11.ファーストコンタクト(ダーガス視点)
正直、神樹っつう奴が強いとは思えなかった。
俺は一応、ギルドの最高戦力の末席に加えられている。
パワー型が多いとされる『幻巨像の繚乱』で、中の上くらいの強さだと思っている。
ギリギリだが、ソロランクでも『A-ランク』に入っている。
今までに、戦いを近くで見てきた奴らは、強い奴らばかりだった。
騎士団を片手で滅ぼすような魔物と、それを圧倒する上司達――俺が見てきた化物達と比べたら、神樹なんて屁でもないと思っていた。
そう、思いたかった。
俺よりも強い奴らはゴロゴロいる。さっきのような化物達だって、そうだ。でも、そんな奴らでさえ、一線先にいる英雄には勝てない。
そしてその英雄達も、神話に出てくる怪物達には敵わないと、新人の頃から聞かされていた。
神樹も神話に登場しているから、その〝怪物達〟に入っているはずだ。
それが真実だとしたら、一体神樹はどれほど上なのか。
そんな事を、考えたくなかった。
――神樹は、英雄をも殺す恐怖の対象――
その気持ちを必死に押し殺して、俺は部隊を率いている。
控えてに言って、嫌だった。
失敗したら、俺が責任を取らなくてはならない。任命責任で一部はギルマスも取ってくれるかもしれないが、大部分は俺にあるだろう。
逆に、成功しても何度か同じように、部隊を率いなくてはならない。
俺は昔から、ずっとこれを続けている。
ギルマスに宣誓を叫んだが――本音を言うならば、どれも嫌だった。
俺が長年狂わずにいられるのは、カルミリス新聞屋の言葉があったからだろう。
『〝責任〟――それは魔法の言葉であり、地獄の言語である……』
この言葉を胸に刻んでいたからこそ、俺は俺のままでいられる。全てを投げ出さずに、一個一個に向き合っていられる。
その事を思い出して、俺等――部隊は神樹がいるとされる、ヴァルデリン森林の奥地へ進む。
◇◇◇◇◇◇
「――ここか?」
メンバーの一人が問う。
それを聞いた別のメンバーと、悠長に会話を交わす。
神樹とコンタクトを取るという目的は皆理解しているようだが、神樹は〝木〟だ。
神樹は他の木より大きいそうだが――普通の大きさと遜色ない個体もいるそうだ。だから、目の前にあるような巨大な木が、神樹だと断言するにはまだ早いのだ。
俺は唯一『魔力感知』を持っているから、神樹かどうかの判別ができる。
魔力総量でも分かるが、常時放出量で見た方が分かりやすい。
「あのデカい木とかじゃないか? 大きさの違いは一目瞭然だし、俺が感じる限り、この木は恐ろしいほど魔力を纏っている気がする……」
俺は、目の前にある巨大な木に目をつけた。
神樹だと断言するにはまだ早い、そう思っていたが、『魔力感知』でこれほどの魔力を感じれば、もう断言できる。
こいつが神樹だ。
「そうですかね? 確かにデカいですけど、そんな変わんないと――」
メンバーが呟いたところで、俺達の会話は途切れた。
頭に響いてくるような声で、神樹が話しかけてきたのだ。
『何者だ』
「「「……ッ!?」」」
みんなが即座に戦闘態勢を取った。
剣の柄に手をかける者、反射的に魔力を練り始める者。
襲いかかってくれば、すぐに反撃できるように。
「……今の、誰の声だ?」
「周囲に人影は無いぞ」
「そうだな、だが――」
俺は、先程感じ取った魔力が一際大きい大樹の前に立つ。
「――我々は、カルミリス王国の……冒険者組合が出した依頼を受けた者だ」
気持ちを悟らせないように、落ち着いた声を発する。
恐怖などを相手に気づかれると、すぐさまに強権的な対話となってしまう。
それでは〝交渉〟ではなく〝命令〟になってしまうのだ。
そうして、俺は言葉を続ける。
「我々は、貴方にお話がありまして――」
『ほう、貴様は名乗らずに、用件だけを告げるのか』
思わず、後退ってしまいそうになる。
メンバーは後退しているが、俺だけは、本気で踏みとどまった。
――なんて『威圧』だ。
これほどの威圧、A+ランクでもそうそうない。
「……失礼した、俺はダーガス・テイガー。ここにいる四人は、俺の仲間だ」
逆鱗に触れぬよう、すぐに訂正する。
数秒の沈黙を経て、高い声色で神樹が問いかけた。
『それで、何の用だ。人の子よ』
あくまで、対等ではない。
だが、一方的な敵対でもない。
それが直感で理解できた。
俺は一瞬部下の方向へ振り向き、すぐに神樹であろう幹を見据える。
「――話がしたい」
短く、率直な言葉。だが、それで良い。
簡潔で、正直に伝えた方が、神樹に届きやすいと思ったから。
「我々が、貴方のテリトリーにこれ以上踏み込むべきかを。そして、現状の困難を打破してくれるのかを、見極めるために」
そして――俺の思いは届いたのだ。
『良いだろう』
その言葉と同時に、葉が静かに揺れる。
『ならば、問おう。お前達は、〝敵〟として来たのか?』
もう一度、俺は部下たちの方へ振り返り、目線で会話する。
――正直に言った方が良いのか?
