血濡れたヴェールを貴下の頭に 其の三
見つめるだけでも、突風が起こる。
木々が折れ、地面へと飛んでいく。
「リベル……!」
ヴェールの睨む黄金と赤の混じった瞳は、変わらず鋭い。
すると、両手の鎌を突き立て、突進してくる。
「初手で、終わらせる――!」
「させるかよ!」
ヴェールが攻撃に転じようとする前に、俺はローキックで蹴り飛ばす。
「グハッ!」
ヴェールが転び、地面にくぼみができる。ただローキックしただけなのに、だ。
だが、それで死ぬヴェールではない。すぐに立ち上がって、両手を前に出し、突進して来る。
「次は、邪魔させないぞ!!」
ビューーーン――――――――ッ。
その速度は、かなり――いや、とんでもなく速かった。音速は行ってるんじゃないかと思う。
定義前の俺なら翻弄され、敗れていただろう。だが、今なら――
《思考加速を発動しまーす!》
ログさんの明るい声が脳内に響くと同時に、視界と動作がゆったりになる。
ハハハ!! これが、思考加速か。現実から何倍引き延ばしているのかは分からないがな。
《現在は、千ニ百倍です》
千二百倍に引き伸ばされた思考ならば、普通の速さなどスローモーションに過ぎない!
向かってくる音速のヴェールも、通常速度のように認識できる。
「死ね――! 〝憎悪に塗れた斬撃〟!」
ヴェールが叫び、両鎌をハサミのようにクロスさせる。
両鎌で斬り裂こうとするが――それは俺には当たらない。
「チッ!」
「思考加速の前じゃあ、お前の攻撃は欠伸が出るぜ!」
〝火死人の牙刀〟の柄を片手で持つ。
当てるのならば、弱点だ。
ヴェールの、一番魔力が濃い箇所――
《核は、左胸です!》
分かった――!
左胸を照準に合わせ、ドラウヴル・ファングに根の一部を纏わせる。無効があるので燃えないし、自由度も上がる。
――今回のイメージは、ほぼ破壊兵器である〝パイルバンカー〟。
力を一直線に解き放つ――たったそれだけ。
だが、それは容易ではない、だから〝根〟で補強したのだ。少しでも自由度を上げるために。
「一旦寝とけ! 〝竜の爪根〟――ッ!!」
「な――ッ!?」
そうして、火死人の牙刀がヴェールの胸を貫く――
「――危ない、危ない」
そんな、安堵の声が聞こえる。
勿論、俺は喋っていない。
それに、この場にいるのはヴェールと俺だけだ。
「またしても食らわなかったな、リベルよ」
俺の、腕の先を確認する。
目の前にあったのは――
ただただ、前に突き出した《《だけ》》のドラウヴル・ファングだった。
ヴェールには、かすりもしていない。
「――どういうこと……いや、『幻覚魔法』か……」
「やっと分かったか。飲み込みが遅いと言われなかったか?」
《――恐らく、認識を阻害する幻覚魔法〝幻惑阻害〟……もしくは、混乱を付与させて、何が起こったのかを理解させない〝混乱化〟の効果です。未だに耐性を獲得していませんので、打ち消すのは至難の業ですよ……!》
「お前自身には、耐性がないようだな。でなければ、こんな簡単に引っかかるはずがない」
ヴェールが勝手に納得し、俺の首を掴み上げる。
「――グフッ、ガハ!」
「アラベルに運よく打ち消してもらったが、今度はどうだろうな? リベル!!」
そう告げられると、今までずっと灰色に濁っていた空が、赤――それも赫耀のように、一面真っ赤に染まる。
「憎悪……空虚……その全てを、今一度、お前にぶつけてやる」
「……ヘッ」
俺は、軽く笑い飛ばす。
「――何がおかしい」
少々苛立った様子で、ヴェールは尋ねる。
「憎悪だの、空虚だの……全てって言ってるけどよー、何で真逆が共存してんのかねぇ?」
火と水が同じ容器で在り続けるのは不可能なように、天空に地面が存在することなどないように、満ちた感情と、空っぽな虚空が共存することなど不可能なのだ。
「もう一回国語の勉強し直してから、俺に理詰めしてこいや能無しが!!」
パリーーーン……。
赫耀の空がガラスのように割れ、満天の星空が映される。
星がキラキラと輝き、血池に光が反射し、鏡のようにギラつく。
それは、魔力で構成された空間。
復讐鬼となったヴェールが見る、最期の仮想星空となるだろう。
「――ッ」
ヴェールが、掴んでいた手を離す。
「『幾星霜に積み重なった星空』という言葉がぴったりだなぁ?」
「――終わらせよう。オレ――いや、私の一撃で、全てを」
幻想は割れ、星が見守る中、ニ点の陰陽はぶつかり合う――
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