10.ファーストコンタクト(神樹視点)
ロールプレイというものは、自分の役割を演じ切ることだ。
ただ、普通に振る舞うだけでは全く足りない。
そのキャラクターが〝存在している〟と、他人にそう思い込ませてこそ意味がある。
しっくり来る感覚を、言葉と態度で伝える――それがロールプレイだ。
俺は学生時代、ロールプレイングが滅茶苦茶上手かった。
熱血系の勇者、冷酷な軍人、成果を何よりも重んじる異種族――他にもまだまだあるが、友達から出されたお題を全て演じ切れてしまったのだ。
そうしていつの間にか『演者のスター』だなんて呼ばれて、ロールプレイが俺の十八番になっていた。
何事もやってみなくては、自分の才能を知るときが来ないのだと、当時の俺はそう悟った。
さてと、流石にそろそろ接触してくると思うんだけど……。
肝心の人間達が見当たらないな、どこに行ったんだ?
《何か、随分と余裕そうですね》
いや、別に余裕なわけじゃないけどね。落ち着いてるかと聞かれればイエスなんだけど。
人間と初めて会話をするんだぜ? 最初くらいは順調にスタートを切りたいよねって話だよ。
《張り切りすぎて、無駄に威圧しないようにしてくださいよ?》
……ごめん、ちょっとそこは分かんないわ。
初めての会話って、どう対応すればいいか分からないよね。
まあ、『善処する』とだけ言っておこう。
そうして話を終了させると、人間達の声が聞こえる。
俺の、すぐ近くだ。
「――ここか?」
「多分そうですね。この周辺の魔力が桁違いだから、神樹がいるとギルマスが仰ってたでしょう?」
「会議中に真剣に聞くと思いますか? 俺、斥候なんですから」
なんて、悠長に話している。
全員で五人――神樹と会話するって言っても、かなりの少人数じゃないか? こういうのは、もうちょっと人数多いんじゃないの? 警戒せんの?
「あのデカい木とかじゃないか? 大きさの違いは一目瞭然だし、俺が感じる限り、この木は恐ろしいほど魔力を纏っている気がする……」
あら、一人はちゃんと分析できているようだ。
こいつは五人の中で一番魔力が多いが、他の四人はどんぐりの背比べだな。まあ、総合的な強さは分からないけど。
――よし、人間達もちょいと観察できたことだし、ここらで良いだろ。
今こそ、ロールプレイを発動する時だ!
《頑張って下さ―い!》
おうよ! では、行って参る!!
役割成り切り状態、開始だ――!!
『何者だ』
声は、喉を震わせて発したわけではない。
枝葉を揺らしたわけでも、風を起こしたわけでもない。
それでも――五人の足が、同時に止まった。
「――ッ!?」
誰かが息を呑むと同時に、五人はひと固まりに集まった。
剣の柄に手を掛ける者、反射的に魔力を練り上げる者。
各々が自衛の準備をしているが、誰も攻撃に移ろうとはしない。
それもそのはずだ。
声は〝聞こえた〟というよりも、〝脳内に直接響いた〟感覚なのだから。
――『念話』は声を発せずとも、念じるだけで考えを相手に届かせることができるスキルだ。口や声を使わないから、どんな状態でも会話ができる。
「……今の、誰の声だ?」
「周囲に人影は無いぞ」
「そうだな、だが――」
一番魔力の濃い男が、一歩前に出る。
年齢は、三十代後半と言ったところだろうか。
幾つもの修羅場をくぐってきたような、無駄のない立ち姿をしていた。
「――我々は、カルミリス王国の……冒険者組合が出した依頼を受けた者だ」
その渋い声は、落ち着いた声だった。
恐怖を隠すというよりも、制御している。
悪くない。第一印象は、文句ナシの合格だ。
「我々は、貴方にお話がありまして――」
『ほう、貴様は名乗らずに、用件だけを告げるのか』
少しだけ威圧を混ぜて聞く。
ほんの、疑問を聞くような軽い威圧。
ログさんに止められていたが、この程度ならセーフラインだろう。
後ろの四人が後退する。頑張ってその場に留まろうとしてるが、それは叶わなかったようだ。
だが、先頭の男は踏みとどまった。
「……失礼した、俺はダーガス・テイガー。ここにいる四人は、俺の仲間だ」
よしよし。
ちゃんと訂正できるタイプのようで、安心した。
ダーガス、だったな。
そんな君に好感を表して、全力で会話してやる!
だが、こいつらが『俺と話したい』という立場なのであって、対等ではない。だが、逆に一方的な敵対でもない。
主導権を常に握って示す、〝神樹〟としての丁度いい距離感。それを一言ずつ意識して話せ!
