギルマス! き、危険では……!」
「陛下からの御命令だ、と言ったはずだぞ」
「……」
カルミリス王国は、国王を頂点とする立憲君主制の国だ。
国王の命令となれば、それに逆らう者は誰もいない。議会という制度は導入されてはいるが、最終的な判決も国王がする事となっているのだ。
それを知っている院長は、黙り込むことしか出来なかった
「安心しろ、一人で行くわけではない。外交部隊を編成し、そいつらに神樹と連絡を取らせるつもりだ」
ナガンの説明に、院長の表情が少々柔らかくなる。
「はい、分かりました。もし負傷をしてた場合は、私達が治療をすれば良いのですね」
「ああ、任せたぞ」
「――生還できれば、の話ですがね」
縁起でもないことを言うなよ――とナガンは内心ぼやきながら、冒険者や騎士の書類を見る。
手は全く動いていないが、部隊に入れる人選は、着実に進んでいた。
◇◇◇◇◇◇
ギルドの会議室は、無駄に豪華でもないが、見窄らしい訳でもない。だが、そこにはちゃんとした上品さがある。
そこには、神樹とのコンタクトを取る〝外交部隊〟に入れる人達が集められていた。
ナガンがリチャードから命令を下されてから、一日半後に人選が確定したのだ。
代表者はダーガスという男だ。
彼はギルドの大元の最高戦力組織の一角『幻巨像の繚乱』の一員である。外交部隊の中で最も戦闘力とリーダーシップが高いため、隊長に抜擢された。
『幻巨像の繚乱』から抜かれた冒険者はダーガスのみで、他の人選は全く別のパーティから抜かれた冒険者や、志願した騎士が編成された。
メンバーは五人という、部隊というにはあまりにも少ない。正式な外交とも大きく外れている。
だが、神樹と外交するには、少人数で挑んだ方が良いのだ。
五人全員がいることを確認し、ナガンが重い口を開ける。
「集まってくれて感謝する。早速本題に入るが、君達には、ヴァルデリン森林にいるとされる〝神樹〟と対話をして貰いたい――」
慎重派のナガンは、現状の事をすべて話した。
迷宮にて、迷宮の主を軽く凌駕する実力を持った魔物が存在すること。
魔物達が、迷宮の何かしらの影響で異常に強化されていること。
それらに対抗できるように、神樹に支援――否、助けて貰うこと。
「なるほど、な……その〝神樹〟とやらの強さは分かっているのか? レベルとか、分かってるんじゃないのか?」
ダーガスが問うと、一人のギルド職員が恐る恐る答える。
「れ、レベルは……四十です……」
会議室に、微妙な沈黙が訪れた。
神樹のレベルが四十。それは〝低すぎる〟のか、〝高すぎる〟のかの判別がつかなかったからだ。人間基準では、レベル四十は割と強いクラスであるが、Bランクの魔物ですらそれを優に超えるレベルを持っているのだ。
だから、神樹という不確定要素の塊には、どういう基準で測れば良いのかが分からなかった。
「お、おい。冗談だろ? ……この俺でも、レベルは六十一なんだぜ? 俺よりレベルが低い筈ないだろ」
「そ、そうだ! 初対面だが、ダーガスさんの強さはかなりのものだと思う。魔力量も、魔導師の私を凌駕している。それなのに、神話に出てくるような――絶大な力持つ神樹が、ダーガスさんよりレベルが低いのはどういうことなのだ!?」
ダーガスに便乗してメンバー達も疑問を投げかける。
それを煩わしいと感じたナガンが一喝して、静めてから話を再開した。
「ああ、確かにレベル四十だと確認された。だが、レベル四十だとは思えない魔力で、その《《量》》も常識外れだと陛下の観察部隊が報告していたようだ。魔力量は魔物などには重要な要素だ、それが高いだけでも〝神樹〟に頼る価値が出ているのだぞ」
ギルドマスターという役職は、その地位に就くまで数多の魔物と戦ってきた。ナガンは、それより人一倍も狩り続けていたのだ。
だからこそ、〝苦労鬼〟と呼ばれる彼の言葉には、しっかりとした重みが乗ってある。
彼の言葉で一同が納得するのも、大した時間は掛からなかった。
ダーガスが深く息を吐く。
「分かったぜ、ギルドマスター・ナガン! この部隊の代表として俺は、ヴァルデリン森林にて誕生したとかいう〝神樹〟とコンタクトを取って、必ずや〝支援〟と〝情報〟を持ち帰ることを約束しよう!」
代表者――ダーガスはそう宣誓し、会議室を退出する。それに、メンバーが次々に退出する。
「――頼むぞ、ダーガス・テイガー」
ナガンは、空虚に向かってそう呟くのだった。
◆◆◆◆◆◆
ヤバい魔力が流れてから、五日程経った。
ずっと警戒しているが、今のところは異常ナシだ。
時折、脳内でピコンと響いているがな。その所為で、レベルが上がっているのかと錯覚してしまう。……本当にしているのかもしれないけど。
《定期報告のお時間です~》
恭しく、軽い感じでログさんが連絡する。
『おお、ログさん。今日はなんかあった?』
《二時間半ほど前から、ヴァルデリン森林の奥地へ侵入する者を発見しました》
『ほうほう、それで、どういう奴? 魔物?』
《人間です。五体の人間を見つけました》
……人間? ……人間、だと!?
この世界で人間を見るのは初めてだぞ!!
ていうか、人間と〝体〟換算しないでね。
『その人達の目的は?』
《貴方様に用があるようです。『神樹に力を貸してもらうのが目的だよな?』と会話を交わしておりました》
ふむ、俺が目的、ですと?
面倒臭そうだが、これを逃す手はない! そう、絶対に、百パーセントキャッチする!
なんたって、この世界では初めての会話だからな!
《……私は、どうなるのですか》
ログさんは……生物じゃないじゃん。
だから、ノーカンですよ。ノーカン。
人間達と話す時は、どうするかね。
このまま素で行っても良いんだけど――どうやら、ログさんが許してくれないらしい。
《駄目です。しっかりと、威厳のある形でお願いします》
『……はぁ、分かったよ。でも、威厳のある形って言われてもなぁ……』
そもそも、俺はパンピーの社畜だぜ。ブラック企業に就職しただけの、不運な社会人。威厳もクソもあるまい。
でも、そうだな……思い切って、ロールプレイとかしてみても面白いかもしれないな。
〝威厳〟で真っ先に思いつくのは、強者か王者辺りが良さそうだな。
『今からロールプレイするけど、ログさん的にはどっちが良い? 〝強者〟に成り切るのか、それとも〝王様〟に成り切るか』
《それ、私に聞く必要ありますか?》
『第三者の意見は絶対必要だからな!』
《二者ですが……分かりました。どうしても私に聞きたいのであれば、しっかりと返答致します。――個人的には、〝強者〟ロールがよろしいかと》
強者、だな。分かった。
『あ、あー。ヴォホン……私が、神樹である……なんてね』
胸のざわつきをフルシカトして、俺に会おうとする人達をゆっくりと待つ。
どんな言葉で始めようかなと、のんきな事を考えながら。
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