血濡れたヴェールを貴下の頭に 其の二
「…………」
アラベルは、見てることしかできなかった。
リベルの剣術――一つの技しか繰り出さなかったが、その威力はキマイラをも両断せんとするものだと感じていた。
凄まじい速さだった。ギルマスでも、上澄みのスピードを誇ってるあいつよりも、遥かに速かった。
それを避けたヴェールも、繰り出したリベルも、十分に化け物だ。
ということを、言葉にせずともアラベルは理解していたのだ。
エネルギーや力の総量では、リベルの方が上だろう。
――しかし、技術や経験量ではヴェールが勝った。
〝天割〟をヴェールが半身で避けた瞬間――リベルがピクリとも動かなくなったのだ。
「――ウム、これでもうリベルは封じただろう。後は、掃除だな」
ヴェールが告げ、走る。
一般には視認できないほどの、音速で。
アラベルが反応した頃には、既に――
「今すぐ逃げろーーーーーッ!!」
アラベルが振り返り、叫ぶ。
叫んだのは保険だ。流石に、バルドが避難させてくれただろうと、そう思って。
だが、その愚かな考えをすぐに改める。
――戦争とは、全員に情報が行き渡るものではない。そう痛感して。
「――ッ!」
アラベルが見た先には、既に血の海。
斬られた兵士たちが倒れ伏し、四メートル程の大きさをした山ができていた。
見た瞬間、すぐに血液による悪臭が漂う。
「う……!」
アラベルは絶句する。一体いつの間に、四メートルの山ができるほど、人を殺したのか。
そして突撃槍と盾を構え、山頂に佇んでいる〝怪物〟を見据える。
「そういや載っていた気がするぜ、勤務先の図書館に……。魔物である魔虫とは違って、魔力から生まれないモンスター〝魔蟲〟――」
「フッ、まだ情報が古いようだな。確かに、オレはその系統ではあるが、厳密には違う。オレ達は、その更に上位で君臨している種族――〝蟲魔族〟だ」
ヴェールの返答に、『くそったれ』と心の中で毒づいた。
まさか伝承――それも神話にしか出ないようなバケモノ種族が今、目の前に存在しているなんて――と。
(ヴェール以外、雑魚共の掃討なら終わってるはずだ……! なんで、なんで増援に来ないんだよ、ナガン!)
「さて、答え合わせは終わりか? なら、そろそろ殲滅するか……」
「ハッ! 勝手に予定を決めるんじゃねぇよ、クソ蟲が!!」
最も反撃しやすい構えで、突撃槍を構える。
そして、精一杯に叫んだ。
「――強がり、それは恐怖の裏返し。虚勢以外の何者でもない意思。お前は、オレを恐れている。それを自覚しているのならば、さっさと退くがいい」
「それが、人間ってものなんだぜ!」
アラベルの虚勢に対し、ヴェールの反応は冷たい。
だがそれでも、アラベルは諦めはしなかった。
そうして、静かなる戦いが始まる。
◇◇◇◇◇◇
槍と鎌が打ち合う。
洞窟内でもないのに、金属音が反響する。
火花が散り、互いに仰け反り合う。
「フハハ! 人間の中でも、これほど渡り合える者はいなかったぞ!」
ヴェールが笑い、回し蹴りをアラベルの盾に当てる。
バキッと少々ヒビが入ったものの、まだ十分に防げるレベルだ。
距離を取りながら、アラベルが息を吐く。
「強いな……流石、伝説の種族。切り傷だらけだよ」
「お前こそ、強いじゃないか。一体どうやって鍛錬したのだ、人間」
「アラベルと呼んでくれるかな? ヴェール。……一つ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なんだ?」
アラベルはリベルの方を一瞬向き、すぐにヴェールの方へと向き直す。
「憎んでいるのは、リベルだけなのか?」
「…………」
「リベルだけを殺せば、お前らは自分の家に帰ってくれるのか? それとも、このまま続けるのか――」
「黙れ」
一瞬で、主導権が変わる。
アラベルが問い詰めていたはずなのに、たったの一言で奪われた。
「ヤツへの憎悪と、ここを侵略する目的とは関係ない。だが、リベルが邪魔するのは事実。消そうとするのは必然ではないのか?」
「――ッ!」
アラベルは、何も言い返せなかった。
ヴェールの言い訳は、理に通っている。
だが、その実態は――
(憎い。憎い。憎い。憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――!! ああそうさ。オレは憎んでいるのだぞ、アラベル・フォーリンガム!)