『それで、何の用だ。人の子よ』
ダーガスは一瞬だけ視線を巡らせ、やがて、俺の〝本体〟――最も大きい木の幹を見据えた。
「――話が、したい」
短く、率直な一言。
「我々が、貴方のテリトリーにこれ以上踏み込むべきかを。そして、現状の困難を打破してくれるのかを、見極めるために」
率直だが、嫌な思いはしない。
曇り無き信念を感じる。
……なるほど。
これは、思っていたよりもずっと、話が早そうだ。
《良い感じではないですか?》
ああ、初手は大成功だ。
ここからは、俺の話術で事が左右される。集中しなければ。
『良いだろう』
枝葉を揺らし、静かに問いかける。
『ならば、問おう。お前達は、〝敵〟として来たのか?』
即答はされなかった。
ダーガスは一度、仲間の方へ振り返る。
全員の視線が交錯し、やがて、彼は諦めたかのように小さく息を吐いた。
ダーガスはもう一歩、俺の元へ一歩踏み出した。
「……正直に言おう。我々は、敵にも、味方にもなり得る立場だ」
空気が、僅かに詰まる。
「組合は、危険を《《測る》》組織だ。討伐、交渉、封印――選択肢は、常に複数ある。そこに友好と敵対は、存在しない」
ほほう、つまり――
神樹が人の脅威となるなら、それは排除対象。
逆に、制御――対話が可能なら、交渉対象となる。
実に人間らしい考えだ。
俺が理解したのを察したのか、ダーガスは視線を逸らさずに続けた。
「だが、俺個人としては、敵対したいとは思っていない。話が通じる相手なら、尚更だ」
『……ほう』
なるほどね。
この男は、ただの武闘派じゃない。部隊の判断役を任されるだけの理由がある。
こいつを採用した奴は褒められるべきだよ。素晴らしい。
《どう致しますか?》
内心で、ログさんに問いかけられる。
さて、さてさて、さてさてさて。
ここで威圧を強めるのは簡単だが、それでは〝強者〟――ましてや、〝神樹〟にはふさわしくない。二流以下の、小物に成り下がってしまう。
だから、これ以上の威圧は不要だな。
俺は、枝葉の揺れを止めた。
『良い答えだ、人の子よ』
威圧を、完全に引っ込める。
それにダーガス等は安堵するが――
『ならば、次は我が答えを示そう』
――交渉の主導権が、こっちにあることは忘れさせない。
『我は、この地を脅かす存在ではないが……力を貸すことは、別の話だ』
この森は俺の誕生の地であり、故郷でもある。
だが、その地を領土とする国に関しては全くの別問題だ。
五人の視線が、一斉に引き締まった。
「……条件がある、ということか」
ダーガスが、短く問う。
『理解が早いな』
少しだけ、声に笑みを含める。
もちろん、本当に笑っているわけじゃない。
〝そう聞こえるように演じている〟だけだ。
『条件を提示する』
空気を重くさせる。
一言で、ダーガスの表情が険しくなった。
『一つ。我が存在を、〝資源〟として扱うな』
ザワリ、と人間側が微かに動く。
『利用するな。我は兵器でも、加護装置でもない。交渉相手として、対等に扱え』
ダーガスは、無言で頷いた。
『二つ――』
少しだけ、声の温度を落とす。
『迷宮に存在する、〝異常な存在〟について』
ダーガスの目が、鋭くなる。
『情報を、隠すな。王国が知ること、ギルドが掴んだこと、全てを我にも共有せよ。それができぬなら――』
言葉を、途中で切る。
続きを想像させる沈黙。
『力は、貸さぬ』
沈黙が、落ちた。
重い。
だが、理不尽ではない。
「……確認させてくれ」
ダーガスが、ゆっくり口を開く。
「その条件を飲めば――貴方は、我々に〝何を〟してくれる?」
いい質問だ。
俺は、ちょっとだけ魔力を解放した。
地面の奥深くで何かが脈動するが、気にしない。
『迷宮に干渉しよう。魔物の異常強化を抑制し、主を超えた存在に対抗するための場を整える』
直接討伐ではない。
だが、戦局を覆すには十分。
『勝つかどうかは、お前たち次第だ』
少しだけ、威厳を強める。
『我は、可能性だけを与える』
ダーガスは、数秒、黙ったまま立っていた。
そして――
「……ギルドに持ち帰る」
そう言って、剣を地に突き、深く頭を下げた。
「だが、俺個人としては――その条件、妥当だと思う。では、また後日コンタクトを取らせて頂きますよ」
そうしてダ―ガスは頭を上げ、仲間達と共に撤収し始めた。
――よしよし、中々良かっただろ!!
《完全に主導権取れてますよ》
だろ?
これはもう、交渉成立一歩手前だ。
《バッチリ振る舞えてました!》
よっしゃ――ってまだだな。ダーガス達に聞かれたら印象が変わってしまう。
まあでも、念話だから大丈夫なのか? 念のために、ダーガスが出てからにしておこう。
そうして、ダーガス達が森から出るのを完全に確認してから、この嬉しい気持ちを開放するのだった。
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