――嘘を言って籠絡させても良いのでは?
――それでは、粛清の対策も考えなくてはならぬぞ。
――ダーガスさん、貴方自身の考えを、そのまま神樹に伝えて良いんですよ。
――分かった、ありがとう。
会話を交わし終え、俺は神樹の方へ向き直す。
「……正直に言おう。我々は、敵にも、味方にもなり得る立場だ」
神樹の圧力が、更に強まる。
「組合は、危険を《《測る》》組織だ。討伐、交渉、封印――選択肢は、常に複数ある。そこに友好と敵対は、存在しない」
神樹が、人類の脅威となるなら排除対象に。
逆に、制御――対話可能なら、交渉対象となる。
そういう考えへと、俺は至った。
「だが、俺個人としては、敵対したいとは思っていない。話が通じる相手なら、尚更だ」
『……ほう』
神樹の相槌を無視し、言葉を続けた。
俺は会話をしてみて、感じた。
――この神樹は、化け物だ。
今まで出会ったバケモノとは、〝格〟が違いすぎる。
あの鬼王よりも、潰すように強い威圧だ。
あの剣聖よりも、斬るように鋭い威圧だ。
あの竜魔よりも、絡むように不気味な威圧だ。
何がレベル四十だ。体感じゃ――レベル九十五は行っているぞ。
『良い答えだ、人の子よ』
――威圧が、完全になくなる。
神樹が意図して威圧していたのか、偶然威圧がなくなったのか定かではないが、神樹は俺達のことを『対話可能』とみなしてくれたのだろう。
『ならば、次は我が答えを示そう――我は、この地を脅かす存在ではないが……力を貸すことは、別の話だ』
安堵の息を吐こうとした瞬間、神樹が告げた。
「……条件がある、ということか」
皆の表情が引き締められる。
『理解が早いな――条件を、提示する』
笑みを含んだ一言で、空気が重くなる。
『一つ。我が存在を、〝資源〟として扱うな。利用するな。我は兵器でも、加護装置でもない。交渉相手として、対等に扱え』
コクン、と俺は無言で頷く。
声の温度を落として、神樹が言う。
『二つ、迷宮に存在する、〝異常な存在〟について』
「――ッ!」
予想外の条件に、思わず眉間に力を入れた。
『情報を、隠すな。王国が知ること、ギルドが掴んだこと、全てを我にも共有せよ。それができぬなら――』
言葉が、途中で切られる。
それは、意図的な沈黙だ。
次の言葉を想像させられてしまう。
主導権は、あっち側にある。
取り戻すとしたら、この間しかない。
早く、主導権を取り戻さなくては――
俺が口を開こうとしたその時、神樹は無情にも続きを告げる。
『力は、貸さぬ』
――不味い。
不味い、不味い、不味い不味い。
声を発するよりも早く、神樹が言い終わらせるのを許してしまった。
主導権を独占するのを、許してしまった。
クソが――と毒づこうとしたが、止める。
もう、いいや。
疲れた。ここからは、腹の探り合いなど必要ないな……。
神樹だって、好きで化かし合いをやっているわけじゃないはずだ。
メンバーだって、代表である俺ほど、緊張感を持っていたわけではないだろう。
――気を張っていたのは俺だけだったのかもしれないな。
「……確認させてくれ」
息を大きく吐いて、喋る。
「その条件を飲めば――貴方は、我々に〝何を〟してくれる?」
条件は守れるはずだ。ならば、次はこちらの質問だ。
要求を重ねるなど、図々しいこと極まれり。
俺はその見返りを確実にすべく、疑問を口にする。
『迷宮に干渉しよう。魔物の異常強化を抑制し、主を超えた存在に対抗するための場を整える。勝つかどうかは、お前たち次第だ。――我は、可能性だけを与える』
――可能性だけ、か。
「……ギルドに持ち帰る。だが、俺個人としては――その条件、妥当だと思う。では、また後日コンタクトを取らせて頂きますよ」
俺は剣を仕舞い、深々と頭を下げる。
「行くぞ、お前等」
仲間達を呼び、すぐに森の外へと歩みを進める。
◇◇◇◇◇◇
「いやあ、すげえ化物でしたね」
メンバーが、のんきなことを口にする。
「――黙っててくれ」
「……?」
「神樹が聞いているかもしれないんだぞ。森を出るまでは、その口を開かないでくれ。頼む」
どういう名前なのかも分からない感情を乗せて、仲間にぶつける。
事態を理解したのか、メンバーは即座に謝罪し、口を閉じた。
「――ごめんなさい!」
――終始、主導権はあちらにあった。
あれは交渉が得意な貴族共でも、事を有利に運ぶのは至難の業だろうな。
神樹――その言葉は、俺の人生に深く焼き付くことになるだろう。
『鷹の目のように、様々なものを見通す存在がいる。世の中には、なんでもかんでも見通せるようなバケモノがいる』
身を持って感じ取った〝事実〟を、俺は生涯忘れることはないだろう。
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