リベルの憎悪に満ち溢れているのだ。
唯一無二で、代用品など存在しなかった相棒〝ココン〟が殺された。
仇討ちを実現させるための憎悪は、余るほどにあった。
しかし、目的は忘れていない。
ヴェールの目的は、カルミリスを侵略すること。
それに合わせて、リベルが邪魔をしただけに過ぎない。
故に、抹殺せねばならない――
私情も、目的も、リベルを殺すのだけは一致している。
それだけが、今のヴェールにとっては都合が良かったのだ。
「オシャベリがもういいなら、次はカケッコだ――! 魔物召喚――〝三対足の魔狼〟!」
地面に描かれた魔法陣から、狼が無尽蔵に現れる。
その狼は、足が六本の怪物狼だ。
「チッ、トリニティウルフか……」
舌打ちをする。
アラベルにとっては、嫌な相手なのだろう。
だけども、この状況である以上、やらずにはいられない。
(これは、コイツを削るために使いたかったんだけどな……やむを得ないな)
ランスを地面に置き、坐禅をし、合掌する。
戦闘中に両手を放棄するなど、基本は命取りだ。
だが、それを帳消しとする術が存在する。それは――
「……? ――ッ! 印相術か!!」
印相術。
それは、両手で手印を結び、特殊な現象を発動させる魔法のようなもの――というのがヴェールの認識だった。
ヴェールの認識は間違っていない。だが、敢えて魔法との相違点を挙げるなら、その万能さである。
手印は種類によって引き出す現象が異なる。
逆に言えば、手数は限られているということ。
使い手によって、現象の範囲や強さが異なるのも必然だ。
しかし、その手数の制限があるからこそ、アラベル・フォーリンガムは〝印相術〟の達人たらしめるのだ。
「――降魔印」
片手の人差し指を突き出し、地面を指す。
「降魔印――〝降りゆく魔よ、我が印相の命に従い、消えるが良い――〟」
そう唱えると、無尽蔵に湧き出ていたトリニティウルフが、跡形もなく消え去る。
アラベルは印相術の達人であった。印相の全てを習得している。
アラベルは、無神論者だ。
日常で崇められる神どころか、最も有名で普及されている宗教すら入信していない。
それは、神樹も例外ではない。神樹も、いうなれば神に近い存在だ。
神は信じないというアラベルの考えによって、神樹としては見られていなかった。
リベルの〝信じろ〟というのも、カズサダに命令されたから従っているだけに過ぎなかった。
「命令は絶対、てな。後は頑張れよ、リベル」
そうして、アラベルは王城に戻る。
――降魔印の意味は、悪い心に打ち勝つという意味。
現在、リベルはヴェールの術にかかっている。
ヴェールの持つ、心に作用する魔法は、幻覚魔法のみだ。
幻覚も、悪しき心とも言える。
それに打ち勝てと、命令したならば――
「――ッ!?」
ヴェールが、振り返る。
神樹の力が、完全に定着したと感じて。
「どうやらトリニティウルフだけでなく、お前にも印相術を掛けたようだな」
「はっは、さっきはマジでヤバかったぜ? 哲学に陥っちまった」
ヴェールの呟きに、飄々と男は受け流す。
黒髪に薄く緑色がかかっていて、精悍――なのは顔の骨格だけで、顔そのものは穏やかだ。
服装は中世時代の白い袖付き上衣を着用し、剣を振り回すには適さない服装だ。
身長は百七十六センチほどの、人型の神樹。
「カラドヴォルグもどっか行っちまったしよ……〝武具召喚:火死人の牙刀〟……こいつで代用するか」
彼が呪文を唱えると、光の粒子が密集し〝刀身が燃え盛った刀〟が顕現する。
その場で存在しているだけで、周囲が熱でボヤけ地面が焦げる。
「オレは耐性持ってるけど……お前を斬ったら、どうなるんだろうね?」
そう男――リベルが煽ると、ヴェールは静かに挑発に乗る。
ヴェールが拳を構えた瞬間、両者の魔力が完全に解放される。
噴火のように、魔力が溢れ出る。
「――どうやら心でなく、拳で滅さなくてはならないようだな」
「できんのか? 覆い隠す繭!!」
侵略阻止計画は、佳境を迎える。
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